34 休息日
吹き込む木枯らしに思わず肩をすくめる。さっむ。
ガサガサと買い込んだビニール袋を腕に引っ掛け、思わずダウンジャケットのポケットに手を入れる。
年も明けて、ため込んでいた食料もあとわずかになったのでスーパーの初売りに来たのだが、まぁ寒いのなんの。さっさと車に戻ろ。
それにしても、年末年始は久しぶりにゆっくり過ごせた。食っちゃ寝していたともいうが。
気ままに食べて寝て、時々開け放った窓枠にもたれてタバコを吸って。何ともまぁ暇な大学生みたいな生活を数日過ごしてわかったのだが、多分俺に足りてなかったのは飯と睡眠の時間だわ。
仕事もなく早々に寝て、のんびり飯を食う時間を作ったらなんかもう色々どうにでもなる気がしてきた。いや、やったことの清算は後々なんとかせねばならないが。
やっぱ忙しいのがダメなんだよ。外回りの時は昼飯抜くことも多かったし、なんとなくいつも遅くまで眠れずぼんやりしている夜が度々あった。
それが数日、飯をしっかり食って寝たらすっかり快調ですよ。
休息ってやっぱ大事なんだなぁ。あ、帰りにガソリン入れて帰ろ。
「孝樹さん!」
車に鍵を差し込んでいると背後から聞き慣れた声がかけられる。あら偶然。
振り返ればいつものように自分を見付けては笑顔で寄って来るさくらちゃんがいて。
「お買い物?」
「えへへ、お使いです」
ここしばらく悩んでいたものが解決したのか、はたまた吹っ切れたのかはわからないが、表情が明るくてひとまず安心する。
若い子が笑ってるとそれだけで世間が明るくなる。
年末、二人で出かけたあの日は、合流後移動して、特に何をするでもなく喫茶店に入ってのんびり二人で話をして解散した。
はっきり言って特に何もしていないし、いつもより少し話す時間が長かっただけにもかかわらず、さくらちゃんは終始にこにこしていた。まぁ避難で疲れていただろうと、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入ったのだが、あれでよかったのか?
「ね、ね? お仕事っていつからですか?」
「ん? 八日だな」
「それまでのご予定って埋まってたり? もう一回くらい一緒にお出かけしたいなぁなんて」
えへ? なんて小首をかしげて笑うお嬢さんに小さく息を吐く。
さては味を占めたな?
「残りの日は年末やり損ねた家の片付けで埋まってますね」
「じゃあじゃあ! お手伝いに行きます!」
「ダメでーす」
「ちぇー」
なんでそう、誤解されかねない言い回しになるのかねぇ。とにかく、もうちょっと有意義な冬休みの予定を立てなさいよ。
ちょっと拗ねたように唇を尖らせるさくらちゃんを宥めつつ、買ったばかりのビニール袋の中に手を入れる。
「はい。お年玉代わり」
「わーい」
ころころと表情の変わるお嬢さんの手のひらに、買い物袋から取り出したチョコレートを落とす。
……懐かれている、と言い切っていいんだよな。少なくとも憎からず思われている。多分きっと、幼心によくある一時の迷いのようなものだ。けれどその幼さに付け込んで隣にいる俺は……。
さくらちゃんは子供であり、言ってしまえば卑怯な俺の被害者だ。自分の感情に振り回されて中途半端な行動をとる俺の。
良くないとわかっている。かといって離れることができない自分の未熟さに嫌気が差す。
その状況で何が大人としてだ。俺が一番罪深いだろ。一回捕まるか腹切って詫びた方がいいな。
しっかり飯を食って寝たら正常な判断ができるようになってきた。このチョコは詫びの手付けとさせてください。気負わない程度の分割で何かしらの誠意を見せるので。
「ずるいなぁ」
半分意識を飛ばしているところに、さくらちゃんが呟いた。
「うん?」
「私、大人になりたいけど、まだ大人になれそうもないんです。でも、できる限りのことはやってみるから。見ててくださいね?」
「え? あ、はい」
真剣な表情と脈絡のない言葉に気圧されて頷けば、今日一番の笑顔を向けられる。
何か、うっかり約束してしまった気がするんだが? これは本気で色々覚悟した方がいいやつか? 上着を頭にかけて両腕差し出す準備をしておいた方がいい?
さくらちゃんをそういう目で見たことはないが、情けないエゴのはけ口にはしかけたんだし、それ相応の責任と報いは受けた方がいいよな。
何かしらに向き合おうとしている姿をみて応援したい気持ちと罪悪感の入り混じった不思議な感覚がする。
そんなこと考えていると、さくらちゃんの鞄から、光のような何かが漏れ出ていた。
え? なにごと?
「それって」
「え、あ! ああああ! スマホ! スマホです! 電話かかってるみたいなんで! また!」
「ちょっ、さくらちゃん!?」
なん、だったんだ?
突然慌てて駐車場から駆け出す。思わず伸ばしかけて中途半端になった手を宙に彷徨った。勢いよく走り出したさくらちゃんが、くるりと振り返る。
「またね! 孝樹さん!」
手を大きくこちらに振る。
それだけで、どうしようもなく、口角が持ち上がる。
「ちゃんと前向かないとコケるぞ!」
普段出さないような大声を上げて、中途半端になっていた手を振り返す。
あぁあぁ、よそ見しちゃって、転んで怪我をしても知らないぞ。いつも危ないことはするなって言ってるのに。
背を向けてスーパーの駐車場の角に消えて行ったさくらちゃんを見送る。さて、俺も帰るか。鍵を回して車の中に乗り込む。ずっと腕にぶら下げていた買い物袋を助手席に転がした。
……そういえばあの子、買い物よかったのか?




