第一章:サクラ、サク。
こちらは銀河夢幻伝シリーズ第六弾となります。
第一弾【銀河夢幻伝サジタリウス】https://ncode.syosetu.com/n8095hd/
第二弾【銀河夢幻伝スコーピオン】https://ncode.syosetu.com/n8142hd/
第三弾【銀河夢幻伝オフィウクス】https://ncode.syosetu.com/n8154hd/
第四弾【銀河夢幻伝オリオン】https://ncode.syosetu.com/n8580hd/1/
第五弾【銀河夢幻伝ヴァーゴウ】https://ncode.syosetu.com/n1061he/1/
を未読の方はそちらからお読みいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
-1-
その日は一日中雨だった。
寒くて思わず着ていたコートを抱きしめるポーズを取って見せる。
雪が降ってもおかしくない。
ああ、こんな日にこんな天気なんてなんだか幸先が不安だわ。
七瀬愛理は母親とどんよりした灰色の長い坂をゆっくりと歩いていた。
歩くたびに鼓動が高鳴る。
あれだけ必死に勉強したのだ。
手ごたえは…
100%あった、とはいえないけれど
なんとかギリギリの線でいけた、と思いたい。
やがてレンガ造りの正門が見えて
傘を持つ手に更に力が加わる。
大丈夫。
アレだけ勉強したのだから。
-2-
「え?満点星を受験したい?」
塾の相談室での一室。
「はい。私どうしても満点星に行きたいんです!」
スカートを握っていた手が汗ばんでいるのが分った。
「でもねぇ…今の成績だと…ちょっと難しいんじゃないかな…
かなりの大冒険だよ?それよりもこっちとこっちの女子校の方が安定だと思うよ?」
「いえ…そこは滑り止めにして…どうしても満点星を…」
すると塾講師は少し困った顔をして見せた。
「どうしてそんなに満点星に拘るの?」
そこで思わず言葉を詰まらせてしまった…。
本当の理由は…先生に言っても仕方がないと思う。
茶色い瞳を左右上下にくるくる動かしてなんとか適当な理由を探す。
「あの…ずっと満点星に憧れていたんです。
友達も満点星に行ってますし…私もどうしても行きたいんです。」
「そう…。
分った。じゃあもうあまり時間ないけれどお互い最後まで諦めないで
全力で頑張る、って事にしようか?」
「はい」
それから私はバイオリンを一時中断して勉強に全ての力を注いだ。
友達と遊ぶのもやめたし
大好きだったテレビドラマを見るのもやめた。
とにかく、
私は満点星に受かりたかった。
そう…
その本当の理由。
それは、
竹人君…。
失踪してしまった竹人君…。
少しでも手がかりがつかめたら…
それと、
竹人君が一時でも過ごしていた学園に入学して私も同じように生活してみたかった。
少しでも竹人君に近づきたかった。
そう、少しでも…。
ほんのちょびっとでもいい…。
ほんのちょびっとでも…。
-3-
受験票を持つ手に力が入った。
並んだ数字の中から自分の受験番号を一つ一つ辿っていく。
405…407…411…414…415…
私の受験番号…
41…7!!
417!!
あった!!
「あった!!」
思わず叫んだ。
「お母さん!!
あったよ!!417、あったよ!!あった!!」
思わず持っていた傘を手放すとお母さんに抱きついて見せた。
「やったー!!」
思わず涙がこぼれる。
やった!!
やったぁっ!!
私!!
私、満点星生になれるんだ!!
竹人君!!
私、受かったよ!!
満点星、受かったよ!!
-4-
めでたく満点星に合格した私は
早速竹人君が所属していたという弦楽部に入るべく部室となる音楽室へとやって来た。
入部届けを手にして音楽室の中を覗き込む。
中からはチューニングする音や華やかな弦楽器の音色が響き渡って聞こえてくる。
人数は思っていたよりもかなり多くてびっくり。
中等部と高等部の生徒を合わせて30人強くらいいるのではないだろうか?
「あ、あの…」
後ろから控えめに声をかけられ振り向いた。
「たしか…なな…せ、さん?よね?私、掛川あやめ。同じクラスなんだけど
七瀬さんも弦楽部なの?」
そう言ってさらさらの長い髪を揺らして見せた。
「あら!同じクラス?!嬉しい!!
クラスで私一人だったらどうしようかなって思ってたんだけど
良かった!掛川さんもバイオリンやるのね?
私、七瀬愛理よ。愛理って呼んでね。よろしく」
「こ、こちらこそ、よろしく…」
そう言ってあやめはちょっと控えめに上目遣いで私を見た。
「やぁ、君たち入部希望者?」
そう言ってこちらにやって来たのは背の高い男子生徒。
髪は短く、どちらかというとバイオリンというより野球部にいそうな容姿だ。
胸元の名札を見ると「入間光」とある。
「はい。よろしくお願いします」
そう言って入部届けを差し出して見せた。
すると入間はちょっとびっくりしたように私の事を見つめた。
?
「見学とかしなくていいの?もういきなり入部?一応仮入部って制度もあるけど?」
「え?あ…そうなんですか…ええと…じゃあ見学させてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
そう言って私とあやめを音楽室内に迎え入れた。
「部活は基本的に平日と土曜日。冬の大会が近づくと日曜日も練習する事があるよ。
あと日曜日は毎週じゃないけどたまに老人ホームとか福祉施設に慰問に行ったりもするんだ。夏には定期演奏会があって、今はそれを目指してみんなで頑張ってるってところかな?
ちなみに楽器経験はどのくらい?」
「私は小学校に入学してからです。」
「わ…私は3歳の頃から…」
あやめは緊張しているのだろうかかすかに声が震えていた。
「ふむふむ。それだけあれば十分かな?二人ともバイオリンだよね?」
「はい」
「はい」
あやめと声をはもらせた。
「よかった。じゃあ二人とも入部って事でいいかな?」
「え?あ、はい!」
「良かった」
そう言って入間先輩は少し安心したように優しく微笑んで見せた。
「うちの部活は楽器経験者が多いから…。
未経験でも勿論入部大歓迎だけど結構の人数が途中で挫折して退部しちゃうから。
だからさっき、いきなり入部で大丈夫かって聞いたんだ。でも安心したよ。」
「そうだったんですか…」
「じゃあ早速…今日は弾いてく?」
「もちろんです!」
私は元気良く返事をして見せた。
「君は?」
そう言いながら入間先輩はあやめのほうを見た。
「あ…あの…私…自分の楽器じゃないと…ちょっと緊張しちゃうかもしれなくって…
なので…明日じゃダメですか?」
「ああ、なるほど。いいよ。じゃあ明日の放課後に待ってるから。」
「あ、はい…じゃあ…明日は宜しくお願いします。
じゃ…あ、あの…今日は失礼します」
「はい、気をつけて帰ってね?」
「…は…、はい」
深々と丁寧にお辞儀をすると長い髪を揺らしてあやめはそそくさと踵を返し音楽室を
後にした。
「じゃあ、…えと君は…“七瀬愛理”さん?だね?」
胸に付いた名札を見て入間先輩は私の名前を確認した。
「はい。よろしくお願いします。入間先輩」
「じゃあこちらへ。
新一年生集まって!」
入間先輩が手招きしてみせると
ぞろぞろと室内から生徒たちがこちらへ集まってきた。
男女合わせて私を入れて計7人
「明日もう一人来るから全員で8人ってことになるかな」
もう一人、とはあやめの事を言っているのだろう。
「全員バイオリン経験者だね。
勿論バイオリン弾いてもいいんだけど、他の楽器もただいま絶賛大募集中だよ?
どう?これを機会に別の楽器触ってみたいって人、いない?
と言っても、
ある程度経験と技術がついてきたらヴィオラやチェロ、コントラバスもやってもらうこともあるからそこも頭に入れておいてね。それから…、」
「え?チェロとかもですか?」
先輩が話している途中なのに思わず言葉が出てしまい、慌てて口を押さえる。
すると入間先輩は不愉快な顔一つせず優しくにっこり微笑んで見せた。
「そう。近年チェロは特に人数が足らなくてね。バイオリンと向きが逆だから最初は戸惑うかもしれないけどポジションシールもつける事出来るし慣れてくれば大丈夫だよ。
勿論初年度最初からチェロを志願してくれてもいいよ。むしろ大歓迎。
楽器は学校のを使ってくれて構わない。
どう?この中でチェロとか弾いてみたい人いる?」
そういいながら入間先輩は新入生を端から見渡して見せた。
すると恐る恐る一本の白い手が上がる。
「あの…僕チェロ弾いてみたいです。」
めがねをかけた男子生徒だ。
名札を見ると“浜松透”とある。
「お!いいねいいね!浜松君だね。
他には?ヴィオラとかコンバスとかでもいいよ?」
しかし次に手が挙がる事はなかった。
「よし、じゃあ浜松君以外は全員バイオリンだね。
えと、白岡せんぱーい!」
呼ばれてやって来たのはすらっとした女子生徒。
身長165ぐらいあるんじゃないかしら…。
おかっぱ頭できりっとした瞳が印象的だ。
「あら?チェロ志願者いたの?」
「はい、じゃあ、浜松君、こちらチェロ担当の白岡先輩だよ。」
そういいながら入間先輩は軽く浜松の背を押して白岡先輩の方へと促す。
「じゃ、バイオリンチーム、自己紹介はあとにしてとりあえず楽器鳴らしてみようか?
準備室にあるから適当にとって各自もう一度ここに集まって」
「はい!」と全員声を合わせてぞろぞろと音楽準備室の方へと流れて行った。
-5-
早速夏の定期演奏会の楽譜を渡された。
「これは?」タイトルが英語で書かれている。
「パイレーツオブカリビアンって海賊映画知ってる?それの挿入曲だよ。」
「パート分けは明日するけどとりあえず新一年生は第二か第三パートになると思う。
初心者は第四パートかな。あとは…」
「お、新一年生入ってきたね?」
そういいながら教室に入ってきたのは
背が大きくふっくらとした体型でメガネをかけた優しそうな男性だった。
年齢は35歳から40歳前後?
「おはようございます!!」
新一年生以外が全員声を合わせて挨拶をした。
それぞれパートごとに固まっていたグループの生徒たちは所定の位置に戻り
教壇の前に立ったその男性を注目した。
「新一年生は…全部で7人かな?」
「あ、いえ…もう一人います。自分の楽器を使いたいようなので
明日から参加予定です。」
「そう…じゃあ…とりあえず自己紹介と挨拶をしようか?
私は弦楽部の顧問、東谷です。よろしく。じゃあ新一年生立って?
一人ずつ自己紹介してもらおうね。名前とクラス、楽器経験年数となにか一言、言ってもらおうかな?」
そういいながら東谷先生は優しくにこりと微笑んだ。
「じゃあ、」と言って一番端っこに立っていた私は軽く咳払いして見せた。
「1年B組の七瀬愛理です。バイオリンを小学校に入ったと同時に始めました。バイオリン教室で少しだけ合奏の経験がありますがこの弦楽部ほどの大人数でやった事はないので今からとても楽しみです。どうぞよろしくお願いします」
そういって少しわざとらしい強い微笑みを作って見せた。
部員たちが拍手を送ってくれたのでゆっくりと席に座る。
すると隣にいた生徒たちが自分の自己紹介を始めた。
私はなんとなくそんな自己紹介の言葉を聞き流しながら
教室内をゆっくりと見渡していた。
この学校の建物は比較的新しい。そう感じてしまうのは
小学校の校舎が古かったからだろうか?
壁にはおなじみの作曲家のポスターが貼られていて黒板には五線譜。
教卓の脇には鏡面艶出し塗装の美しいグランドピアノが一台。
大きめな窓の両脇には真っ白く長めのカーテンが掛かっているのがなんとなく清楚な感じがして心地良い。
小さくため息をついた。
やっと…
やっと竹人君と同じ場所に来れた。
あとは…。
新入生全員の自己紹介が終わると上級生たちは各自パート練習を丸まってはじめた。
新一年生は東谷先生のところへ楽器を持って集まり、それぞれ自分の好きな曲を演奏させられた。
そこで実力をみてパートを振り分けるとのことだった。
私も自信満々につい昨日までレッスンで一生懸命弾いていたベートーベンのメヌエットを弾いて見せた。
もしかしたら第一パートいけるんじゃないかと自分の中では自信満々だったのだけど…
結果、
私は第四パート…。
なによ…さっき入間先輩が、初心者対象パートだって言ってたところじゃないの。
なんとなくプライドが傷ついたが入学したばかりだし仕方がないと自分に言い聞かせて見せた。
「じゃあ第四パートの人はこっちに集まってね!」
といわれたので第四パートのメンバーのところへ集まる。
中一だけかと思ったら意外なことに高校生も混ざっていた。
いや…下手だから、じゃなくて下手な私たちをカバーするために
あえてうまい人を混ぜたんだろうと思う。
第四パートを楽譜の最後まで弾いたところで下校のチャイムが鳴り響いた。
それぞれ楽器や譜面台をしまう作業に取り掛かる。
私も借りたバイオリンをケースにしまい、準備室に片付けた。
すると肩をポンと叩かれたので振り向くと入間先輩がにこにこと笑顔を作って立っていた。
「第四パートだからっていじけちゃダメだよ?
みんなで一つの音色になるんだから。そこ、忘れないでね?」
「え?」
思わず固まる。
凄い…。
この人、なんで私の気持ちが分ったんだろう…。
それともそんなに分りやすい態度をしていただろうか?
「あ…あの!」
背を向けて準備室を出ようとした入間先輩に声をかける。
「何?」
「あの…ちょっとお聞きしたい事があるんですけど…部活終わったあと、ちょっとだけいいですか?」
「ん?いいよ。」
じゃああとで、と手を振って入間先輩は音楽室へと戻って言った。
-6-
「で、話って何?」
昇降口の前の噴水のところに腰を下ろし入間先輩は顔を上げて見せた。
「あの…」
一度息を飲み、軽く深呼吸する。
「入間先輩、射川竹人君ってご存知ですよね?学年が一緒だから」
「え?」
突然笑顔だった入間先輩の表情が曇った。
「去年失踪したっていう…。先輩なら何かご存知ないかな?と思って…。」
「なんで七瀬さんがそんな事言うの?ただの興味本位だったらそれはあまり良い趣味じゃないと思うけど?」
「あ!ち、違うんです!!私、竹人君と同じバイオリン教室だったんです!!
だから小さい頃からずっと知っていて…いわば幼馴染みたいな感じで…
だから去年のあの事件が起きて以来凄く竹人君の事が心配で心配で…
どうしても真実をしりたくて、
それで学力レベルが全然足らなかったのを猛勉強して
なんとか満点星に合格して…それで…なんて言ったらいいか…」
私がおどおどしていると入間先輩は腕組して見せた。
「そう…幼馴染だったのかぁ…。
うーん…実はね、僕も射川とは友達だったんだ。
クラスも一緒だったしね。
だけど…僕にも分らないことだからけで…
悪いけどあまり七瀬さんや警察の力にはなれないかな。」
「…そうですか…すみません、突然こんなお話してしまって…」
「いや、いいよ」
そう言って入間先輩は立ち上がると真っ白なズボンのお尻を軽くはたいてみせた。
「七瀬さん、家は何処?…ってああそうか…射川と幼馴染って事は…
本郷坂?」
「はい。」
「僕、東小塚だから応船まで一緒だね。一緒に帰ろうか?もう暗くなっちゃったし
誰もいないから」
気が付いて辺りを見回すと先ほどまでゾロゾロと昇降口から出てきていた弦楽部の部員たちは当に姿を消していた。
「北金倉の方から帰るルートでいいかな?」
「あ、はい。ええと…そういえばこの学園って金倉と北金倉の中間ぐらいにありますけど
どちらが近いですか?私、一応金倉まで定期買って、金倉から通ってるんですけど…」
そういいながら二人は歩き出す。
「どちらも大して変わらないよ。気持ち金倉の方が近いかな?
北金倉方面に帰るときは坂道が結構あるし歩道が狭い割に車がバンバン通るから疲れてるときや荷物が多いときは小町通り通って金倉から帰った方がいいかもしれないね。
ただ、北金倉の方が帰る側の駅だから急いで帰りたい人はそっちから行く人もいるけど
結局あまり変わらないのかな?電車のダイヤにもよるけど。
朝は金倉から来て帰りは北金倉から帰る人が多いよ。」
「そうなんですか。実は北金倉から帰るのって今日が初めてです。」
「じゃあ道教えてあげるよ。大学棟の脇を通るんだ。」
暫く歩いたところでそれに気付く。
「あら?先輩。アレは何ですか?」
そう言ってしげみから覗かせた真っ白い石像を指指して言った。
「ああ…あれね。この学園やたらめったらあちこちに石像が多くて。
あれもそれの一つ。」
「へぇ…そうなんですか…」
「あ…」
そう言っていきなり入間先輩は足を止めて見せた。
大学生がぞろぞろと北金倉方面に歩いて行くその人の波の中を一点に真っ直ぐと
見つめている。
入間先輩のその視線に気付いたのか大学生の一人がニコリと笑顔をつくってこちらへ向ってきた。
驚いたのは
その人が外人だったと言う事。
金髪…
メガネをかけていて、身長が凄く高くすらっとしていてモデルさんみたいだ。
リュックサックを右肩にだけかけて持っている。
留学生かしら?
「羽鳥先輩、今日は。」
「やぁ、入間君。部活帰り?」
「はい。」
「ええと、君は…七瀬愛理さん?新一年生かな?」
「え!!どうして名前を…」
はっとして胸元に校内バッチが付けっぱなしなのに気がつくと慌てて外して見せた。
それを胸ポケットの中にしまう。
「僕は羽鳥翼。よろしく」
「え?あ…はい…よ…、よろしくお願いします」
「七瀬さん、紹介するよ。羽鳥さんは弦楽部のOBなんだ。
今はええと…たしか、」
「大学2年生。物理を専攻してるんだ。七瀬さんもバイオリンを弾くんだね。
夏の定期演奏会も勿論出るんでしょ?」
「第四パートですけどね…」
笑いながら答える。
「ありゃりゃ…やっぱり七瀬さん、第四パートなの相当気にしてるんだね。
だから大丈夫だって!今回はたまたまだったけどそのうち第三、第二、第一って順番回ってくるから!ね?」
「パートがどうであれ合奏は楽しいよ。機会があったら僕も混ぜてほしいな」
そう言って羽鳥翼はめがねの奥のグリーンの瞳を細めて見せた。
「じゃあ、気をつけて帰ってね。」
「はい。」
入間先輩が軽くお辞儀をして見せたので私もつられて軽く会釈する。
「じゃあ行こうか?」
入間先輩が北金倉方面へ歩き出したので慌てて自分も後に続いた。
「そういえばさぁ…」
「え?」
「射川と幼馴染なんでしょ?七瀬さんから見て射川ってどんな風に見えた?」
「あ…はい…そうですね…とにかくバイオリンが凄く上手で…
幼稚園年長のときに友達のバイオリンの発表会を見に行ったとき、そこで始めて竹人君の演奏を聴いて感動しちゃって…それで私もこのお教室で習いたい!って思ったんです。それで竹人君とも少しずつ関われたら嬉しいって思ったんですけど発表会のときちょっと挨拶するぐらいであまりじっくり話ししたことないんです。
小さかったのであまり覚えてないけど…。
合奏の機会もあったんだけど一緒にパート練習とかってしたことなかったし…
本当…ずっと憧れていたのになかなか交流できなくてもどかしくて…
ただただ近くて遠い存在だったというか…」
「え?…それってもしかして…」
入間先輩が少しにやけた顔を作って見せたのでその意図を察して
思わず顔が熱くなる。
「ち…!違いますよ!?違いますからね!?別にそういう気持ちは…その…」
そう言って両手で真っ赤に染まってしまったであろう顔を塞いで見せた。
と、突如入間先輩の顔が凍った。
「え?」
「え?」
思わず二人同時に同じ母音を口にしていた。
入間先輩はまた前を向き直って、でも少し困った表情を作って見せた。
「どうかしましたか?」
思わず不安になって聞き返す。
「いや…その…」
そういいながらまた入間先輩は横目でちらりと私の方をむいては正面を向き直るという
動作を何度かちらちらと繰り返す。
「まいったなぁ…」
何かに観念したように入間先輩は大きくため息をついて見せた。
そしてわざとらしく頭を掻いてみせる。
そうこうしているうちに北金倉駅へと到着した。
「あ、電車きますね!」
遮断機が折り始めたので二人して小走りでそれを潜りスイカをセンサーにタッチして
ホームへと上った。
「で…どうなさったんです?私何か変なこと言いましたかね?」
気になって気になって仕方がない。
しかし入間先輩は何も言おうとしない。
ただただ、
私の方を盗み見るようにちらちらと視線を落ち着きなく動かしている。
そこへ横須賀線が滑り込んできた。
ドアが開いたので車内に入る。
相変らず電車内は混んでいた。
次の駅で私は乗り換えのため降りなければならない。
あと数分程度しか時間はなかった。
その間に入間先輩の態度が気になって仕方がなくその謎を解きたかった。
「あの…もしかして竹人君…他に好きな人がいるんですか?」
すると突然先ほどとは違った平たい表情を作って入間先輩は目を見開いて見せた。
「え?…好きな…人?」
ぽかんと口を開けている。
あら、見当違いだったかしら?
「はは…七瀬さん…やっぱり射川の事…」
「ちょ…まってください…あの!!…」
思わず口ごもる。
「いやね…その話じゃなくて…。
もうネタバレしてもいいかな。とりあえずコレ、見えてるよね?」
そう言って入間先輩は自分の左手小指を指差して見せた。
?
意味が分らない。
「みてごらん、七瀬さんの左手小指。」
「え?」
そういわれてすぐさま自分の手を見る。
すると…、
左手小指にはいつの間にか赤紫色の玉が付いた指輪が…。
「え?…なに…これ?」
驚いて外そうとするがびくともしない。
まるで皮膚とリングの表面が一体となってしまっているかのようだ。
「何ですか、これ?入間先輩のマジック?」
「ぷ!マジック!!…いやまぁ…マジックみたいなものかな…」
と…
「間もなく応船~、応船~…」と
到着アナウンスが流れ電車の速度が落とされてゆく。
「あ…私ここで降りないと…あの…この指輪、どうやったら外れるんですか?」
「それね…僕のマジックじゃないんだ。」
「え?」
「さっき会ったでしょ?羽鳥先輩。
羽鳥先輩のマジックなんだよ。
それは魔法の指輪。僕と羽鳥先輩以外の人には見えない魔法の指輪。」
「……は?」
思わず眉間に皺を寄せた。
「応船~。応船~」
電車のドアが開き、ぞろぞろと人が車外へと流れてゆく。
「さ、答えはまた明日。気をつけて帰ってね?」
そう言って入間先輩は私の肩を軽くポンと押したので
私は慌てて人の波に合流し、電車の外へと降り立った。
「あの~!どういうことですか?」
電車に乗り込む人たちの流れをうまくよけながら
私は車内の奥に立つ入間先輩に叫んで問うたが先輩はただただ手を振るだけだった。
どう言う事?!
私が困惑していると
列車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出すと
長い編成の車体を滑らせやがてホームから春の夜の中へと飲み込まれていったのだった。




