彼にとって
フォスさんが立ち去った後も、私は再び騎士さんたちが訓練する姿をぼんやりと眺めながら、彼らがその訓練を終えるのを待った。
やっぱ、どのヒトも剣を振るう姿にキレがあってかっこいいんだよなぁ。
そう思いながら見ていると、ある1組の打ち合いに目がいってしまった。フォスさんがとミリアの組だ。
フォスさんは騎士長という役職を貰っているだけあって、一際キレがあるように見える。剣を振る時の力強さだけではなく、全体の動きの滑らかさも不本意ながらも目を奪われる要因だろう。
そんな時間が1時間ほど続いた。
眺めるだけの状況に飽き始めていると、フォスさんの声が響いた。
「今日はこれまで、解散!」
気がつくと、もともと薄暗い魔族の国の空が闇に飲まれ始める時刻になっていた。
仕事を終えたフォスさんが私の方へ近づいてきて、手を差し出してきた。立つのを手伝おうとでもしているのだろう。
「待たせたな。では、帰ろうか」
「……わかりました……」
差し出された手を無視し、私はスッと立ち上がった。
ちらっと横目でフォスさんの事を見た。手を無視したことについて特に何も感じている様子はなかった。
そのまま私はフォスさんの横に並んで帰路についた。とくに会話をするわけでもなく、ただ2人並んで帰っている。
すれ違うヒト達が私を見る目は、「何故こんな人間の娘が騎士長の隣を歩いているんだ」というような蔑む目や、恨めしそうな目ばかりだった。
気にしても仕方のないことだけど、気にしないようにするなんてスキルはあいにく持ち合わせていない。なので、そんな視線は私の心を否応なしに痛めつけてきた。
突然フォスさんが無言で私の手を握ってきた。
慌てて振りほどこうとしたけれど、がっしりと掴まれていてそれはかなわなかった。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろう」
「好きでもないヒトに手を握られたんですよ。普通の反応だと思いますけど」
私のトゲのある言い方にフォスさんは一瞬驚いた表情をした。
ここまで言われると思っていなかったのだろう。困った顔をして、握っていた私の手を放してくれた。
「なかなか辛辣なご意見だな。……そうか……手も握らせてはもらえないのか」
フォスさんは私を離した手をじっと見つめ、寂しそうな目をして笑っていた。
なんでそんな顔するのよ。私がひどいこと言ったみたいじゃない……ひどいことされてるのはこっちなのに……
そんな顔をされてはこちらの良心が傷つく。
私は仕方なく不満げに手を差し出した。
「わかりました。繋いでもいいです。けど今後はいきなり手を掴むのは止めてください」
先ほど乱雑に扱われたので私が手を差し出してくるとは思っていなかったのだろう。フォスさんは驚いた顔をしていた。
困ったような、嬉しそうな、どちらとも取れない顔で「ありがとう」と言い、手を握ってきた。
そんな表情をされると、こっちはどんな反応を返していいかわからない。
私の中では何とも言えない気まずさが生まれていた。フォスさんもそれを察してくれていたのかもしれない。
私たちは何の話をすることもなく、ただ手を繋いでフォスさんの家へ向かって歩いた。
帰り着くとフォスさんはすぐに制服から着替え、夕飯の準備に取り掛かった。
今日こそは何か手伝わせてもらわなきゃ!
私は何かを切っているフォスさんの横に立って、彼の顔を見た。
「ねぇ、何か手伝わせて。頼りっぱなしは嫌なんですけど」
「俺が好きでやっているんだ。気にせずゆるりとしていてくれ」
「けど……」
「大丈夫さ。そう凝ったものを作るわけではないんだ。それに慣れない場所に連れ出されて疲れただろう?」
「ちょっ……!」
私は肩を掴まれ椅子へと誘導されてしまった。
これは話を聞いてもらえそうにない。
ここ数日のフォスさんとの会話で、彼が言いだしたら聞かないという事は嫌というほど思い知らされていた。
私は促されるまま椅子に座り、仕方なく机に頭をつけながらフォスさんが台所に立つ姿を眺めることにした。
私ならこうして見られるのはあんまりいい気がしない。これはフォスさんへのちょっとした嫌がらせのつもりなのだ。
フォスさんは視線に気が付いているのか気が付いていないのかわからないけれど、気にしていないように包丁を動かしていた。
そういえば、そもそもなんでフォスさんはお手伝いさんみたいな人を雇わないんだろう。それくらいの収入もあるだろうし、そうしたら仕事から帰ってすぐに夕飯を食べられるのに。何か理由があるのかな? 気が向いたら聞いてみよ。
フォスさんは鼻歌を歌いながら夕飯を作っていた。
お皿を動かすカチャカチャという音がし始めた。もう作り終えたようだ。作られた料理はフォスさんの手で盛り付けられ、私の前に置かれた。
やっぱり。見慣れた食材をそのまま活かした、焼いたり茹でたりの……そろそろ、ハンバーグとかカレーとかがたべたい……
心中を明かすことなく私はフォスさんと食卓を囲んで夕飯を食べ始めた。フォスさんが話しかけてこないため、私は黙々と食材を口へ運んだ。
何の話もせずに向かい合って食べるのはさすがに気まずい……けど、何を話そう。
モヤモヤしながら話題を考えているとミリアに、「直接聞いてみれば」と言われたことあった事を思い出した。
「フォスさん」
「なんだい?」
フォスさんは手を止め、ニコッと笑いかけてきた。
「フォスさんは、妻、に何を求めているんですか? 別に私達は恋愛して結婚したっていうわけでもないし、家のことをさせようとして妻にしたってわけでもないですよね?」
私の質問に、フォスさんはいったん「ふむ」と言って腕を組んで悩んでいた。
彼自身も、よくわかっていなかったようだ。とりあえず、ただ妻という存在にこだわっていただけなのかもしれない。
しばらく考えるそぶりを見せた後、考えがまとまったようでフォスさんが口を開いた。
「そうさなぁ。最終的には繋がりのある家族が欲しかった、というところに行きつくんだろうなぁ。俺は物心ついたころから孤児で、ずっと騎士見習いとして育てられてきたんだ。だから家族とはどういうものなのか興味があるというのが答えなのかもしれない」
興味……このヒトにとって結婚なんてその程度のものなんだ……
心臓辺りがズキンとひどく痛んだ。
フォスさんは話を続けた。
「俺とナツキは血の繋がりはないが、いずれ子が生まれれば、その子を通してナツキとも繋がりができるだろ? そうすれば、いつも街ですれ違っていた家族達が、あんなにも笑いあっている理由がわかるかもしれない。俺もそうあってみたいんだ」
そこまで話してくれて、なんとなく察した。
基本優しいフォスさんが、何故私をさらったのか。そうしてまで妻という存在が欲しかったのか。
きっと、大事なものが欠落しているのだ。
家族を、強いつながりを持つ相手を知らないから、大切な相手と引き裂かれた時の感情がわからない。だから優しいはずのヒトが自分の興味や欲求を優先し、連れ去れるのを望んでいない人間を攫った。
たぶんそういうことなのだろう。
なんとも言えない表情をして眉をひそめていた私に向かってフォスさんは笑顔を向けて言った。
「急いでいないからゆっくりでいい」
私は悲しくなってきて、言葉を紡げなかった。
……ゆっくりでいいって、フォスさんは? その心の繋がりっていうのは、私からの一方的なものを求めているの?
そんな一方的なものでは、フォスさんの求めている結末にはたどり着けないのは明らかだ。
こんなお飾りの妻という位置じゃフォスさんを心から好きだとは思えない。愛してくれない相手を心から愛せるわけがない。
フォスさんの欲求を満たすだけのお人形なのではないだろうかとすら思えてくる。
フォスさんが私をそういう風にしか見ることができないんだとわかった今、フォスさんが望むように振る舞えるようになれる自信はないし、なりたくもなかった。
そんなことを考えていると、心の中にぽっかりと大きい穴が出来上がったような気がした。
「……ふむ……浮かない顔をしているな。おいで」
フォスさんは膝をぽんぽんと叩き、両手を広げた。
「な、なんですか。いきなり。まだご飯食べてるんですけど……」
「そんな顔をしていたら食事も美味くはないだろうと思ってな。君は抱きしめられるのが好きなのではないのか? ミリアーナに抱きしめられたとき、少し顔は引きつってはいたが嬉しそうだった。ならば抱きしめてやれば、今の感情も吹き飛ぶだろ?」
なんとも斜め上な発想。
それは仲良くなった相手だから許せるのであって、今のフォスさんにそんなことされても嬉しくはない。
それにしても、このヒトほんと変なところには聡いというかなんというか……
「いえ、遠慮しておきます。というか、フォスさんって人の考えてること読めるんですか? いつも私が思ってることを先回りして答えてくるし」
フォスさんは少し目を見開いた。けれど、すぐに声を出して笑った。
「あっはっは! いやいや、さすがにそれは無理だ。俺はそう言った魔族ではないからな。まぁ、獣に近いところがあるからなのか、感情の変化に多少敏感なようではあるが。ただ、ナツキは思ったことがすぐ表情に出るからってだけさ」
豪快な笑いが収まると、フォスさんは笑みを浮かべて聞き直してきた。
「で? どうする? 遠慮しなくともいいんだぞ?」
「やめときます。まだご飯食べてるんで」
「そうか。なかなか俺には懐いてはくれんのだな。ミリアーナにはすぐに懐いていたのに」
きっと悪気はないんだろうけど、今の関係が関係なだけあって、その言い方にちょっとカチンときた。
フォスさんは良かれと思っていろいろしてくれるけど、ズレたところも多々ある。
嫌なことは嫌だとはっきり伝えた方がよさそうだ。
「懐く懐かないって、そういうペットみたいな言い方止めてください。フォスさんにとって、私はペットみたいなものかもしれないですけど……そんな言い方をするなら、私はあなたを受け入れられないし、受け入れたくありません。もちろん知り合いとして、ですけど」
フォスさんは「そうか」と言って言葉を頭の中で咀嚼し、納得したようだった。
「なるほど、気を付けよう」
「この際だから他にも言わせてもらいたいんですけど、明日からご飯は私が作ります」
「ん? 俺にとって苦ではないから、別に気にしなくていいんぞ?」
「夫婦はきちんと役割分担します。お互いにできないことを補ったり、助け合ったりするものです。片方に仕事をすべて押し付けるのは間違ってると思います」
そうお母さんがそんなこと言ってた気がする。
小さい時にお父さん死んでるし、結婚とか考えたことなかったからよくはわからないけど、たぶんそう。
家族間でそだったからきっと間違いない。だから言い切った。
フォスさんは私の言葉を聞いてきょとんとしていた。
「そういうものなのか?」
「はい、そういうものです。あと、単純に焼いたり茹でたりするだけのご飯に飽きました」
「うっ。そ、そうか……それならば頼むとしようかな……」
私の直球はフォスさんに見事クリーンヒットしたようで、先ほどまで上機嫌だったフォスさんはしょんぼりしはじめた。
もしかして、私が来る前も大して変わらないような食事内容だったんじゃ。扱い慣れない食べ物だからとかそういう問題じゃなくて、こっちの国の食べ物もただ焼いただけ……とか……あと、胃に入れば何でもいいって感じで、偏食してそうな気が……
「はぁ……」
フォスさんもズレた感覚ながらいろいろと必死なのだと思い、溜め息をついた。
どうせ何を言っても手放してはくれそうにないのだ。
このヒト何考えてるかよくわかんないことしてくるし……けど、今みたいにきちんと話し合っていけば、今よりはマシな関係になれるのかな。
そう思った私はフォスさんと向き合ってみようと決心した。
お読みいただきありがとうございます!
今回はちょっと暗い感じの話になりましたが、いろいろ描写が書けたように感じたからか、マシに書けたような気がします。これまでの話も手を加えたらマシになるのでしょうか。
そんな感じでした!でわ、また次回!




