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託宣の巫女  作者: 猶崎 迅
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騒動の顛末 ~エピローグ

新しい春が来た。


私は生まれた町を出て、領都の隣の港町で働くことになった。昨年、特別注文で仕立てたタペストリーの刺繍が大店の目に留まり、うちの刺繍工房の針子にならないかと声をかけられたのだ。

最初、両親は私が遠くに離れることを望まなかったが、刺繍見本を持った工房長さんがやってきて、私と同じ程度のレベルの針子が稼ぐ額を教えてくれた途端、奉公に出ることに賛成した。ふっくらと優しそうな女性が工房長さんで、良く働く娘は良い嫁ぎ先にもらわれて行っている、と笑顔で言い出したからなおさらだ。


「託宣の巫女さま、ありがとうございます」

「なーに、ついでだからね。ジョゼを独りでやらなくて済むし、ちょうどいい」


私達は巫女さまのお使いで領都に行くという馬車に、同乗させてもらうことになっている。娘がどんなところで働くのかこの目で確かめたい、と聞かない両親も一緒だ。領都までは馬車で3・4日、そこから港町までは日帰りできる距離だそうだ。


「それだけではなく。何もかも、です」


初めて太陽の下でみた巫女さまは、これも初めて見る笑顔でふんわりと笑って、言祝いでくれた。


「お前のこれからの行く末に、幸があるように。ネル」


******


「託宣を求めに来たということは、私の手紙を読んでないのかな?」

「手紙、ですか?」

「この町では刺繍の腕はお前が一番だと聴いたので、依頼状を出したのだ、よ?」


そういった後、何かを思い出すようにちょっとだけ首をひねって、卓の中を探った。


「…と思っていたんだが、まだ手元にあった。すまない」


そういってソロソロと上目遣いに手紙を差し出されたので、私は思わず笑ってしまった。緊張のほぐれた私の用事を先に訊こうと言って下さったので、私はハナを見つけたいという話をした。時々、質問を挟みながら水晶をのぞいていた巫女さまだったが、やがて首を振りながら言った。


「残念ながら、その件について今は力になれることはなさそうだ」

「…そう、で、すか」


言われて当然の台詞なのに、最後に縋り付いていた望みが断たれたことで、私の目からは涙がこぼれ落ちた。巫女さまは痛ましそうな顔をしてハンカチを貸してくれた。


「だが、それでも力を尽くしたいというのなら、わたしの依頼を受けてみないか?

 わたしが頼もうとしていたのは守りのタペストリーなんだ。

 お前が刺してくれるなら、道を拓く者への守りの図案にしようと思う」


そういってさっと紙を取り出し、大まかな絵を描いてくれた。四隅に四季を表す花を、合間をつる草で額縁のように埋め、真ん中には太陽と月を背景に剣をささげ持つ騎士を描いた絵だ。少なくとも口頭の説明ではそうだった。


「この図案は行く末を照らす光と、困難を乗り越える力を与えると言われている。

 叶えたい願いを思い浮かべながら刺すといい」


そういわれて心を込めて作ったタペストリーは、我ながら素晴らしい出来だった。願いが叶うことはなかったけれど、こうして新しい生活への道を拓いてくれた。前を向くことができるようになった。

だから、私は巫女さまにとても感謝している。


******


新しい生活は毎日が目まぐるしくて、瞬く間に過ぎていく。荒々しさと賑々しさを備えた港町は、驚くほどしっくり私になじんでしまった。1年もたっていないのに、生まれた時からこの町で過ごしているような気がしているうち、いつの間にか夏が過ぎて、秋が来て、今は年を越そうとしている。ハナがいなくなってから、3年が過ぎていた。


「ネルは里帰りはしないんだね」


人が少なくなった寮で、工房長が手ずからお茶を入れてくれながら言った。私は手にしていた刺繡枠から目を上げて、お礼を言ってお茶を受け取る。人が少ないこの時期は、寮に残っている人たちの殆どが食堂に集まっている。


「はい。両親は秋に顔を見に来てくれましたし、指名のご依頼が残ってますから」


そう、私にも指名のお客様が来るようになったのだ。装飾的に植物を配した図柄を得意とする私に、初めて礼典用のベストの刺繍を丸ごと任せてもらえた。力も入るというものだ。


「仕事熱心なのはいいけど、根を詰めすぎよ。領都の年越し祭りにでも行ってらっしゃい。

 流行を知っておくのも仕事のうちなんだから」


うふふ、と笑い含みに工場長が言う。そうよそうよ、と寮に残った皆が乗ってくる。その殆どが帰るところがない娘たちだ。お茶を飲みながら戯れているうちに、翌日は皆でお祭りに行くことになってしまった。

朝からワイワイと皆で領都に繰り出した。広間で演じられる曲芸を眺めながら、たくさん並んだ屋台を皆で巡る。生まれ故郷の祭りとは比較にならない賑やかさだ。ただし一緒に巡っているのは皆、刺繍工房の針子だ。


「みて、あの人の服!ちょっと刺繍糸が合ってなくない?」

「あの屋台のタペストリー、すごい!もっと近くで見て大丈夫かな」


美味しいものもいいけれど、どうしても周囲の刺繍が気になってしまう。私もだ。


「ねぇ、帰る前にちょっとブティックによって見ない?」

「いいね!私達でも買えるくらいで、でもちょっと良いくらいのとこ!」

「そうだね!工房長も勉強して来なさいって、言ってたし」


全員が大賛成で、ブティック巡りが始まった。お祭りの日でなくてもいいのでは?と思わないでもないが、皆であーでもないこーでもないと言い交わしながら、服を選ぶのはとても楽しかった。特に素敵なデザインだ、と思って飛び込んだのは何件目のお店だったろうか。


「いらっしゃいま、せ…?」


聴きなれた声が、だんだん小さくなっていったのは。ずっと会いたかった顔が、驚きに固まっていたのは。多分、私の顔も。

時系列をちょっとだけ。


4年前10月中頃:秋の例祭、修羅場の開始

4年前12月末頃:妹ニナの妊娠

3年前2月末頃:ニナとケン、相談所へ赴く

3年前3月初旬:ニナとケン結婚

3年前6月中頃:ニナ、姉ハナへの付きまとい開始

3年前9月後半:ニナの出産

3年前11月末頃:ハナ、相談所へ赴く

3年前12月末頃:ハナ、失踪

2年前1月初旬:ハナの葬式

2年前1月下旬:ハナとニナの両親離婚

2年前11月中頃:ネル、相談所へ赴く

2年前12月初旬:ニナとケン、再び相談所へ赴く

1年前8月中旬:ネル、タペストリー納品

1年前10月中頃:秋の例祭でタペストリーが大店の目に留まる

 本年3月中頃:ネル、刺繍工房のある港町へ

 本年12月末頃:今ココ


短い作品の割に、作中の時間は流れてます。

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