理解不能な相手
閉じた瞼にまぶしい光が注ぎ込んできて、深い闇の中から意識が少しずつ戻ってきた。
「ん……朝?」
目を開けると、自分の部屋の天井ではない天井が目に入ってきた。
「ここ、どこだったっけ……」
すぐには状況が理解できなかった。
けれど、起き上がってぼんやりしていると、だんだん頭がはっきりしてきて、昨日のことを思い出した。
「そっか。私あのヒトに攫われてきて、お嫁にさせられたんだっけ……」
横を見ると一緒に寝ていたはずのあのヒトはいなかった。部屋の外からは物音が聞こえてくる。
フォスさん、もう起きてるんだ。
私はやっと一人になれて、一息つけた心地だった。
昨日、言い争った後も、なかなかに大変だった。のは、なんとなく覚えているが、いまひとつはっきりとは思い出せない。
私は頭の中を整理するため、あれからのことをゆっくり思い返してみた。
言い争った後、何を考えているのかわからないあのヒトは、私の機嫌などお構いなしに、それはもうピッタリと付きまとってきた。
多分、フォスさん的には早く好かれようとしていたんだろうけど、鬱陶しい以外の何物でもなかった。
一番イラっとしたのはお風呂にまでついて来ようとしたときだ。
それ以前のこともあったから怒り任せに、「あなたのことを好きでもない私が、なんで一緒にお風呂に入ってくれると思えるわけ⁉」と聞いてしまった。すると、唖然とする答えが返ってきた。
「互いを知るには裸の付き合いが一番良いだろう?」
……それは、男同士ならそうなのかもしれないけど……私は女!
そのまま話の通じないフォスさんを私は無言で、どうにか脱衣所から追い出し、奇跡的につけられていたカギをかけたのだ。
この出来事を思い出し、頭を抱えた。
もしかしたらフォスさんは、もともと他とズレたヒトなのかも。というか、そもそも魔族全体がこんなに人間とは感覚がズレた生き物なの? 一応国交を開いている相手で、平然と物資の売り買いはしてるけけど……
私は近くに掛けてあった上着を羽織った。
このままベッドの上でじっとしていても仕方ない。
とりあえず挨拶はしに行こう。一応これから養ってもらうことになってるんだし……
そう思い、フォスさんから借りただぼだぼのズボンの裾を引きずりながら音のする方へと向かった。
ダイニングへ入ると、いい匂いが鼻をくすぐってきた。
現金なお腹だ。
フォスさんのことを認めたくはないのに、彼が作ったご飯のにおいにつられて、
グゥゥゥゥゥ
盛大な音を立てた。
フォスさんとの距離はそこそこあるけど……聞こえたかな……聞こえてないことを祈る!
「クハハッ! 元気な腹の虫だな」
祈りは届かなかったようだ。
……朝一番の会話がこんなのなんてないでしょ! 普通!
恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じた。
フォスさんは盛大に笑っていたが、すぐに笑い声はおさまり、朝日にも負けないほどの輝かしい微笑みを向けてきた。
「おはよう、ナツキ。よく眠れたかい?」
髪や肌の色と真逆の黒いエプロンを着けた姿で朝ご飯の用意をしている途中だった。
わざわざエプロン姿で料理してるなんて……料理しなさそうな人のエプロン姿は萌える!
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ! なんでもないですっ!」
こうしているだけならかっこいいと思えるのに……
会話を重ねるたび、彼の異常さを思い知らされたことを思い出し、邪念を払うように頭を左右へ振った。
「もう少し待ってくれ。すぐできるからな」
「はい、すみません」
返事はしてみたものの、座って待っていてもいいものかわからず、その場で立ったまま待つことにした。
フォスさんは火にかけていたフライパンのような器具から、焼いていたものを取り出し、お皿に盛り付けた。そしてその皿をテーブルの上へきれいに並べた。
お皿の上には、目玉焼きや焼かれたウインナーが乗せられている。
いつも食べている料理と大して変わらない。何か変なもので作られていたらという心配はしなくてよさそうだ。
フォスさんは私の顔を見て、考えていたことに気づいたようで、教えてくれた。
「人間側から輸入した食材で作ってみたんだ。が、どう使っていいかわからなくてな。とりあえず焼いただけになってしまった。味付けはこれで好きなようにやってくれ」
テーブルの上に胡椒や塩など数種類の調味料を並べてくれた。
勘が鋭いのか、ほんとに私の考えたことがわかっているのか……不思議なヒト……いろんな意味で。
「ありがとう、ございます」
ひとまず、昨日のことは忘れよう。
逃げ出す隙を作るためにも気を許しているように見せるのが得策なはずだ。
「さて、こっちに来て座りなさい」
「はい」
言われるまま、昨日と同じようにフォスさんの向かいの椅子に座った。
用意されている食器類は人間が使っているものとほぼ一緒のものだった。
お皿に乗っていたものを口へと運ぶ。
「……」
ほんとに何の味付けもしていない。ただただ焼いただけの、素材の味を生かした味。もちろん悪い意味で……
輸出目的で作られたせいなのか知らないけれど、ウインナーにすら味がなかった。
私はすぐに塩の入った瓶に手を伸ばし、目玉焼きとウインナーに振りかけた。
ほんとに一緒に暮らすことになるなら、料理は自分でした方がよさそうだなぁ。後で提案してみよう。
何を話していいかわからず、フォスさんも何も話しかけてくれなかったため、無言での朝食をとり始めた。
途中でふと、フォスさんが思い出したかのように唐突に話しかけてきた。
「今日は君を俺の仕事場に連れて行こうと思う」
「仕事場?」
「昨日聞いたと思うが、俺は騎士団の長の役職に就いている。騎士団の役割は国の治安の維持と他国が戦争を仕掛けてきたときの防衛で、俺はそれのまとめ役のようなものだ」
「国ですか? 人間と戦う準備をしているということなんでしょうか?」
そうだったら一大事だ。
私が住んでいた街は、結界にかなり近い位置にある。万が一にも戦争なんて始まってしまったら、被害が計り知れない。お母さんとユキ姉のことが心配だ。
「違う違う。俺が言った国というのは、魔の国のこの街とそれ以外の街のことだ。人間の国のように複数の街が集まって国を作っているのではなく、こちらでは街そのものが国なんだ」
「なんかややこしいですね」
「そうでもないぞ。まとまるべきものが小さいほど統率は取りやすいからな。魔族の国全体を縛っているのは人間と交わした契約くらいだ」
「じゃあ、他の街、というか国を行き来したりはしないんですか?」
「あまりないな。頻繁にしているのは渡りの商人くらいだ。」
何もかもが違いすぎる。
同じ魔族同士で戦争だなんて。人間の国にいたときには考えられなかった。
「この国は治安が良い方なんだ。ひどいところは商人も行きつかず、ろくな食事もしていないと聞く」
フォスさんは満面の笑みを向けてきた。
「拾われたのが俺でよかったな」
たしかに、変な魔族に捕まりでもしていたら、どんな風に扱ってくるかもわからない魔族に売り飛ばされていたかもしれない。
だとしても、このヒトに拾われるより……
「誰にも拾われずにそのまま帰りたかったです」
盛大に嫌な顔をして見せた。
フォスさんはそんな顔に一瞬目を丸くしていたようだったが、すぐに口角を少し上げて、優しい顔をした。
「そう言うな。不自由な思いをしないよう、できる限りのことはするつもりだ。それに昨日も言ったが、落ち着いたら里帰りもさせてやる」
「私がそのまま向こうに残るって言いだしたらどうするんですか?」
「そんなことは言わないさ」
「いや、言いますよ。来たくて来たわけじゃないんですから。なんでそんな自信ありげなんですか」
いつの間にか朝食を食べ終わっていたフォスさんは、テーブルに両肘をつき、顔の前で手を組んだ。なんだか楽しそうにしている気がする。
「そりゃあ、その頃にはナツキが俺に惚れ込んでいるだろうからさ。現に、すでに俺に惚れているのではないか?」
「なんですかそれ。意味わかりません。まあでも、きれいな人だなとは思ってますけど……」
思わず本音がこぼれてしまった。言った瞬間、余計な一言だったと後悔した。
「それならば、堕ちるまで時間の問題だな! ハッハッハッ!」
……もう絶対フォスさんの前で余計なことは言わない‼
お読みいただきありがとうございました!
明日も更新できるかな? できたら(忘れてなかったら)いいな。
でわ、また次回!




