アンカラット関所
結局地面に下ろしてもらえなかった私は、フォスさんに抱えられたまま、森の中を進んだ。
すると、平原の中にぽつりと立つ門が見えてきた。
「あれが関所?」
「そうさ。アンカラット関所という」
その門が関所だったことに私はほっとした。
宣言通りちゃんと関所へ連れてきてくれたのだ。
疑ったまま逃げ出していたらどうなっていたことか。いまだに森の中を彷徨っていたかもしれない。
その門は大きく、どっしりと構える石造りの灰色の門だ。
私があまりの大きさにあっけに取られて見上げているとフォスさんが聞いてきた。
「君は関所を見るのは初めてかい?」
「はい」
さらに門との距離が近づくと、4人の人影が見えてきた。
「あの人達は?」
「あれは門番だ。2人が人間側の門番で残り2人が魔族だ」
よく見てみると、たしかに4人のうち2人は人間ではないことがわかった。
1人は肌が継ぎ接ぎだらけの魔族。よく物語に出てくるゾンビ? に近い魔族。
もう1人は紫色の肌をしていて、顔が人とはかけ離れた形をしている。動物のようでそうでないような。背中には翼まで生えてる。
種族は違うのに4人の間には険悪さは全くないような感じがした。むしろ仲はよいのだろう。
楽しそうに話をしているように見えるのは気のせいかなぁ。ちゃんと仕事しなよ。
そんなことを思っていると、継ぎ接ぎだらけの門番さんが、私達の存在に気づいて手を振ってきた。
「あっ! フォス騎士長だ! 騎士長~!」
どうやら私のことを抱えているこの魔族の男のヒトは、騎士長という立場らしい。
このヒト、フォスさんっていうんだ……
自分を抱えている彼の名前がわかり、胸がざわついたような気がする。
「?」
初めて感じる不思議な感覚に、心臓の上に手を置いていた。
さっきから一体何なんだろう。
フォスさんと呼ばれる彼は、上機嫌につぎはぎだらけの門番さんに答えた。
「よお! 変わりはないか?」
「はい! むしろ、ここを通る人すらいなくて暇してるとこです!」
ゾンビの魔族はフォスさんに敬礼して答えた。
やっぱり楽しそうに話をしていたのは見間違いではなかったらしい。
その光景を見た私は、人間と魔族という別の種族同士でよく仲良く話ができるなぁと不思議で仕方なかった。
邪魔をしないようにフォスさんの腕の中で黙っていると、翼が生えた方の魔族の門番さんと目が合った。
「あの、抱えていらっしゃる方は?」
「この子か? 向こうの森でウロウロしていたんだ。だからとりあえずここへ連れて来た。どうやら結界を抜けてしまったらしい」
「そうですか……」
フォスさんと翼の生えた門番さんの話を聞いていた人間側の門番さんたちが、憐れむような目で見てきた。
何でそんな目で見てくるの?
私には全く意味がわからなかった。
今度は人間側の1人が口を開いた。
「アラノース殿がかねてから言われていたことは知っています……一応確認させていただきたいのですが、そちらの女性をどうされるつもりですか?」
アラノース? さっきはフォス隊長と呼ばれてた。じゃあ、アラノースはラストネーム?
フォスさんの情報が少しずつ分かる度にソワソワしてしまう。
が、門番さんが言った言葉が頭を一周したところで、ある言葉が引っ掛かった。
どうされる? え? これまで話した感じではこの人は悪い魔族ではなさそうだったけど……普通にこのまま家に帰してくれるんじゃないの⁉
不安げにフォスさんの顔を見た。
けれどその視線には気づかなかったようで、彼は会話を続けていた。
「そうだなぁ。帰してやるのがこの子のためには一番良いとは思いはするんだ。だがなぁ、俺としてはこのチャンスを逃したくもないんだよなぁ」
パッと見のフォスさんの顔は、困っているような表情だ。どうしようかと真剣に悩んでいるようだった。
チャンスって……いったい何のチャンス? まさか、安心させるような言葉を言っておいて、本当は売り飛ばす算段してたとか。
訳がわからず、私は疑問を訝しげに投げかけてみた。
「あの、チャンスって?」
「チャンスはチャンスさ」
フォスさんの口元は笑っていた。
私はというと、答えになっていない答えが返ってきて、何が何だかわからず、そのまま固まった。
その間も私を置いて話はどんどん進められていく。
「でしたら手続きしますか?」
「そうだな。この子には悪いがそうしてくれ」
ハッと我に返った。
このまま黙っていたらよくない方に話がまとまってしまうに決まっている。
私は慌てて話に割って入った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私このまま家に帰らせてはもらえないんですか⁉」
この問いについて説明してくれたのはフォスさんではなく、軍服を着た人間側の門番さんだった。
「そうだ。この関所を通らず他方の領土へ侵入した場合、その者の安全は保障しないという契約が互いになされているから、今のままだと君は帰れない」
帰れない⁉ ここまで来たのに⁉
意味がわからず視線を落とし、黙り込んでいると、門番さんは続けた。
「今の君の扱いは、野生動物と同じだ。何の手続きもせずに魔族の領土へ侵入したものに関しては殺されても、奴隷として売られようとも我々人間側は手出しできない。逆も然り。そして今君は、魔族の騎士長、アラノース殿の所有下にある。アラノース殿が君を帰すという選択をしない限り、君はこちらの国には戻れない。戻るためには自力で逃げ出してくるしかない」
「そ、そんな」
それを聞いて慌てた私は、逃げるためにフォスさんの腕の中で暴れた。
けど、やっぱりびくともしない。むしろ余計に強く手足を握られ、動けなくなってしまった。
私はやっと自分の置かれている状況を理解した。もはや絶望しかない。
数時間前までは普通に生活していた。なのに、もう今までの生活には、お母さんやユキ姉のところには帰れないかもしれない。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
そんな私のあまりの無知さに門番さんが呆れ気味で聞いてきた。
「これはきちんと学校で習うはずだぞ。授業中、寝てたのか?」
「……ハイ……」
まったくその通りで、返す言葉もない。
言葉を失った私を見たフォスさんは、帰ることを諦めたと思ったのだろう。明るく、嬉しそうな声で言った。
「まぁ、そういうわけだ。残念だが、君は今日からこちらの国の住人になってもらう。アラン、この子の戸籍の移動を頼む。あと、例の手続きも進めておいてくれ」
「はい! お任せください!」
アランと呼ばれたゾンビの門番さんは、門の側面へと回り込んだ。
そして、門の柱に作られた扉を開けた。柱の中に事務所的な部屋があるようだ。
立ち去る門番さんの姿を目で追っていると、フォスさんが口を開いた。
「さてお嬢さん。名前を教えてくれるかな?」
「……」
教える必要なんてない。このヒトは今から私を誘拐するヒトなんだから。
私は口を固く閉じた。
「ふむ。教えないというのなら君のご家族に報告もできないぞ? 黙秘を続けるとなると、君の親御さんは君が生きているのか死んでしまったか知ることができないんだがなぁ」
「!」
そんな聞き方、脅しと同じじゃない!
けれど、たしかにこのまま連れていかれてしまったら、お母さん達は私を探しに、あの森へ行ってしまうかもしれない。私のせいで万が一危険な生き物に、悪い魔族に出会ってしまったらと思うと恐怖で体が震えた。
「ナツキ……ナツキ・フォーリア」
「だそうだ。人間側の君、悪いがこの子の家族に連絡してやってくれるかい?」
「はい。承りました」
人間側の門番さんの方も何らかの手続きがあるようだ。魔族のヒトが入った柱とは別の柱の中に作られている部屋へと消えていった。
このヒトに名前を知られたのは不服だ。けれど、一応お母さんとユキ姉には私が生きているということは伝わる。心配させてしまうことには変わりないけれど。
視界がだんだん歪んできて、あふれた涙が頬を流れた。
今さら現状を理解したところで、もう私にはどうにもできない。
このヒトはいいヒトでも優しいヒトでもない。やっぱり魔族のこのヒトを信じるべきじゃなかったんだ。
フォスさんは私の顔を見ていたのに、何事もないかのような態度をしていた。そして無慈悲ともいえる言葉を紡いだ。
「さぁ、帰るとしよう。君の新しい家に」




