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人間と魔族の壁

「あんたさ、フォス様のなんなわけ?」

「いっつも付け回してフォス様も迷惑してんじゃないの?」


 さっき見た魔族の女のヒトの集団だ。


 こ、これは、修羅場、というやつなのでは。


 フォスさんのいないところで囲まれ、魔族の威圧に普段以上に手足が震える。


「私は、フォスさんのつ、つま……です……だから、迷惑とかは、その……」


 相手が魔族という事だけではなく、初めて女性からの嫉妬心を向けられている事が怖くてはっきりと言い切れなかった。


「は?」


 本当に聞こえなかったのか、バカなことを言っている人間と思ってなのか不機嫌そうに聞き返され、ちょっとムッとしてしまったのは間違いだった。


「妻です!」


 むきになってはっきりと答えると、その集団からは笑いが起こった。

 そして彼女達は見下した態度で、罵る言葉を吐いてきた。


「人間が? フォス様の?」

「ありえない。勘違いも甚だしいわね」

「あんたが勘違いしてるから、優しいフォス様が合わせてくれてるだけに決まってるじゃない。いい加減気づいたら? ねぇ?」


 女のヒト達は口をそろえて「そうよそうよ」と言い、また私を追い詰めにかかってくる。フォスさんの前から消えろだの、奴隷のくせにだの。

 言い返そうと顔を上げるけれど、恐怖に負けてまた俯いてしまう。


 なんでこんなこと言われなきゃいけないの? フォスさんに妻になってくれって言われたから一緒にいるのに。お互いに一緒にいたいからこうしてここにいるのに。絶対にこのヒト達の望む言葉を言ってやるもんか。弱い姿も見せたらダメ!


 泣きたいのも我慢して、私は彼女たちからの罵詈雑言に耐え続けた。



「おい!」

「! フォさん!」


 私の事を呼ぶ声が聞こえてきた。声のした方を向くとフォスさんがそこにいる。

 私は弾かれたように彼の腕に勢いよく飛びついた。


「大丈夫か? ナツキ」

「はい」

「待ってろと言ったのに、気がついたら荷車を置いて消えるんだ。心配したぞ。で? 何をされた」


 心配そうな声とは裏腹に、冷たい視線が彼女たちを貫く。

 彼女たちはフォスさんのいつもと違う態度に、一瞬にして顔色を変えた。

 ひどいことを言われ続けたと正直に告げでもしたら、彼女たちを八つ裂きにしそうなほどフォスさんは怒っている。


「何も。何もされてないです」

「では、何を言われた?」

「……」

「ナツキが気をつかう必要などない。正直に言えばいいんだ。俺の妻であることを否定され、けなされたと」


 全てを聞かれていたと悟った彼女たちは、ズルズルと後ずさりした。


「お前たちは何か勘違いをしているようだが、ナツキが望んだから妻にしたのではない。俺が望んだからこの子は今ここにいるんだ。ナツキはひどいことをした俺を受け入れ、愛してるとまで言ってくれた。そんなナツキを傷つけようというのなら、俺は相手が女であろうと容赦はしない」


 フォスさんは本気だ。

 誘拐されたときに放ったものに劣らないほどの威圧感を放っている。


「ひっ……」


 危険な状況を切り抜けてきた大の男が怯えるほどの威圧。それを何の不自由もなく暮している女のヒト達に向けているのだ。

 全員が恐怖で崩れるように地面へと座り込んだ。

 守られているはずの私でさえ恐怖で足がすくんでいる。


「フォスさん、や、やりすぎです」

「これでも抑えている方だぞ」


 私に向かって口角を上げて言ったその言葉さえも恐ろしく感じた。これで抑えているだなんて信じられないくらいだ。


「わ、私も怖いんです!」


 正直に言うと、周りの空気が元に戻った。

 ほっとしたのも束の間、緊張が解けた私の足は限界を迎えた。


「おっと、すまん。大丈夫か?」


 フォスさんは私の腰に手を伸ばし、倒れるのを防いでくれた。


「俺のことが嫌いになったか?」


 横を向くと近距離に眉を下げ本気で戸惑うフォスさんの顔がある。


「嫌いにはならないですけど、こういうのはもうやめてください。女のヒト達に絡まれるよりも怖いので」

「すまん……」


 フォスさんの手が私の膝裏に当てられると、そのまま抱え上げられた。久々のお姫様抱っこだ。

 フォスさんは足に力の入らない女性たちを軽蔑の目で見下ろした。


「これに懲りたらナツキに手出し口出しはしないことだ。他の者にも伝えておけ。何を言おうと俺がお前たちに気を向けることはない」


 振り向きざまに見えた彼女たちは言葉を発せず、ただ涙を流していた。

 いつも優しく振る舞っていたフォスさんの変貌ぶりに驚き、自分たちが見ていたフォスさんの理想像が一瞬にして崩れ去ったからかもしれない。





 荷車を置いている場所まで戻ると、フォスさんは私を荷車の空いたスペースに座らせた。


「あの、歩けるから大丈夫ですよ」

「もう少し大人しくしていろ。抱えている間ずっと体がこわばっていた」

「……わかりました」


 フォスさんは荷車を引き始めると、またすぐに口を開いた。


「すまなかったな、1人にして。俺が離れても誰かがナツキを手伝って、話し相手でもしてくれると思ったのだが」

「今日はもうすでにフォスさんに睨まれてるし、これ以上私と楽しそうに話してるところを見られたら練習量をまた増やされると思ったんじゃないですか? 立ち去り際に何人かにごめんって言われたんで」

「ちっ、遠ざけようとしたのが裏目に出たか」

「あはは……」


 私はふとある人達のことを思い出した。


「誘拐されたときに会った人達のほとんどは、いつもあんな思いしてるんですよね」

「まぁ、そうだな……」


 フォスさんは前を向き続けていて、今どんな表情をしているかはわからない。

 けれど、たぶん悲しげな表情にしているのだろう。そんな声音だった。その声音のままフォスさんは続けた。


「人間と魔族、やはり互いへの偏見や差別はなかなかなくならないものだな」

「そうですね。私も騎士さん達が皆優しいので、こういう事にちょっと疎くなってた気がします」


 良く思われていないのはわかっていたつもりだった。けれど、ああして直接嫌悪感をぶつけられると、改めて今の自分がこの国で暮らす人間の中でどれほど恵まれている状態にあるのかということを思い知らされた。


「いつか、ナツキも1人で街を出歩けるようになればいいのだが」


 少し前の私だったら「誘拐した本人が何言ってるんだ」と言っていたかもしれない。

 フォスさんなりの優しさだと受け取ることができるようになった私の顔はふっと緩んだ。


「きっと来ますよ、そんな日が。だってフォスさんの影響で、騎士の皆さんは人間だからって見下したりせずに、優しくしてくれてます。だから街の人たちもいつかはわかってくれますよ」

「ふっ。そううだな。そうなるといいな」


 きっとフォスさんと私の思いは届くはず。


 そんな淡い期待抱きながら、私は空を見上げ、荷車に揺られ続けた。

 お読みいただきありがとうございます。

 次回、最終話の予定です!短いくせに、完結までの期間は長かった……いろいろあとがきでつぶやきたいことはありますがそれは次回にしておきます。もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

 でわ、また次回!

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