11 お願いごとの二つ目
(そもそも、あれだけ怪しいそぶりをしているにもかかわらず、自覚がなかったの?)
ヒューバートは、マーガレットが助け船を出さなかったことで、珍しく動揺しているようだ。
ギレムも目を丸くして、マーガレットとフレディ、そしてヒューバートを見比べている。
「マーガレット。その、ヒューバートが怪しいというのは?」
「ええと、その……」
マーガレットは、そそくさとギレムに近寄り、そっと耳元に口を寄せる。
すると、ギレムが珍しく、怯んだ様子を見せた。
しかし、周囲を見渡した後、すぐに諦めたように彼女に耳を貸す。
そして、小声でささやく彼女からおおよその状況を聞き取ったところで、息を吐いた。
「ヒューバートもだが……君ももう少し、自覚を持ちなさい」
「え?」
「……まあいい。ギルバートが死んだばかりで、変な虫もしばらくは近寄らないだろうし、しばらくは私が目を光らせておくことにする」
そう呟きながら、少し顔が赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。
ギレムはイケてるおじ様なので、照れるととっても色っぽくなるのだ。
多分、そのことについて、自覚はしていない様子。
(なんだかよくわからないけれど、ギレム様こそ自覚を持ったほうがいいと思うわ……)
若干ドキドキしながら、マーガレットは口に出さずに、内心でそう呟く。
しかし本当に、マーガレットの周りには、心臓に悪い男が多い。
マーガレットの内心はさておき、ギレムは呆れたような顔でヒューバートを見た。
「話は聞いた、ヒューバート。その……この際だ。お前の私室を公開することは」
「私に死ねと」
「命にかかわるような話をした覚えはないんだが!?」
命を引き合いに出され、ギレムは目を剝く。
ヒューバートは、先ほどまで盗人の嫌疑をかけられても平然としていたというのに、私室の話になると、急に真顔で青ざめていた。
蒼白になっている姻戚の若者に、呆れ顔を極めたギレムは、ため息をつく。
「まあ、今回はいいとしよう。今回だけだからな」
「次が来ることなんてありませんよ。今回だって、別に私のせいではありません」
「いや、お前が怪しい動きをするからだな……」
「私のせいではありません」
「……もういい。今回の窃盗について、犯人はわかっているからな。実際に私は、証拠を持っている」
切り出したギレムに、マーガレットとフレディは安堵の息を吐き、ヒューバートは無言、家令ジェフリーも黙っている。
「ここはギルベルト侯爵家で、侯爵家の屋敷内だ。侯爵領での犯罪に関する定めもあるが、官憲に通報するかどうかも含め、ギルベルト侯爵には一定の裁量が与えられている」
今回は窃盗という財産罪なので、そういうことになるのだとか。
殺人罪や傷害罪などの、生命身体に対する罪の場合は、また別らしい。
「さて、言うことはあるかね、ジェフリー」
そう、犯人は家令ジェフリー。
そしてこれは、マーガレットがギレムに頼んで仕掛けた、彼をターゲットにした罠だったのである。
✿ ✿
ヒューバートに屋敷の管理の後見を任せることになったあの日、マーガレットはギレムに二つ、お願いをした。
「予算の勉強をしたいのと……あと、ジェフリーを見張ってほしいんです」
「ほう?」
興味津々の顔で目を瞬くギレムに、マーガレットは頷く。
「私、ここにきて数週間ですが、ジェフリーはとても仕事のできる家令だと感じています」
「ふむ、そうだな。あれは愚兄キリクが雇った者で、兄が引退してからは私もギルベルト侯爵家に関しては手を引いていたから、近年は侯爵夫妻の仕事を一手に引き受けていた。それは並大抵の者にできることではない」
「はい。でも、ヒューバート様は、この家は大赤字だって言うんです。それはやっぱり、おかしいような気がして」
できなくて、そうなってしまったのであれば、それは仕方のないことだ。
能力が足りていないのだから。
けれども、能力が足りてそうな人が携わっているのに、結果が不出来というのは、一体なんなのだろう。
「だから、その。具体的になにをしたらいいっていうのは、わからないんですけど」
ジェフリーが、多分、なにかをするのではないだろうか。
そう訴えるマーガレットに、ギレムはにやりと笑った。
「どうやらギルバートは女を見る目だけはあったらしいな。マーガレット、お前は領主夫人に向いているのではないか?」
「そ、それはどうでしょうね!? ちょっと、ジェフリーがだめ~な気がしただけといいますか!」
「そうだ、あれは怪しい。そして、あれがなにをしているのかについて、ある程度目星はついている。おそらく、ヒューバートもな」
「えっ」
驚くマーガレットに、ギレムは「もう少し後にしようと思っていたんだが」と思案する。
「まあ、最初に膿を出しておくのもいいことだろう」
「はあ……」
「マーガレット。人を見張るという行為は、お前が思っている以上に労力と技術力を要するものだ。長期に渡るほど、見ている側も見逃しが多くなる。ただ漫然と見張るというのは、あまりよい戦法ではないな」
「な、なるほど……」
「だから、仕掛けをする」
ギレムが皮の鞄から、ビロード生地で包まれた平たい箱を取り出したので、マーガレットは目を丸くする。
「もともと渡そうと思っていたものだ。これをあれの前でみせびらかして、引き出しにしまいなさい」
「えっ!? こ、こんな高そうなもの、いただけません。それに、みせびらかすって……」
「私がこの家の後見を行い、ヒューバートが屋敷の運営に直接関与することで、あれはそのうち追いつめられることだろう。そして、目の前には、売り払えば一気に数百万ジェリーを手にすることができる、持ち主が普段使用せずに箱にしまったままの高級品。まあ、そのうち我慢が利かなくなる」
「……そんなわかりやすいこと、するようには思えないのですが」
マーガレットには、ジェフリーはもっと賢い人物のように思えるのだ。
しかし、ギレムは笑った。
「人間、追いつめられたら、理屈を超えて結果に手を出すときがあるのだよ、マーガレット」
✿ ✿
「お前は相当賢くやっていたと思うよ、ジェフリー」
ギレムの言葉に、ジェフリーはまだ、表情を崩さない。
「愚兄が侯爵であったときから、この家によく尽くしてくれた。だからこそ、私はお前のやっていることについては目をつぶっていたんだがな。まあ正直、愚兄の散財を止めるのに精いっぱいだったというのもある」
「……」
「しかし、ギルバートの代になり、私が去り、お前は侯爵としての仕事を一手に引き受けることになった。これまでと違い、なにかあれば、その責はお前のものになってしまう」
屋敷内でなにか起これば、ギルバートはきっと、家令ジェフリーに責任を負わせたことだろう。
「だから、賢いお前は考えた。適度に手を抜き、屋敷の金の管理を甘くした。すべてにおいて、悪くはないが最良ではない状態を保ち、予算を使う者がそれとなく『ずる』をしていると罪悪感を感じるような、甘い蜜で全員を黙らせたんだ」
一件の単価が高い修繕費を対価に仕事をする業者。
自由に食材を買うシェフ達。
辻馬車を使って街に行く使用人達。
高い使用人用の備品、高級な侍女服、執事への高級な靴の支給。
別に、全員、悪いことをしているわけではない。
すべて業務に関する適正な金銭の利用である。
しかし、なんとなく、他の家よりも贅沢をしていることを感じ取ってしまう。
だから、みんな、ジェフリーに感謝する。
誰も予算権をジェフリーから奪わず、彼に任せておけば大丈夫とだけ言い、彼の粗に目をふさぐようになるのだ。
(なんて賢いの……!)
正直、キャサリンの『だめ~』がなければ、マーガレットは、彼のやっていることの意味すら考えなかったと思う。
だって、ジェフリーは、マーガレットにも優しかったのだ。
思い起こせば、最初からそうだった。
親族の前に出る必要はない、そこにいるだけでいいと、彼はマーガレットにも甘い蜜を与えて、飼い殺そうとしていた。
「さて。自分のやっていたことを、話す気になったかね」








