第三章 隠し荷 2
「河津迅三郎と朝倉十郎太は、おらぬのか?」
外から滅多に聞いたことのない稲垣の大声が聞こえてくる。しかも、自分たちを呼びつけているではないか。
迅三郎は、ぎょっとしながら、対面に立つ十郎太を指差した。
「十文字、オマエ。一体、何をやらかした?」
奉行自らが足を運んで同心を呼びつけに来ることなど、前代未聞。それこそお天道様が西から昇るくらい、あり得ない出来事である。用件なんぞ聞かなくても、わかる。凡そ、ろくでもないことで違いない。
ただ。ここで問題なのは、何故「俺までも」一緒に呼びつけられているのか? だ。
巻き添えを喰らった身としては、東町奉行所で随一の札付き問題児に事情を訊くのは、至極当然の成り行きであった。
もっとも……
考えていることは十郎太も同じのようで、左指で突き刺す迅三郎と全く同じ仕草で、迅三郎に向かって右指を差し出していた。
「いんや。ろくでもないことをしたのは、迅のほうに違いない」
真面目くさった澄まし顔で、きっぱりと言い切る。これに迅三郎が反応しないわけがない。
「お奉行様が直々に十文字を呼びつけてんねんぞ。常識で考えたら、切腹モンの失態したとしか思わへんやんか」
指していた右手を、脇差代わりに脇腹に当てて、切腹の仕草をする。だが、最後まで真似る前に腕を十郎太に掴まれた。
「その台詞。そっくり、そのまま返したるわ」
「何でや?」
寝耳に水と、迅三郎が心底、驚く。だが、「もう一回、よーく思い出してみ」と十郎太は記憶を手繰り寄せるように強要する。
「先に迅。オマエの名前を呼んでるやないか」
勝ち誇ったように言い放つ。
が、言われた迅三郎も黙ってはいない。
「直ぐ後に、十文字も呼ばれてるで」
ほとんど、子供の口喧嘩の態で言い返す。
「せやから、巻き添えや言うてるやろ」
「ホンマか?」
そこまで言われると自信がないのか、迅三郎の口が止まる。
言い合う相手が黙りこくってしまって手持ち無沙汰なのか、十郎太のほうも腕を組むと瞑想にひた走ろうとする。
が、目を瞑る前に鼻を曲げてしまう。
「どうにも」「臭うな」
追随するように迅三郎も鼻を摘んで答える。
それもそのはず、二人は厠の便器を挟んで正対していたのだ。
「あれこれ想像しても始まらんわ。ここは一つ、直に訊いてみようやないか」
男らしく迅三郎が答えるが、実際には悪臭に耐えかねてと言ったほうが正しい。
「そやな」
悪臭に耐えているのは十郎太も同じで、異論などあろうはずもなく、二つ返事で同調した。
「ご命により、河津迅三郎ならびに朝倉十郎太。出頭致しました」
厠を飛び出して、衣を正して二人は稲垣の許に参じたが、こびり付いた厠の臭いに稲垣が鼻を摘んだのは、言うまでもない。




