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異世界ランジェリー・メーカー ~女性下着会社の社長と社員が転移したので、極上の下着で異世界の美女たちをコーディネートします~  作者: フシサバ


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第20話 万人の轍と、己の道

診断を終えた私たちを、クラリスさんはカウンターの奥にある重厚な閲覧室へと案内した。

そこには、一冊の巨大な書物が鎮座していた。

厚さは優に三十センチを超え、表紙には金細工で『ヴェルサリアの(わだち)――職業大辞典』と刻まれている。


「さて、お二人の適性は判明いたしました。次は、その力をどのような『職業(ジョブ)』として定義するかを選んでいただきます」


クラリスさんが手袋をはめた手で、その大辞典を恭しく開いた。

中には、過去数千年にわたってギルドに登録してきた先人たちの履歴が、系統と紋様ごとに細かく分類され、びっしりと書き込まれていた。


「この辞典は、いわば過去の登録者たちの統計記録です。ご自身の診断結果に該当する頁を開き、その中から現在の活動内容や、将来の志向に最も近いものを選んでいただきます」


「なるほど。先人たちが歩んできた道の中から、自分にふさわしい轍を探すということですね」


私が感銘を受けて頷くと、クラリスさんは微笑んで付け加えた。


「ええ。ですが、これは一度選んだら最後というわけではありません。この世界では、経験を積めば『転職』も可能ですし、適性さえあれば複数のジョブを同時に登録することも認められています。まずは今の自分を定義する『第一ジョブ』を決めてしまいましょう」


 ◇


まず、ユウさんが辞典へと手を伸ばした。

彼女の結果は『青(操作)』と『赤(強化)』の混合色、そして『浸透(融合)』の紋様だ。


「……青、赤。……融合」


ユウさんは、極めて稀な混合適性の項目をめくっていく。

そこには『魔導鍛冶師』『魔導付与士』『精密彫金師』といった、工藝に特化した職業名が並んでいた。

彼女の指が、ある一つの項目で止まる。


魔導機工師(マギ・マシニスト)

適性:青(操作)×赤(強化)×融合

定義:魔導回路や機械構造を自身の神経の一部として同化させ、極限の精度で操作・調整を行う者。


「……これ。これがいい」


ユウさんは短く、けれど迷いのない声で言った。

「強化」した集中力で「操作」を極め、対象と「融合」する。

それは、社長が創り出す未知の機械を形にするために、これ以上なく相応しい呼び名に思えた。


続いて、私が辞典に向き合った。

私の結果は『黄(調和)』の系統、そして『波紋(放出)』の紋様。


「黄色……放出。……ここですわね」


該当する頁には、『指揮官』『交渉人』『楽師』といった、周囲に影響を与え、場を整える職業が並んでいた。私はその中から、今の自分の立ち位置に最も重なる言葉を見つけ出した。


調律師(アチューナー)

適性:黄(調和)×放出

定義:対象物の波長を読み取り、周囲の環境や他の要素との不協和音を取り除き、理想的な調和(ハーモニー)をもたらす者。


「調律師……。社長の独創的なアイディアを、この世界の理に合わせて調整していく。……今の私に、これ以上の名はなさそうですわ」


私は、その文字を指先でなぞりながら、クラリスさんに顔を上げた。


「こちらの『調律師』でお願いいたします」


「承知いたしました。……『魔導機工師』と『調律師』。お二人とも、非常に高い魔力密度に裏打ちされた、専門性の高い選択ですわ」


クラリスさんは手際よく二人の情報を銀板のカードへと転写していく。

出来上がった二枚のギルド証は、先ほどまでの曇りガラスのような魔導紙とは異なり、内側から誇らしげな光を放っていた。


「これで、お二人は正式にヴェルサリアの理に連なる者となりました。社長様にも、どうぞよろしくお伝えください。あの方なら、このジョブが持つ本当の意味を、誰よりも早く理解されるでしょうから」


私たちは新しく手にした『自分たちの名前』を胸に、社長が待つトリップ・トラップへと戻るべく、ギルドの重厚な扉を後にした。


 ◇


王都の喧騒を抜け、私たちは勝手知ったる「トリップ・トラップ」の扉を潜った。


「お帰りなさい。意外と早かったですね。……その様子だと、無事に『道』は見てこれたようですね?」


カウンターの奥で顔を上げた社長に、私はまずギルドでの一部始終を報告した。

ヴェルサリアの女神像のこと、登録管理官のクラリスさんのこと。

そして、この世界の理である「五色三紋診断」の仕組み――「赤・青・黄・白・黒」の5系統が性質を、「螺旋・波紋・浸透」の3紋様が指向性を示すという基本ルールを、手短に共有した。


「なるほど、5系統と3紋様の組み合わせですか。非常に合理的で、この世界の理を数値化するような面白さがありますね」


社長が感心したように頷くと、作業をしていたチサさんとカオリさんも興味津々で寄ってきた。


「へえ、自分の才能が色と紋様で分かるなんて。改めて自分の役割が見えてきそうで、なんだかドキドキしちゃうわね」


「ええ。もし機会があれば、ぜひ。……ユウさん、皆さんに挨拶代わりのデモンストレーションを見せて差し上げてはいかが?」


私の促しに、ユウさんは静かに頷き、作業台の上にある故障した魔導投影機の前に立った。

商談続きで酷使され、映像がひどく揺らいでまともに映らなくなった精密機器だ。

彼女が掌をかざすと、藍色と赤が混ざり合った魔力が、紋様を描くことなく内部へと『浸透』していく。


「――同調シンクロ。出力一定……固定」


ユウさんが呟くと同時に、ひどく乱れていた投影画像が「キィィィン」と澄んだ音を立て、壁面に現実と見紛うほどの鮮明な景色を映し出した。


「……すごい、ユウちゃん。分解もせずに、中の細かい魔導回路を直接繋ぎ直してしまったの?」


技術的な作業をサポートすることが多いカオリさんが、驚愕の声を上げる。

ユウさんは表情を変えず、ただ「……機械が、私に話しかけてくる」と短く答えた。


「さて……次は私の番ですわね」


私は店舗の中央に立ち、静かに魔力を練った。

足元から柔らかな黄金の光が溢れ出し、幾重にも重なる波紋となって店内の隅々まで広がっていく。

『調律師』の力。

それは秘書の私にとっては、「業務空間と人員配置の最適化」という、究極の事務管理能力だ。


カオリさんの作業手順にある微細な「不協和音」を読み取って思考を整理し、チサさんの接客動線にある無駄を「波紋」で打ち消していく。

バラバラだった店内の空気が、一つの精密な時計仕掛けのように噛み合い始めた。


「これがミサキさんの『調律』……。個々の力を引き出すだけでなく、組織全体のリズムを整える。素晴らしい、秘書としてこれ以上の能力はないでしょう」


社長が深く頷かれた、その時だった。


「わあ、なんだか頭がスッキリして、身体が軽い! ミサキさん、本当に魔法みたい――ああっ!」


興奮して駆け寄ろうとしたチサさんが、床の備品箱に足を引っかけ、派手に私の方へと突っ込んできた。

衝突を避けようと咄嗟に身を捻った瞬間、私の顔から愛用の眼鏡が弾け飛び、床を激しく転がった。


視界が、一気に白熱する。


――ふん。なるほど。世界とは、これほどまでに曖昧で、脆いものだったのですね。


視線を遮っていたフレームが消えただけで、これほどまでに余計な「ノイズ」が削ぎ落とされるとは。

さっきまでの、黄金色のさざ波。

あんな微温いもので「調和」などと、よくもまあ。


私は、自分の中から噴き出す魔力の奔流を、隠すことも抑えることもやめた。


「……跪きなさい。不完全なものは、この私が正してあげますわ」


私の口から出たのは、低く、冷徹な響きを帯びた声。

先ほどまでの温かな黄金の光は、一瞬にして消失した。

代わりに私を中心に、空間そのものを白濁させるほどの強烈な純白の閃光が爆発する。


調和など、まどろっこしい。

脆く、不確かなものはすべて、この私が根源から書き換え、浄化してしまえばいい。

この店に満ちる不協和音も、人々の迷いも、すべて真っさらな「無」に戻してから再構築して差し上げましょう。


「ミサキ、さん……?」


カオリが怯えたような声を上げたけれど、今の私にはどうでもいいことだ。

そこに立っているのは、誰の助けも借りず、ただ一人で世界を跪かせる「絶対的な聖女」――。


私の適性は、もはや『黄』なんていう穏やかな場所には留まっていない。

世界を、私の純白で塗り潰す。

それが、私。


――そこまで考えて、私は無理やり思考のブレーキを踏んだ。

視界の隅で光る、鈍い銀色のフレーム。私は這いずるようにして床の眼鏡を掴み取り、叩きつけるように顔に戻した。


刹那。

荒れ狂っていた白濁の嵐が、霧散するように消え去った。


「…………」


私は膝をついたまま、肩で激しく息を吐いた。

世界にピントが戻り、私の口調も、一人称も、いつもの「ミサキ」へと強制的に引き戻される。


「……失礼、いたしました。少々、魔力を込めすぎてしまったようですわ」


私は震える指で眼鏡を直し、努めて冷静に立ち上がった。

チサさんやカオリさんは、今の私の豹変と白い光に気圧され、言葉を失って立ち尽くしている。


「……ミサキさん」


静かな声が、私の名を呼んだ。

社長だ。

彼は驚く二人とは対照的に、眼鏡の奥の私の瞳を、射抜くような鋭い眼差しで見つめていた。


「先ほどの説明で、クラリスさんは言っていましたね。『特定の条件下で全く異なる適性が発現することもある』と」


社長は床に散らばった備品を拾い上げながら、淡々と、けれど確信を持って言葉を続けた。


「……眼鏡を外した瞬間の、あの圧倒的な魔力密度。そして冷徹なまでの威圧感。ミサキさん、あなたの本当の適性は……いえ、今の『調律師』というジョブは、その眼鏡という触媒によって、本来の力を変換・抑制している状態なのではありませんか?」


「社長、それは……」


否定しようとした言葉が、喉の奥で詰まる。

眼鏡を外した時の、あの傲慢なまでの全能感。

すべてを白く塗り潰そうとした衝動。


「……確信はありませんが、一つの仮説です。おそらくあなたの適性は、特定の条件下――つまり眼鏡を外した時、診断結果の『黄』から、より根源的な『白』、あるいはそれ以上の何かへと変貌する。……非常に興味深いですね」


社長はそう言うと、いつもの穏やかな微笑みに戻り、私の肩を優しく叩いた。


「ですが、今は今のあなたを信じましょう。どんな形であれ、あなたが私のために、その力を振るってくれることに変わりはないのですから」


「……はい。社長」


私は深く頭を下げた。

『調律師』としての私の顔と、あの「純白」の私。

この二つの顔を抱えたまま、私は社長の隣を歩き続ける。

その危うさを、社長だけが理解してくれたことに、私は恐怖と同時に、言いようのない安堵を覚えていた。


「さあ、出発の準備を。明日からはヴォルガでの工場建設です。お二人の新しい力、存分に振るってもらいますよ」


その言葉に、私たちは力強く頷いた。

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