第50話:ほんのちょっとした昔話
「やっぱりかき氷はいちご味だよねー」
さっき買ったかき氷をつつきながら、井戸端は言う。変なところで妙なこだわりがあるらしい。俺はメロン派だけど。
「あと練乳は邪道だと思わない?」
「さぁ……?」
すまん。“じゃどう”の意味がわからねぇ。剣道柔道の仲間か?
「あっ、海梨〜!!」
遠くから井戸端を呼ぶ声。聞こえた方を見ると、数人の女の子集団。誰だろ? 葉桜三中生じゃない、と思う。
「うわー、久し振り! 元気だった?」
「元気元気! そっちも元気そうじゃん!」
井戸端の友達みたいだ。手を振ってる。こっちに来い、と呼んでるっぽいな。井戸端も歩くスピードを速めた。
「どしたの? 行こ?」
振り向きそう言われて、俺も歩を速めた。けど、井戸端が前を向いたら遅める。
だから井戸端が友達のところに着いて喋っているのを、俺は少し離れた所で眺めた。
だってさぁ……気まずくね? 友達の友達って立ち位置。
『いや、彼女とかそういうのじゃ……』
さっき、井戸端が型抜きのおばちゃんに言った言葉が頭から離れない。行けば、また聞くことになる現実。
ちょっと、ここから離れよう。
「おいおい。柴村の奴、どっかに行くぜ?」
「たっくんは単純で複雑ゆーか……何かなぁ」
「どうする? 二手に分かれる?」
「そうしましょうか」
「……いや、待て。その必要はなさそうだ」
「んー……? あぁ、ホンマや」
人込みの無い、できるだけ薄暗い場所を探して、俺は腰を下ろした。
食べかけのかき氷はもう溶けて、メロンソーダみたいになってる。
「もったいないかな」
一気に飲んだ。……美味しくない。ただの薄い砂糖水じゃねぇか。
「琢人くん!」
井戸端が息を切らして走ってきた。頬が赤く染まっている。
「どうしたの!? 急にいなくなるから、心配して……」
「ああ、すまん。歩き続けて疲れたから、座りたくなって」
別に嘘はついてない。本当のことを言ってないだけだ。
「そうだったの……? ごめん、全然気付かなかった……」
「いいって、大丈夫。それより、またどっか行くか?」
俺の質問に、井戸端は「ううん」と首を振った。
「私も歩き疲れちゃったから、休むよ」
距離にして約50センチ隣。遠いような近いような、微妙な位置に井戸端は座る。そして「うー」と腕を夜空に向かって伸ばした。
「あーあ、今日も楽しかった! やっぱり祭りって良いよねー!」
「……祭り、好きなのか?」
「うん!! えへへー」
大きく頷き、照れたように笑った。
やけに今日、テンションが高かったのはそういうことか。
「祭りが毎日あったらいいのになぁ」
「……確かに」
「って、毎日あったら楽しくなくなっちゃうでしょ! 頷かないでよ」
「う……、すまん」
なんで怒られたんだろ? 俺、やっぱバカ?
「そういえば、私がヒノと初めて会ったのもこの祭りなんだよ? 幼稚園のころなんだけどね」
「そうだったのか」
凩のちっちゃい時。今みたいにバカばっかやってたんだろうな。
「あの頃は、やみよくんも元気に走り回ってたんだよ? ヒノといっつも一緒にいて、ちょっと怖がりだったけど、みんなで集まっては大笑いして」
「ふぅん、意外だな。てっきり、昔からあんな無表情なんじゃねぇかと思ってた」
「ヒノは昔からあんな感じだけどね。誰もできないことを平然とやってのけるし、誰とも壁を作らない。あっ、でもまだ標準語だったかな、あの時は」
標準語から方言に変えた? ……普通、逆じゃね? それともなんか理由があんのか?
「うーん……」
もしかして、お笑い芸人を目指してるとか! 雄司浩司……だったか? あと、赤いプトレマイオス? そんな感じで。今流行りの方言芸人。おお、アイツの性格からしてそれっぽいぞ! つか、そうに違いない!
「あはは……。芸人はないと思うなー……」
「うぇっ!? 井戸端、なんでわかったんだ!?」
「えと……、大声で叫んじゃってる、よ……?」
よくよく自分を見てみると、いつの間にやら立ち上がり、右手でガッツポーズしていた。なんてこったい。
「……ヒノにもね、色々あったんだよ。色々」
若干呆れ気味、諦め気味に言われた。そりゃそうか。
「そういや、井戸端は小さい頃はどんなだったんだ?」
そういやもこういやも無いけど、何となく気になった。
「ん? 私? 私はね……」
小さく、少し寂しげに微笑ってから、井戸端は続けた。
「全然友達なんていなかったかなぁ。本当、ヒノに出会う前なんか一人もいなかくて、いっつも端っこで座ってた」
「………………」
「別にいじめられてたわけじゃないんだよ? 仲が悪い子もいなかった。なのに、遊ぼって誘われても、大抵自分から断ってたの。なんでなのか、自分でもわからないうちに」
「………………」
「でもヒノは違ってね。私がいくら断っても、無理矢理手を引っ張られて連れ回されたんだ。もう町中至るところに朝から晩まで。私は、それがとっても嬉しかった」
「……無理矢理だったのに?」
つい、訊いてしまった。
「無理矢理だからこそ、かな。自分から動けない人は、何かきっかけがないと動けないの。私にとって、きっかけはヒノだった。今の私がいるのも、ヒノのおかげ」
きっかけ、か……。
俺にとってきっかけと言えば、間違いなく……。
「あれから十年かー。ずっとヒノみたいになりたい、って思ってたけど、近付けた気がしないな。まだ引っ張ってもらってばっかり。頼りないよね」
違う。そんなことはない。おまえは、少なくとも俺の人生を変えた。あの時の、あの一言で。そうだろ?
「井戸端――――」
「カイリぃぃぃぃぃいいい!!」
「……ひ、ヒノ!? なんで!?」
俺が井戸端に話し掛けようとした声をかき消すかのように、どこからか凩登場。
「ウチのほうこそありがとー!! 本当に本当に感謝しとるよ!! 出会えて良かった!!」
「ふぇ……ん、…………むぐぐ……」
おーい、抱きつくのはいいが、井戸端が息できてねぇぞ? 凩、おまえ身長高いんだから。
……てか、そうじゃなくて。
「凩、なんでおまえがここにいるんだ? 急用で井戸端と来る予定だったのが無理になったんだろ?」
「…………えっ?」
急に井戸端から腕を離し、「しまった」的な顔。おいおい、これはもしかして……。
「まぁいいじゃんいいじゃん!! せっかくの祭りなんだし、みんなで楽しもうよ!!」
「…………なんか井戸端、いつもと違うな」
「え、そう? やっぱり家でジュースと酎ハイを間違えたのがダメだったのかなぁ? 少ししか飲まなかったのに」
どうやら軽く酔っていたようだ。今日ハイテンションだったのは、祭りとか……俺、が原因じゃなかったっつーわけだな、うん。
「………………」
ま、今日一日楽しかったし。
孝介には、感謝しよう。
琢人が「縁日」と「緑日」を間違えて終わるオチかと思いました?
さすがにあの空気でそれはできませんや(ぇ
そういえば、作者はただ今テスト期間真っ只中です。
余裕綽々なわけではありません。切羽詰まっているのです。
まぁはい、勉強してきます。化学と数学とか英語とか世界史……情報………。