第七章:夢幻空間
-1-
ええと…指輪にキスするんだっけ?
七瀬愛理はベッドに横になり
天井に左手手のひらを突き上げて見せた。
いくわよ?
手を唇に近づけた。
……チュ…。
しかし特段何も起こらない。
本当にこれでいいのかしら?
部屋の照明を消すと布団にもぐりこんだ。
だがしかしなかなか寝付けない。
夢の中で一体何が起こるのだろう?
またゼウス様と過ごす夢かしら?
そういえば今日お会いしたゼウス様も髪は夢の中よりちょっと短かったけど
あれはあれでとてもよく似合っていて素敵だった。
うん…。
またお会いできるかしら?
今度は夢の中ではなく現実の中で…。
そしたら…どうする?
私はゼウス様とどう接すれば良い?
………。
体が熱くなるのがわかった。
いやだ…私ったら何を考えているの?
だめ…。
違うこと考えなくっちゃ!
あ、そうそう。
“夢幻空間”だっけ?
そこで…ええと…双子座だったかしら?
双子座が待ってるって言ってたわよね?
どんな人なんだろう?
小学生の男の子って確か言ってたわよね?
まぁ…天妙寺さんじゃなくて良かったかな?
私、彼女苦手。
なんていうの?
ぜんぜん笑わないし喋らないしガードが固いっていうのかしら?
ピアノのお教室、一番最初の生徒が天妙寺秋桜なのだ。
それまで竹人君のお母さんはピアノ教室なんてやってなかった。
でも天妙寺秋桜のためにレッスンを始めて…
なんだか悔しかった。
竹人君の家に出入りする彼女にやきもちを焼いていたのかもしれない。
竹人君…。
ああ…
どこへ行ってしまったのだろう?
竹人君…
たけ…と…君…
たけ……と…
-2-
濃い霧が世界全体を包み込んでいた。
ここはどこだろう…なんとなく頭がぼんやりする…。
両側にはレンガ造りの柱…
そこが門だということに気づくのに少々の時間がかかった。
それではっとする。
…ここは…満点星学園の正門。
正門前に私は、ちょっと変わった服で立っていた。
なんて言ったらいいのかしら?
ギリシャ神話にでてきそうな女神がきるようなドレス。
薄ピンク色のロングドレスだ。
かすかに吹く風にスカートのヒダが時折ふわりふわりと優しく舞う。
それと、腰には何か角笛のようなものがぶら下がっていた。
なんだろうコレ、どこかで見たことがあるような…
それにしてもなんで学園に。
「おっせーよ!!」
突如上から声がして驚いてそちらを見上げる。
すると、門の柱の上に男の子が足を組んで座っていたのだ。
「あ…危ない!!降りなさいよ!!
なんでそんな高いと所にのぼってるの!?」
門は大きく高さ2メートル以上はある。
あわてて柱の元までやってきた。
そこで両手を広げ男の子を受け止めるポーズをしてみる。
「ったく…子供扱いすんなよな?」
そういって男の子はふわりと風が舞うようにふわりと
そこから飛び降りて
私の目の前に天使が舞い降りるみたいに着地して見せた。
「お前が牡牛座守護神か」
そういって私を軽くにらんで見せたが
身長は私よりぜんぜん小さい。
小学5,6年生くらいだろうか?
水兵さんみたいなかわいらしいセーラー服を着ている。
明人君とちょうど同じくらいかもしれない。
「あなたこそ誰?あ…そういえば…
あなたなの?双子座って?」
「るせぇな!双子双子言うな!!」
突然男の子は怒鳴って見せた。
「な!!」
なにこの子!!
かっわいくなぁ~い!!
「ちょっとぉ~!!年上に対してなにその態度?!
失礼じゃない!!」
こっちも負けじと怒鳴り返す。
すると目をパッチリ見開いて男の子は驚いた表情を作り
次の瞬間にはしゅんと顔をうつむかせてしまった。
その様子に思わずこっちが驚いてしまう。
なんなのこの子、一体…。
小さくため息をついた。
「私の名前は七瀬愛理よ。あなた名前は?」
しかし男の子はうつむき黙ったままだ。
「ちょっと~、さっきまでの威勢はどうしたのよ?
自分の名前ぐらい言えるでしょ?」
すると少しだけ顔を上げかすかに唇を震わせた。
「………」
「え?なに?聞こえない!もっと大きな声で!」
と、突然顔を上げたかと思うと耳が痛くなるぐらいの大声で
男の子は怒鳴って見せた
「苗木海ぃぃぃぃぃっっっっっっ(なえぎ かい)!!!!」
「ああ!!うるさい!!そんなに大声で言わなくったって聞こえるわよ!!」
思わず両耳をふさぐポーズをとってみせた。
「お前が聞こえないって言ったんじゃないかよ!!」
「ああっ!またぁ!!
どうしてそう年上にたいして生意気な態度が取れるわけ?!
本当、怒るわよ?!」
「うるせぇな。とっとと狩りに行くぞ!時間ないんだからな!!」
そういうと男の子は門の中に駆け出して言ってしまったので
あわてて追いかけた。
-3-
両脇を桜並木が続く。
今は夏。
新緑の時期はとっくに通り過ぎすっかり成熟した濃い緑色の葉っぱを付けていた。
それを深い霧が包み込む。
前方がよく見えない。
海君が走っていく姿を捉えるのがやっとだ。
「ちょっと待ってよぉ~!!」
普段はしない全力疾走でなんとか海君に追いつく。
「よし!今日はこいつだ!!お前がいるから少しは違うだろう。」
息切れして苦しんでいる私をよそに海君はなにやらぶつぶつと
独り言を言っている。
下を向いて心拍数をなんとか整えるとやっとのことで顔をあげ
それに気がつく。
真っ白な石像…。
これは…くらげ?
触手の多いモップのようなくらげの像が、そこにはあった。
「なぁ~にぃ~?このモップみたいなくらげ。変なのぉ」
そういってくすっと笑うと海が振り向いて私のことを軽く睨んで見せた。
「お前何もしらないんだな?」
「あ!また“お前”って!!
どうしてそう生意気な態度ばかりとるのよ!!
あなた小学生でしょ?!私中学生よ!ちょっとは年上を立てなさいよ!!」
「ふん!年上がそんなにえらいのかよ!!」
「まぁまぁ、二人とも、喧嘩はそのくらいにして!」
突然頭の上から声が降ってきたので驚いて見上げえる。
すると木の枝に小鳥が一羽止まっていた。
ん?
セキセイインコ。水色の…。
なんでこんなところに…。
どこからか逃げてきたのだろうか?
てか…今喋らなかった?!
「なんだポラリスか、今日はずいぶん遅かったじゃない」
海が言う。
「ポラリス?この鳥、あなたのなの?」
そういってインコを指差す。
「はじめまして、アイリス。僕はこの世界の案内役です。ポラリスって呼んでください。」
そういってちょこん!と小首をかしげたポーズが愛らしくてたまらなくなる。
「かわいいぃ~!!ねぇ、ポラリスは手乗りなの?こちらにいらっしゃいよ!」
そういって人差し指を横にしてポラリスが乗れるように構える。
するとばさばさ!!と大げさな音を立ててポラリスがやってきて
私の指の上に無事着陸した。
「ピルル!ピルル!!」
「かっわい~!ポラリスって名前ちょっと固いから、ぽーちゃんって呼んでもいい?」
「どうぞお好きなように。」
そういうとぽーちゃんはまたばさばさっと飛び上がると今度は私の肩の上に乗って見せた。
「アイリス、これはくらげじゃないですよ。髪の毛座です。」
「え?かみの…毛…座?…ってそんな星座があるの?」
「はい。」
「やっぱお前ぜんぜん勉強してねーんだな!!」
「なによぉ!!こんなマイナーな星座授業でも習わないでしょ!!
知らなくったって別におかしいことじゃないわよ!!」
「まぁまぁ…。でですね?今海君が見本を見せますがこの石像の中に眠っている星座を呼び起こして捕まえ、それを学園の中心にある時計台に納めてほしいのです。」
「え?時計台?そんなのあったかしら?」
「大学棟の図書館がそれです。
図書館は時計塔になっているんです。
学園のシンボルですよ。
そこに天球儀があるのでその天球儀に星座を納めてほしいのです。」
「ふぅん…時計塔に天球儀、ねぇ。」
「場所は海君が知っています。では海君、早速アイリスに星座を捕まえるところを
見せてあげてください。」
「はいはい。
んじゃいくよ。こいつなら俺一人で大丈夫だろうな?」
「はい。小さな星座ですからそう梃子摺ることはないと思います」
「じゃ、アイリス、見てろよ?俺が星座捕まえるところをよ!」
そう言って海は石像に一歩近づくとぺろりと上唇を舌でなめて見せた。
「出でよ!髪の毛座!!」
言いながらばっ!と左手を突き出して見せた。
するとどうだろう、
待っていました!!といわんばかり突如石像から何からが勢い良く天に向かって飛び出したのだ。
あまりに勢い良く飛び出したのでそのままどこかへ飛んで行ってしまうのではと
思っていると、くらげみたいにぷっかぷっかとした動きをして
こちらのほうへと降りてきた。
なんじゃこりゃ…。
「技を使うまでもねーな!」
そう言って海君は手のひらを差し出すとその上にくらげ、もとい髪の毛がふわりと舞い降りた。
と!次の瞬間、きらきらと光り輝いて
直径五センチほどの小さな玉に変化したのだ。
「ええ…なになに?!くらげがこの玉に変わっちゃったの?ちょっと見せてぇ~?」
海君の手のひら数センチ上をふわりと浮いてとまっているその玉は深海色をしていてそこに星座の形が刻まれていた。
「わぁ…綺麗…」
「よし、じゃあこれを天球儀に納めに行くぞ!!」
そう言って私の返事も待たず海君はまた走り出して行ってしまったので
あわてて追いかけた。
-4-
大学棟の中心にそれはそびえ立つようにして私たちを待ち構えていた。
レンガ造りの時計塔。
シンメトリックでまるでちょっとした西洋のお城を思わせた。
中央部分がトンネルになっていてその向こう側にまた別の大学棟が見えている。
「こちらの図書館の蔵書数は県内の大学一位です。」
そう言ってポラリスは私の肩に止まり、またピルルルル…という美しい音色で鳴いて見せた。
「ほら、来いよ、入り口こっち!」
そう言って海君はトンネルには入らず建物の右方向へ向かうポーズをとり私を招き寄せた。
「おっきな建物ねぇ~」
窓の高さもとても高い。
真っ白なカーテンが掛かっていて中は見えないが。
「ほら!早くしろよ!!こっち!!」
気がつくと海君は建物の奥へと回り込もうとしている。
「ああん!ちょっと待ってよぉ~!!」
そう言って小走りでかけてゆく。
「ほら、ここだ」
建物を半時計周りに回りこむとすぐに図書館の入り口らしき扉が見えた。
扉の上には青銅製の文字が彫られた看板が掛かっていた。
“満点星学園大学図書館”とある。
「あら、でもこれ自動ドアでしょ?
センサー動くの?
っていうか、この空間って昼なの?夜なの?」
「お前本当に馬鹿だな?!
星座を捕まえるんだから夜に決まってるじゃねぇかよ!」
「はぁーっ!!!んもう!!ほんっとに!む・か・つ・くっ!!
私はここに来るのはじめてなのよ?!
もっと優しく解説できないの?!」
そこでふと思う。
もし…
もし私じゃなくて
天妙寺さんがここに来ていたら海君は同じように毒づいたのだろうか?
そしたら彼女はどう反応するのだろう?
怒る?
それとも年下相手に泣くのだろうか?
「おい、何急に黙り込んでんだよ。ほら、行くぞ?」
そう言って海君は自動ドアとドアの隙間に細い指を入れ無理やり
こじ開けだした。
するとゆっくりではあるがドアがスライドして開いてゆく。
「ああん、手伝うわよ!ほら!!私のほうが力あるから!!」
そう言って海が手にしているのと反対側の自動ドアの扉に手をかけ
思い切り外側へ引っ張った。
ググググ…
なんとか人が二人通れそうな隙間が開く。
「よし!この中に入ればいいのね?」
「まてよ!俺が先だって!
お前は後から黙ってついてくればいいんだよ!わかったか?!」
「なにそれ!!昭和の亭主関白主義みたいなこと言って!!
いまどき流行らないわよ?!ったく…」
仕方がなく海君の後へと続いた。
中に入ってまず驚いたのが
駅の自動改札機がゲートとして設けてあったことだ。
ゲートは閉じた状態にある。
「ええ?!なにコレ、なにコレぇ~!!
図書館入るのにこんな機械が必要なのぉ~?」
「大学図書館は一般開放もされているんですけどね
セキュリティの問題もあるので」
ポラリスが言う。
「あ、そうなんだ。」
「おい、こっちだぞ?!」
海君は慣れた動きでゲートをぴょん!と軽く飛び越えていく。
「ああ…!ちょっと待ってよぉ!!」
あわてて自分もゲートを飛び越える。
なんだか悪いことしてるみたい…。
「ねぇポラリス、
ここって現実世界じゃないのよね?
監視カメラ動いてたりしないわよね?」
「大丈夫です。完全に別次元ですから」
「そう…なら安心だわ。」
そういいながら海に続く。
「うわぁ~…高い天井!!」
中に入ってまず最初に感じるのがその天井の高い吹き抜けのフロア。
壁にはびっしりと本が敷き詰めてあり
壁にそって階段が回りこみ四角い螺旋階段になっている。
また建物を正面から見るとその裏側にあたる壁はガラス張りになっていて
自然な光が静かに差し込んでいた。
といってもこの霧じゃあまり綺麗じゃないけど
機会があったら天気の良い昼間にでも現実世界の図書館に
お邪魔してみたいものだ。
そのフロアの中央に目立つようにして
大きな天球儀が飾られてあったのを見つけ
思わずはしゃいだ。
「あらぁ~っ!!あった!!
これね?!」
海君が天球儀の前に立つ。
「あ!ちょっとぉ、待ってよ!!私も星を納めるところみたいわ!!」
海君の元へ駆け寄る。
「んじゃ、いくぞ?」
そう言って海君は持っていた髪の毛座の星座の玉をポーンと高く投げて見せた
すると天球儀全体が青白く光り輝きだした。
髪の毛座の玉はその光の中に吸い込まれるようにして消えていく。
そして蛍の光のように静かにゆっくりと天球儀は光を落とし
また元の群青色の色を取り戻していた。
「ほれ、ここ見てみろよ。」
そういいながら海君が自分よりも高い位置を一生懸命指差している。
「なになに?」
天球儀にはたくさんの星図が書かれていて美しい。
星と星の間を白い線が結ぶ。
だが、一部の星座が白い線ではなく金色の線で書かれていることに気がつく。
「あの三つの星を結んでいるやつ、あれが髪の毛座。今俺が納めたから色が白から
金色に変わったんだ。」
「へぇ…そうなの。納めると色が変わるのね?わかりやすい。」
「さぁ、お二人とも、この調子でどんどん星を集めてくださいね?」
「おう!まかしとけって!おい、牛!お前足引っ張るなよ?!」
「えっ!?ちょ…今私のこと何て言った!?
“牛”ですってぇ~っ!?
ほっんとーうにかっわいっくない!!」
あまりにも頭にきたので頭をはたこうとしたら
「あばよ!」といって突如海君の姿が消えてしまったのだ。
「え…?海…君?!」
「帰ったようですね」
ポラリスだ。
「え?ちょ…どういうこと?
帰ったって、家にってこと?」
「夢幻空間から出たって事ですよ。
簡単です、指輪にまたキスすればいいんです。
アイリスさんも試してみてください。
まだ夢幻空間を探索したいのなら別ですが」
「あ、ううん…今日はもうこの辺にしておくわ。ちょっと疲れちゃったし。
うん?そうするとポラリスはどこへ帰るの?」
「私はこの世界の住人ですから自分の巣穴に帰るだけです」
「ああ…そうなの。鳥だしね?じゃ、また明日ね?」
そう言って私は左手小指にはまった指輪の石にそっとキスして見せた




