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フォスサイド

 騎士棟にある演習場で、今日も騎士(部下)達が互いに手合わせをする音が鳴り響いている。

 鋼ではなく、木製の剣がぶつかり合う音。今のところ手を抜いているようなモノはいないようだ。

 訓練だからと言っていい加減なことをさせていると、いざ他国が攻めて来た時にろくに動けない、なんてことになりかねない。国を守るため、それは避けなければならないことだ。



 俺はこの騎士棟に配属されている騎士達の長であり、騎士団全体の長でもある。騎士棟はここ以外にも、何棟だったか……20? 棟ほどあり、団員は2000を超えていたと思う。

 そんな役職についているせいなのか、俺はよく女性から好意を向けられる。

 邪険に扱うわけにもいかず、適当に相手をしていたら寄ってくるものが増えたような気がする。いい迷惑というものだ。俺は魔族の女性には興味はないというのに。


 もうあれから1週間以上経つのか。





 ある非番の日、俺は国、どちらかというと街か。街の外へ散歩に出た。街の中を散歩しようものなら、女性達がすかさず声をかけてくる。俺はそれに嫌気がさしていた。

 街外れにある森の近くを通りかかったとき、森の中から声が聞こえたような気がした。そう遠くはないだろう。


「おねぇちゃーん!」


 必死に姉を探しているような若気な女性の声。こんなところで姉を探している事から考えられる状況はそう多くはない。

 

 ふむ、姉とはぐれたようだな。迷子か。


 この魔族の国(くに)にはろくでもない輩が大勢いる。子供など格好の餌食だ。


 放っておくのはまずいな。


 俺は森の中へ足を進めた。

 

 気配がする方へ進んでいくと、うずくまっている女性、いや少女というべきか、がそこにいた。

 何かにおびえるようにその体は小刻みに震えていた。俺がたてる音で、魔物が近づいてきたとでも思ったのかもしれない。


「んー? おやおや、こんな森の中で何やら気配がすると思えば……」


 驚かせないように、できる限り優しい声を作った。

 声をかけると少女は顔を上げた。その顔は俺の顔を見て目を見開いた。俺も内心驚いた。

 そこにいたのは人間の少女。魔力をほとんど持たず、どう見ても魔族には見えない。

 見目は可愛らしく、俺好み。そして、俺を見て震える姿は庇護欲をくすぐってくる。

 まさに、俺が求めていた相手だった。

 そして俺は思った。


 そうだ。この少女を妻に迎えよう。


 俺はかねてからの望みのためにナツキを妻にすることに決めた。理由はたったそれだけ。そこに恋心などなかった。

 そもそも恋心とはいったいどのようなものなのだろうか。





「フォス騎士長ぉ! 騎士長ってばぁ! 訓練終わったっスよ!」


 その声で現実に引き戻された。


「騎士長。何ぼーっとしてんスか? 大丈夫っスか?」


 話しかけてきていたのはラウルだった。

 俺が訓練中に心ここにあらずといった状態になる事が無いため、ナツキとの出会いをしみじみと思い出す俺の姿を見て、体調が悪いのではないかと勘違いしたといったところだろう。


「いやな、ナツキと会った時のことをふと思い出してな」

「ああ、さらった時のことっスね」

「お前なぁ。さらったなどとヒト聞きの悪い言い方をするんじゃない」

「事実っスよ」


 ラウルは悪びれる様子もなく、頭の後ろで手を組みながら言った。

 注意したところで直らないし、こちらももうこれには慣れてしまった。

 ラウルは騎士棟の傍の段差に座っている、ナツキとミリアの方へ視線を向けた。


「騎士長はなんで毎日ナツキちゃんをここへ連れてくるんすか?」

「なんでって、1人で留守番させるわけにはいかんだろ。家の中とは言え、留守番させるにもこの国は人間にとって危険な国だ。いつさらわれるかわかったもんじゃない。お前だって恋人を他の奴に奪われるのは嫌だろう?」

「そりゃ嫌っスけど……騎士長は俺らが思ってる以上にナツキちゃんのこと溺愛してんスね」

「溺愛?」


 自分とは縁遠い言葉を言われ、思わず聞き返してしまった。


 俺としては、所有物を盗まれるのが気に食わない、というような感覚で言ったつもりなのだが……


 いったいどの辺りが溺愛していると言うのか、自分では理解できない。


「そう見えるか?」

「違うんスか? なら、うーんと、人間の奴隷を連れてる貴族が、自分の奴隷をさらわれて怒るのって、人間の奴隷を持ってるってステータスがなくなることに対して怒ってるだけっスよね?」


 当たり前な事過ぎて、一瞬ラウルがどこかで頭を打ったのではないかと疑いたくなった。

 だが、頭の弱いラウルが頭を絞りながら伝えようとしているのだ。話しの腰を折るのは悪い。


「……そうだな」

「っスよね。でも、だからと言ってさらわれないようにわざわざ対策するのは、よっぽどその奴隷を傍に置く価値があるとか、気に入ってる場合だけじゃないっスか。さらわれてもまた買えばいいだけの話っスから」

「俺もそれくらいのつもりだったと思うのだが、そうは見えないのか?」


 俺の発言にラウルは目を見開いて大きく首を振った。そこまで否定しなくてもよいだろうというほどだ。


「いやいやいや! 騎士長の執着は異常っすよ! 俺、お気に入りの人間がいるお貴族様知ってますけど、騎士長みたいに四六時中べったりした距離間はしてなかったっス! 間違いないっス!」


 ラウルの全力の説教に、少々自分の気持ちというものがわからなくなってきてしまった。これでは「違う」ときっぱり否定することができない。


「いや、そんなはずは……なにせ、俺には恋愛云々が未だにわからんのだ……溺愛などしているはずなど……」

「うわぁ……迷子のナツキちゃんを無理やり奥さんにしといて、本気でそれ言ってるんならサイテーっスよ」


 最後のその一言に、心の臓がズキリと痛んだ。

 このような鈍く不快な痛みなどこれまでに感じたことはなかった。


「サイテー……か」


 たしかにそうなのかもしれない。

 俺がサイテーだから、ナツキは俺のことを嫌い、気を許してはくれないのだろう。ならば、これから先も、ナツキが俺を夫だと認めてくれる日は来ないのかもしれない。

 俺は自分を卑下するように、皮肉交じりに笑みを浮かべた。

 この話を終えようと思い、ラウルの顔を見ると何か言いたげな顔をしていることに気が付いた。


「どうかしたのか?」

「……騎士長。騎士長にいくつか質問するっス」

「ん? なんだ? 言ってみろ」


 許しを得たラウルは「コホン」とわざとらしく咳をし、まじめな顔をした。

 そんな顔をして、俺からいったい何を聞き出そうというのか。

 ラウルの真剣な表情に応え、俺もまじめに聞いてやることにした。

 互いに真剣に相手の目を見る。するとラウルの口が動いた。


「騎士長、例えば騎士長が遠出しないといけなくなったとするっス。それで俺やミリアさんが、騎士長が留守の間、ナツキちゃんを預かるって言ったら、騎士長はナツキちゃんを俺達に平気な顔して預けて出かけられるっスか?」


 いったい何を探ろうとしているのかわからない質問だ。

 何か俺に考えさせようとしているのかもしれないが、そんな質問の答えなど深く考える必要もない。簡単な質問だ。


「預けるわけないだろう。連れて行くに決まっている」

「それって、ナツキちゃんと離れるのが嫌だからって事っスか?」

「そりゃ、当たり前だろ」


 ラウルは口をあけて驚いたような顔をしていた。

 いったいどこに、そんなに驚くようなことがあったというのだろうか。俺はナツキを気に入っているのだ。当たり前の事だというのに。

 ラウルは驚きの表情から戻ると、今度は困り果てた顔をした。


「……じゃあ、もしナツキちゃん以外の人間、それも見た目が騎士長の好みの人間の女の子が結婚したいって言って来たら、騎士長はどうするっスか? その時ナツキちゃんがまだ人間の国に帰るって言ってたら? 騎士長はナツキちゃんを帰して、騎士長に求婚するその子を妻にするんスか?」

「するわけないだろ!」


 考えたくもない質問に、思わず声を張り上げてしまった。

 俺の大声に周りの視線を集めてしまったが、ラウルは気にする様子はない。

 周りも一瞬驚いていたようだが、ラウルが散るように言うと皆思い思いの行動へと戻っていった。


「まあまあ落ち着いて。けど、どうしてっスか? その子との方が騎士長の理想の家族をすぐに作れるんスよ?」

「俺の妻はナツキだけだ。それ以外の女性など考えられるわけないだろう」


 ラウルは突然ガクッと項垂れた。


「騎士長……ナツキちゃんに対する恋愛感情、ちゃんとあるじゃないっスか」

「? いったい何を聞いてそうなるんだ?」

「ずっと一緒がよくて、他の女の子じゃナツキちゃんの代わりにならないっていうのはそういうことっスよ。少なくとも俺は彼女に対してそんな感じのことを思ってるっス。あとは、一緒にいると安心するとか、彼女に触れたい、とか。騎士長はそんなことないっスか?」


 呆れたようなラウルに、諭すように言われてしまった。

 ラウルに、というのは頭が痛いが、思い当たる節がある。


 ということはナツキに対してだけ思うその他の感情もそういうことなのか?


 自分では判断がつかない。

 恥を忍んでラウルに聞いてみることにした。


「ならば、共に風呂に入ってみたいとか、寝るときは俺の腕の中で眠らせたいというのもそうなのか?」

「それは……ドン引き発言っスけど、まぁ、そうっスね。他の女の子に対してはそんな事思わないならそういうことっス」

「そうなのか……」


 いまひとつピンとはこないが、そういうことなのか……


 そのように思うようになったのはいつからだろうか。

 初めて会った瞬間はただ容姿が好みだっただけのように思う。

 その他の事を思い返しても、ナツキは怒ったり泣いたりと不機嫌なことが多く、これといって惚れるような要素はなかった。

 だが最近は、ナツキが不機嫌になると胸が痛む。それに俺の姿を見て頬を赤らめる姿を見ると幸福に思うし、俺のことを知ろうとしてくれることも嬉しく思う。


 そうか。気づいていなかったが、俺はいつの間にかナツキに恋心を抱いていたのか。


 そう思いながらナツキの方を見ると、そっぽを向かれてしまった。


 これは……


 どうやら俺はこの年になって、前途多難な初恋をしてしまったらしい。

 真に望む未来を手にするためには、これまで以上に好かれる努力をしなければならないようだ。

 お読みいただきありがとうございます。

 今回はフォス視点で書いてみました。このヒトいっつも飄々としてるので、どんなこと考えてたんだろうと思い、なんとなくで書きました。結果、ただ自分の感情に鈍いヒトにいきつきました。

 でわ、また次回!

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