12 そうして日々は続いていく
八月に入った。太陽はどんどん元気になっていくが、紬は相変わらず決まった顔ぶれしかいないし、特別変わり映えのない日常が続いている。
いつものように、ヨルはコーヒーを楽しんでいるし、それを真似して大人ぶっている七海ちゃんは微笑ましい。
平和な日常だ。
何か変化があると言えば、店内には程よく冷房が効いていて、二人の手元にあるコーヒーもホットからアイスに代わっているくらいだな。
窓の外には強い日差しが降り注いでいるが、軽く締めたレースカーテンのおかげでそこまで気にならない。
……あのカーテン、ずっと使ってるけど、そろそろ買い替えた方がいいのか? そもそもカーテンの買い替え時っていつなんだ。一応定期的に持ち帰って洗濯しているので衛生面は問題ないと思うんだが。
『──続いて、ニュースの時間です』
ふと、意識を逸らしかけたところでいつも流しっぱなしのラジオの音が耳に入ってきた。
定時放送に、もうそんな時間かなんて思う。相変わらず、顔の見えないラジオのキャスターは美空の街に現れるまだ見ぬ怪物の被害を伝えている。
被害を受けた建物のこと、奇跡的に人的被害が起きていないこと、引き続き怪物の正体について調査をしているらしいこと。それから最後に、怪物が現れた場合は速やかに安全な場所への避難を啓発して、ラジオ番組がCMに入った。
経路や避難場所はあるにはあるんだが、あんまり覚えていないんだよなぁ。怪物が出始めた辺りで確認はしたんだが、何分、影も形も見たことがなく。結局記憶の彼方へと過ぎ去ってしまった。
「怪物の被害、怖いですよね」
俺と同じようにラジオに耳を傾けていた七海ちゃんが、ぽつりと呟いた。
その表情は不安に曇っていて、多分この反応が普通なんだろうと思う。俺は知らないが頻繁に怪物は出没しているらしいので、慣れてしまったという住人もいるかもしれないが、七海ちゃんみたいに不安に思うのがきっと普通なんだよな。
「そう、だね。あまりお店の方には現れないからつい遠くのことみたいに感じちゃうけど、同じ街の出来事なんだよね」
正直まだ世界を巻き込んで、俺を担ごうとしているんじゃないかと考えることもある。もちろん、そんな陰謀論めいたことを口にするつもりはないが。
それぐらい、怪物と縁がないんだ。いや。怪物に遭遇しないのは良いことだし、安全に暮らせているのは有り難いことではあるんだが。
「他人事みたいに話すのね」
ヨルが俺をじっと見つめながら言った。
だって仕方がないだろ? 実際、他人事なんだから。同じ街で起こっている出来事なのに、俺だけが蚊帳の外なんだよ。危険もあるみたいだし、そのまま蚊帳の外でいられることを願ってはいるけどさ。
商店街の方は何度か怪物被害を受けているらしいが、紬のあるスーパーマーケットの辺りには怪物は出ていない。
怪物の出現に法則性はあるのかはわからないが、俺の生活圏内には怪物が直接現れたことはないんだ。
知らぬ間に被害を受けたのか建物に工事用の囲いがされているのは見たことがあるが、俺と怪物の関わり合いは本当にその程度。
「幸い、怪物に遭遇したことがないからなぁ」
「アンタが出不精なだけでしょ」
「悪かったな、引きこもりで」
困ったように頬を掻けば、ヨルがバッサリ切り捨てて笑う。
相変わらず強めの物言いで。雑に構われているなぁと思うところもあるが、こちらも遠慮なく返させてもらっているのでお互い様だろう。それにいい加減こういうやり取りにも慣れてきた。
「まぁなんだ。この辺りは全然怪物の被害がないみたいだし、もし不安ならいつでも紬においで」
「あら優しい」
「茶化すなよ、一応ちゃんと心配してるんだから」
軽い調子のヨルを放置して七海ちゃんに笑いかける。大したおもてなしができるわけではないが、いつものようにコーヒーを入れるくらいはできる。
隣がスーパーマーケットなので食糧の確保も容易い。数日立てこもるくらいならできるんじゃないか?
「その時はお願いしますね」
「うん、任されました」
ふっと笑った七海ちゃんにつられて口角が持ち上がる。うん、やっぱり不安な顔より笑ってる方がずっといいよな。
年上の友人として、こういうところでフォローしていってあげないと。実際にはそれほど大したことができないので、俺の言葉で不安を紛らわせてもらえたなら何よりだ。
「よかったじゃなーい」
「う、うるさいですよ! ヨルさん」
「照れちゃってまぁ」
「子ども扱いしないでください!」
すっかりいつもの明るい七海ちゃんに戻ったのをいいことに、ヨルが目の色を変えてからかう。やめなさいよ。そうやってすぐ七海ちゃんを撫でまわして遊ぶの。
まぁ、ヨルとしても年下の友人が可愛くて仕方がないんだろうが、もうちょっと関わり方をだな。
特にこれと言って変わり映えのない日常。
少し騒がしいが、平和なのはいいことだな。
今年はほとんど声を聞かないセミの代わりに、にぎやかに過ごす常連二人を見てため息を一つ。全く元気なことだ。
楽しげな声に誘われたのか、夏の熱気に触発されたのか。アイスコーヒーに入れた氷がグラスの中で、からりと涼しげな声を上げた。
認識していないものは、無いのと一緒理論




