悪役の誰にも言えない本音について。
◇
もしも人生を選べるなら、
悪役なんて、なるもんじゃない。
「……っ、るーな! ルーナせんせい! ライリー! ルーナはっ!? 助かるだろう!?」
「る、ルスエル様……! お、落ち着いてください!」
「おい! 何とか言ったらどうなんだ! あいつはまだ目を覚まさないんだろ!?」
「ソルフィナ様まで……!? お二人とも、今は就寝の時間では……!」
この声は……ルスエル? それからソルフィナ?
遠くからだけど、あまりに大声なものだから意識せずとも聞こえてくる。
「先ほど一通り治療を終えたところなんです。命に別状はありませんので、ご安心いただければ……!」
「だったら尚更、どうして目を覚ましていない!? 運び込まれてから、何時間も経ったっていうのに……っ」
「っ、そこを退け! 中に入って、本当に無事か確認させろ!」
「あっ、勝手に入っては……!」
激しく扉を開ける音が聞こえる。
「せんせいっ!」
「ルーナ!?」
二つの足音が慌ただしく駆け寄ってくる。
……ああ、うるさい。まだ寝ていたいというのに。
「っ、せ、先生……っ!」
「おい、聞こえるか!? 聞こえるだろ! なあ!」
「……ど、う、しよう。お、おれのせいだ……っ血が、怪我が、ひどかったから……っ」
「ルス! おまえのせいじゃないと言ってるだろ……っ! 何度言ったらわかるんだ!」
「で、でも……っ、うぅっ……先生が、目を覚まさなかったらどうしようっ」
「な、泣くなよ。おまえが泣いたら……っ」
掠れていく声。鼻をすする音。
何度も口酸っぱく言ってきたつもりだった。
あなたたちは特別な人間で、
自分たち以外の人間がいるこの空間で、そんな情けない姿など。
涙など、流すべきじゃないと言うことを。
全く、それなのに。
私の教えをちっともわかっちゃいない。
なんのための教育だったのか。そんなんじゃ、
安心して眠ってなんかいられないじゃないの。
「……そ、う、かんたんに」
「っぇ……?」
「……っ!」
「な、いたら、だめですよ、おふたりとも」
あ、やばい。声出したら、一気に傷が痛み出した。
うわ、これはもうちょっと眠ってた方が良かったかも……。
痛みに震えながら、瞼を開いた瞬間。
ふたりは抱き着くようにして、私のお腹の上に身体をのせた。
「っ!」
うぐっ、いだい! 痛すぎる!
叫び声を上げるのも苦痛なくらい痛い。
涙目になっていると、「うわあぁっ、るーなっ」と声を上げて泣き出すルスエルと「っいつまで寝てるつもりだったんだよ!」と怒りながら、私の服を掴んでいるソルフィナが視界の端に映った。
最悪だ。痛くてたまらないのに……。
これでは退けてほしい、なんて言えそうにない。
「すみ、ません……ご心配をおかけして」
「っ、うぅっ、せんせいっ、よかった、目を覚まして……っ」
「っ、まったくだ、あとでたくさん謝ってもらうからな!」
はは、と空笑いをしていると、奥の方からライリーが顔を覗かせた。その顔はみるみる驚きと喜びに満ち、一気に涙目になっていた。
「る、ルーナさん!?」
「あ、らいりーさ……」
「ああ、よかった……っ! すぐに魔塔主様をお呼びしてきますっ!」
慌ただしく出て行ってしまった。
視線を再び下に落とす。銀色と金色の髪がそれぞれ悲しげに揺れている。
どうしたものかな。
未だ泣き続ける彼らに迷いながら、近くで揺れる銀髪をそっと撫でてあげれば、ルスエルははっとしたように顔を上げた。
泣き腫らし、不安そうだけれど、顔色はいい。私が受け渡したあと、ソルフィナがきちんとルスエルをケアしてくれたんだろう。
「よかった、無事で……」
呟くように言うと、ぽろぽろとその目からさらに涙が落ちる。
「っ、こ、こっちの……っ」
「こっちのせりふだ! ばかやろう!」
びっくりして、頭に巻かれた包帯が緩まりそうだった。
目をぱちくりさせながら、怒鳴ったソルフィナを見る。ルスエルも驚いたのか、涙が引っ込んでいた。
「なぁにが! よかった、無事で、だよ! ふざけんなよ! おまえっ……おまえ!」
拳を握ったソルフィナが、ぼふっと私が横になっているベッドの端を叩いた。
「おれたちが、どんな思いだったか……っなんにも、しらないくせに!」
「……そ、ソル……」
「ああ、うざいうざいうざい! こんな気持ちにさせるくらいならっ!」
顔を上げたソルフィナが、ぐっと下唇を噛んで、そうしてその拳から力を抜いた。
「初めから、おれたちと出会わなきゃ、よかったのに……っ」
ぽろ、っとその紫色に光る目から、涙が落ちていく。
「最悪、さいあくだ。大っきらいだ、おまえなんか……」
「……」
〝おれたちに出会わなきゃ、よかったのに〟
図星、という言葉が槍で出来ているなら、心臓を一突きされた気分だった。
私は自分が助かりたくて、自分のためだけに、この子たちに近づいて、
そうして、今日まで過ごしてきた。
すべてが偽りだったかと聞かれれば、わからない。
でも、物事の全てを辿れば、やっぱり自分のためだったように思う。
だから、こうしてしっぺ返しがきたって不思議じゃない。
打算的に今まで行動してきた、私への報いだ。
「そう、ですね」
頷きながら、私は天井を見上げた。
時々、こうして横になっていることを不思議に思うことがある。
いや、それ以外にも。朝起きて、ご飯を食べて、仕事に向かって、この子たちと向き合って、笑い合っている瞬間すら、この日常を本物なのかどうかと疑ってしまう。
そんなことを考えたって、意味のないことだとわかっているのに。
だって私には前世の記憶はあれど、どう足掻いてもこの世界の住人であり。
こうして身を置いている今が、私の選んだ道なのだ。
だからこそ、申し訳なくて、仕方ない。
私の勝手に巻き込んで、こうして悲しませてしまっていることが。
「ソルフィナ様の言う通り、最初から出会わなければ……」
危険な目に遭うこともなく、成長する道があったかもしれないのに。
「よかったのかもしれな……」
「そんなこと……っ!」
ルスエルが立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「そんなこと、言うな!」
大きな声で言われてしまい、思わず口を噤んでしまう。
「ルーナのおかげでっ、毎日が、たのしくて、兄様たちと、こうして堂々と授業を受けることもできて……っ」
ばたばたと廊下の方から足音が聞こえる。「王太子殿下はこちらに!」と大人たちの声も合わせて聞こえた。
「おれは、本当はいつも、感謝してるんだ! だけど、おまえはいつも、俺たちに自身を大事しろと教えるくせに、自分のことは大切にしないから! だからっ、裏切られた気持ちになって、兄さまも、酷いことを言っているだけだ!」
勢いのまま、そう告げながら。私の腕を掴む手に力が籠もっていく。
「出会わなければよかったなんて、そんなこと……っ」
合わせて、声が掠れていく。目からも再び涙が落ちていく。
「そんなこと! 言うな……っ」
我慢しようとしているのに、容赦なく、涙が落ちて。
止められないことを、もどかしくも思っているのだろう。
「だっておれたちはルーナのことが……っ」
「ルスエル様」
はっとしたように、ルスエルが顔を上げる。
その言葉の続きを、言わせたくなかった。
〝それ〟を聞いてしまうのは、それこそ、裏切りにも近いと思ってしまったから。
「ありがとう、ございます」
微笑むようにしてお礼を言う。
ルスエルは鼻まで赤くして、やっぱり涙を流し続けていた。
「さすがにすこし、疲れてたので……」
どうして私は悪役なのだろう。
「元気がでました」
どうして私は、素直にこの子たちの気持ちを受け入れちゃいけないんだろう。
本当は、聞きたい。
〝それ〟のその先を。
私だって、わたしだって。
「ルスエル様、ソルフィナ様」
素直に、あなたたちが大切なんだって、伝えたいのに。
「私と出会ってくれて、ありがとうございます」




