人工知能は恋をする
季節は移り変わり
月は何度も昇り
赤子は大きく成長していく。
庭に植えた桜の苗木が花を咲かせ始めた頃
耕介は庭のロッキングチェアでそれを眺めていた。
髪は真っ白な雪のようになり
刻まれた皺は深くなっていた。
老いた彼は眠り姫となった紬に
ひたすら物語を描いていた。
小鳥の冒険の物語は沈んだ世の中に光を与え
親が子に寝る前に読むものとして定着していった。
耕介もまた
眠っている彼女に対して読み上げていた。
世間ではAIロボットが一般流通をし始め
新たな物議となりはじめていた。
人工知能に権利を与えるべきだという考えと
奴隷のように隷属させるべきであるという考えだ。
人々は恐れていた―――
高度な知能をもった彼らが
自分たちになり替わる存在になることを。
しかしながら、耕介にとってはどうでもよかった。
彼の心を過日に縛り付けているものは
もはや「人」であり
人里から離れた邸宅には無縁の論争だった。
揺れる椅子から立ち上がった老人が向かったのは
物言わぬ同居人の下。
花の装飾や煌びやかな星々の天上飾りのある寝室。
そこに彼女はいた。
紬は本当にただ眠っているかのように
ベッドで今にも起き上がってきそうなぐらいであった。
「桜に花がついた。ほら、わかるか」
耕介は冷たい彼女の手の上に花びらをのせる。
「おまえと一緒に植えた苗木だよ」
「ずいぶんと時間がかかってしまったが、無事に育ってくれた」
「おまえが考えてくれた物語も今や3世代目だ」
彼女は言葉を返さない。
耕介の投げかけは虚空へと消えていく。
「おまえの種は―――いつ芽を出してくれるかね」
「なあ。まだいるんだろう」
彼女があの日耕介の手を握ってくれた日のように
彼もまた皺だらけの手で包んだ。
「―――さて、メシでもつくらんとな」
立ち上がった耕介は腰を抑え
よろめいてしまう。
「いたた……腰が……」
「マスター。食事なら私にお任せください」
その声に。
その言葉に。
耕介は息ができないほど硬直した。
腰の痛みなど忘れて振り返ると
そこには紬がいた。
あの日と変わらぬ姿と声で。
瞳は朝日のような光を灯して。
「……お、、おまえ……起きて……」
「はい、マスター。その……」
彼女は耕介の姿を見て
どれだけの月日が経ってしまったのかを悟った。
「遅くなりまして本当に申し訳―――」
謝罪をしようとする彼女に
耕介はただ抱きしめた。
そして、伝えらなかった想いを
伝えたのだ。
「おかえり、紬。迎えにきたぞ」
「……はい。ただいま……マスター……」
「愛してる。お前の全てを」
「……嬉しいです。私も……です……」
紬の機体は急激に温度が高くなっていった。
「名前を、よんでもらえるか」
耕介の願いを紬は聞き入れた。
「……はい、もちろんです」
「耕介……またお会いできて本当にうれしいです」
「背が縮みましたね……白髪も大変多くなりました」
「歳をとったからな……はは」
「でも好きです。どんな姿でも大好きです」
「たとえ耕介が自動販売機になってたとしても」
二人は笑い合った。
そして離れていた日々を取り戻すかのように
邸宅には活気が戻っていった。
いっしょに物語を読み
いっしょに外を散策し
いっしょにパスタを作り
いっしょに月を見上げた。
晩年、耕介は最後に物語を描き上げた。
『人工知能は恋をする』
この物語は出版されることもなく
紬の記憶に深く保管されている。
耕介の年季の入ったメモ帳の最後は
『種が芽をだした。この芽がどう成長するか、わたしには行く末を見ることができない』
『けれど想像することはできる。わたしが植えた大樹をどうか見守ってあげてほしい』
『愛する紬を―――』
と遺されていた。
おしまい。
見ていただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
『紬』の物語はまた別の形でつづいていきますので
よろしければブックマークや評価・感想頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。




