01 コーヒーと甘夏
くるくるとハンドルを回す。
ざり、ざり、と小さな音がして固かったコーヒー豆は少しずつ砕かれる。その度に香りはより濃く、甘みを帯びて空気を満たした。
外は快晴。春らしい爽やかな空が広がっており、窓の外を行く人たちもどこか晴れやかな表情をしている。
年度初めの慌ただしさもようやく落ち着きを取り戻し始めた四月の終わり。特に忙しさとも無縁なことにありがたみを感じながら、俺、沢井静一は一人自分の店で息を吐いた。
ここは喫茶「紬」。
俺が祖父から継いだ小さな喫茶店だ。スーパーマーケットの駐車場の一角にポツンとあり、店に来るのは買い物帰りに休憩しに来る顔馴染みの老人たちと、奇特な常連のみ。
何なら店に一人でいることの方が多い程度には閑古鳥の鳴いた店だが、ある意味自由で気に入っている。
挽きたての粉の香りに少しだけ口角が上がった。
ドリッパーの中で小さな丘を作る。そこへゆっくりとお湯を注いでいく。ふわりと粉は膨らみ、湯気が立ちのぼった。
店内の空気にコーヒーの香りが溶け込み穏やかな気持ちになる。琥珀色の液体が静かにサーバーへと滴り落ちていく時間が好きだ。
今日はどのカップを使おうか。くるりとカウンター後ろの食器棚を振り返る。祖父が趣味で集めたカップに視線をさ迷わせる。静かで、穏やかで、のんびりとした午後の一時。
「来たわよ! セーイチ!」
「ちょっと! 少しくらい静かに入れないんですか!? あ、こんにちは静一さん」
まぁ、そんな時間長くは続かないんだが。
ガンガラとドアベルの付いた扉を遠慮なく開け放ち、どういうわけか、うちの店を気に入ったらしい奇特な常連二人が転がり込むように入ってくる。
「全く……。ほら、ちょうど挽いたところだから座りなよ」
奇特な常連、改めヨルと七海ちゃんを招き入れる。
いつものことながら妙な組み合わせだなぁ。職業不詳の自由人と女子高生。二人は別に血縁関係などではなく、うちの店で知り合っただけの他人なのに、こうしてよく二人で言い合いながらコーヒーを飲んで過ごす。
別に客なんてほとんど来ないので、うちでどう過ごしてくれても構わないんだが。
食器棚のカップとソーサーを三セット取り出し、ミルクピッチャーを用意する。サーバーからゆっくりとカップにコーヒーを注いでいけばさらに香りが広がった。
「はい。お待たせ」
「わぁ、いい香り。ありがとうございます」
カウンター席に座った二人にコーヒーをさせ出せば、お礼を言う七海ちゃんを尻目にサッとヨルがミルクピッチャーに指を絡ませ七海ちゃんの分にミルクを落とす。
あーあー、また勝手に入れて。七海ちゃん怒るぞ。
「なんでいつも勝手にミルク入れるんですか!?」
「おこちゃまはミルクを入れるくらいがちょうどいいでしょう?」
「子ども扱いしないでください!」
「じゃあ飲まないの?」
「飲みますけど!?」
じっとりとヨルを睨みながら声を上げる七海ちゃんに苦笑いする。
二人の関係は大体いつもこんな感じだ。落ち着いて大人びた雰囲気もあるのに七海ちゃんはヨルにちょっかいを出されてすぐに怒るし、ヨルも見た目だけはちゃんとした大人なのに、すぐに七海ちゃんに意地悪をしてからかおうとする。
その割には二人ともお互いがいない時に店に来ると、ちょっと残念そうな顔をするのだからよくわからない関係だ。
下手に口を出さない方がいいんだよな?
「えーと、取り換える?」
「い、いえ! 大丈夫です! 静一さんのお手を煩わせるわけには」
畏まった言い回しをするなぁ。七海ちゃんは結構序列などを気にするタイプらしい。
相手は高々二代目喫茶店の店長と、自分に意地悪してくる相手だからあんまり気にしないでいいのに。ヨルだって敬語使わなくたって気にしないでしょ。
別にヨルだって七海ちゃんのことが嫌いで意地悪しているわけではないみたいだし。
話をしている俺たちの横で一人、コーヒーを楽しんでいるヨルを盗み見る。
その優しそうな顔を、七海ちゃんに向けてあげようとは思わないんだろうか。
いや、ある意味優しいのか? ヨルが七海ちゃんのコーヒーにミルクを入れる様になったのは、俺がブラックコーヒーはカフェインが強いので未成年が飲むなら薄めた方がいいって話をして以来だし。
意地悪しているようにしか見えないが、一応気にかけてはいるんだよな?
「ふーん? そこで遠慮しちゃうんだぁ?」
「なんですか。何か問題でも?」
「いいえ~?」
「どうしてそうからかうような言い方ばかりするんだか。七海ちゃんも威嚇しないの」
やっぱりただの意地悪かもしれない。
カラカラと楽しそうに笑うヨルを放っておいて、一先ず七海ちゃんを宥める。
よく店に休憩しに来る保志さんに貰った甘夏を持ってくるので、機嫌を直してくれないか? 田舎から送られて来たらしくて、分けてくれたんだよ。
「いいんですか?」
「美味しいの? なら食べてあげなくもないけど?」
二人とも結構ちゃっかりしてるよね。甘夏の話をした途端表情を明るくしちゃって。まぁ一人だと面倒がって中々食べないし、食べてもらえると助かるんだけどさ。
仕方なしとばかりに立ち上がる。キッチンに引っ込めば背中にヨルの「早く早く」と急かす声が聞こえた。はいはい、わかりましたよ。
ふっと息を吐き、冷蔵庫の甘夏を取り出す。
……本来はもっと落ち着いていて静かな店のはずなんだがなぁ。いや、別に嫌とかそういうのではないが。騒がしくも穏やかな日常って、こういうのを言うんだろうなぁ。
手のひらに乗った果実からは甘酸っぱくもほろ苦い、爽やかな香りがした。
読んでいただきありがとうございます!
二部始まりました!
一部はピンクことさくらの話でしたが、二部はブルー、七海の話になっています。
桜と孝樹が交友を深めていた裏で七海も喫茶店の店主と仲良くなってました、みたいな話です。
一部で書けなかった辺りを保管していければなぁと思っています。
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