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初デート

 なかなか姿を現さないフォスさんのことを、私は椅子に座り両手で方杖をつきながら待った。

 買い物ができるというソワソワ感より、待ちくたびれたというイライラ感が増し、それが顔に現れ始めた頃にやっと扉が開かれる音がした。


「すまない。待たせたな。」

「フォスさん。おそ……い……」


 文句を言おうと思い振り向いたのだけど、フォスさんの姿が視界に入った途端そんな思いは吹き飛んでいた。

 それどころか、代わりに心臓がキュンと締め付けられる始末。


「ん? なんて言った? よく聞き取れなかったんだが」

「あ、えっと……」


 見慣れた騎士の制服姿でも、家で着てるゆったりした服姿でもない。

 そこにいたのはピシッとしたジャケットを着た、おしゃれで新鮮な姿のフォスさんだった。

 一瞬ではあったけど、私の頭の中では「遅い」という言葉は、「かっこいい」に置き換わっていた。けれどフォスさんの事を認められず、素直になれない私の口から出てきたのはどちらの言葉でもない、全く違う言葉だった


「そういう服、持ってたんですね?」


 そう言った後に気がついた。

 せっかく時間をかけて選んだ服に対する反応がこんなので、さすがのフォスさんも不機嫌になるのではと。

 けれどフォスさんは気にする様子はなかった。私の考えなしの疑問にも微笑みながら答えた。


「まあな。だいぶ前のことだが、嫁と出かけるときに着ようと思って買っていたのさ。思ったより早く着ることができて嬉しい限りだ」


 耳を疑った。聞かなかった方がよかった。

 まだ見ぬ相手を思ってデートの準備をしていたという事実を聞かされるくらいなら、素直に「似合ってますね」とだけ言って、話を終わらせておけばよかった。

 今の私は得体のしれない生物を前にしているような気分。


 いない相手のことを考えて買い物するなんて……


 自分の旦那様の奇怪な行動に頭が痛くなってきた。


「……そう、なんですか」

「そうさ。似合っているかな?」


 そう聞かれて、改めてフォスさんに目を向けた。


 似合ってない……わけがない! さっき口に出しかけたけど、本当にかっこいいんだよ、このヒト! 外見だけは!


 もともと細身ではあるけど、いい感じにスラっとして見えて、いつもの5割増しでかっこよく見える。足も長いし、スタイル抜群。

 あふれ出そうな心の声を抑えるがごとく、手のひらで口元を覆った。


「どうだい?」


 フォスさんはどうしても私がどう思っているか知りたいらしい。言葉を発さない私の事を期待に満ちた瞳で見つめてくる。


 いつもの騎士としての姿もかっこいいけど、この新鮮なかっこよさに見とれるなという方が無理な話ってくらいかっこいい。こんな姿、すれ違う女のヒトたちも放っておかないだろうし……あれ? けどそれ、それはそれでちょっと面白くない。


 となると返答はこれしかない。その言葉が口からこぼれ出た。


「まあ、はい。そうですね」


 そっけない態度かつ、棒読み。

 いかにも興味なさげにフォスさんの問いに答えた。どうしても「かっこいいです」とは言いたくなかった。

 その態度に、フォスさんは少しシュンとしていた。


「ふむ、微妙な反応だな。気に入らなかったか。これはナツキの雰囲気に合わせて、横にいてもよいと思わせられるものを買いそろえた方がよさそうだな」

「えっ? あ、いや、そこまで考えて言っては……」


 フォスさんの姿に見とれて忘れていたけれど、ふと思い出してしまった。対する私の姿を。

 大きさが合わずダボっとした無地のTシャツに、これまたダボっとして何のこだわりもないジーパン姿。


 釣り合ってないのは私だよ‼


 その事にことに気づいてしまうと、これから外でフォスさんの隣を歩きたくはなってきた。

 けれどここまで来てやっぱり無しとは言いづらかった。


 早急に服を買ってもらわないと恥ずかしくて耐えられない……


 頭の中でぐるぐるしていると、フォスさんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫か? さっきから百面相をしているが、もしかして俺の格好に何か不具合でもあったか?」

「ち、違います! フォスさんの格好は似合っていて素敵です! 問題があるのは私の方です‼」


 突然の近距離の綺麗な顔に慌ててしまい、押さえつけようとしていた本音が勢いよく飛び出していった。

 私の言葉にフォスさんは一瞬目を丸くしていたけど、すぐにニヤニヤした表情になった。


「ほおう? 似合っていて素敵、か。それならそうと、聞いたときにそう答えてくれてもよかったんじゃないかい?」


 しまった!


 慌てて口を押えたけれど時すでに遅し。飛び出た言葉は戻ってはこない。

 私のそんな言葉と動作に満足したのか、フォスさんはかなり上機嫌になった。


「はっはっは! やはりナツキは可愛いな。服で着飾るようになれば、またどれほど可愛くなるか楽しみだな」


 天邪鬼な態度を取っていたことを知られてしまい、頬が熱くなるのを感じた。

 フォスさんは当たり前のようにスッと手を差し出してきた。


「それでは、行こうか」


 この手は普通にエスコートをしてくれようとしているのか、自分が手を繋ぎたいだけなのか。


 そう勘ぐってしまうと、素直にはその手を取れなかった。

 フォスさんのことは前みたいに突っぱねるほどに嫌ではなくなってきてはいる。けど、それでもやっぱり喜ばせたくはない。

 彼のせいでひねくれてしまった気持ちでは、気を許したような態度をそう簡単にはとれなかった。


「繋がないとだめですか?」

「そうしてくれると嬉しいのだが。それに、いきなりでなければよいと言ったのは君だろう?」


 ちっ。


 余計なことを言った過去の私に、心の中で舌打ちをした。

 これはもう折れるしかない。


「……わかりました」


 私は、「仕方ないなぁ」と言いたげな態度で差し出された手の上に自分の手をのせた。

 その次の瞬間から、ソワソワした感覚に襲われ始めた。私はこの感覚には気がつかないふりをした。


「うむ。それでは、行こうか」


 フォスさんは私の手を握りしめると、魔族の街へと連れだした。


 手をつないだままでの初デートだなんて。


 これから始まる初めての体験に私の心臓はドクンドクンと音を立てていた。





 魔の街の人通りは今日も多く、いつものようにいろんな外見の魔族と、それに付き従う人間の姿が目に留まった。

 こうして改めて案内されて街中の様子をじっくり眺めていくと、私が生まれ育った街よりも店自体が多くて、見たことのない店もたくさんあった。目的の洋服店もいろんな雰囲気の店がある。

 ユキ姉が私達の生まれ育った街、ファータスを抜け出して別の街に出かけたくなる気持ちが私にもわかってしまった。


 見て回るだけでも楽しい! あっ! あの人形可愛い‼


 気持ちを高ぶらせて街を散策していると、フォスさんが「そうだ!」と声を出した。


「どうしたんですか?」

「ナツキ。先に寄りたい店があるのだが、よいか?」

「別にいいですよ。その後すぐに洋服屋さんに連れて行ってくれるなら」

「もちろんさ。すまんな。では……用があるのはあちらの方だ。行こうか」

「はい」


 私はフォスさんに手を引かれるまま、再び歩き始めた。

 こうして歩いていると、嫌でも気づいてしまう。

 すれ違う女のヒト達はフォスさんに見とれていたり、私に妬み僻みの目を向けてきたり。私は改めてフォスさんのモテ度を思い知った。

 そんな周りからの視線にモヤモヤしながら歩いていると、私の様子に気が付いたフォスさんがこっちを向いた。


「大丈夫。俺が付いている限り他の者に手出しはさせない」

「え?」


 繋がれていたフォスさんの手にやんわりと力が込められた。それはまるで安心させようとしているかのようで、私を見るフォスさんの表情も柔らかかった。

 魔族のヒト達を怖がっていると思ったのだろうか。


「あの、そうじゃなくて。フォスさんと一緒にいるからこそ見られてるっていうのが気になるというか、なんというか……」


 私の言葉を聞いたフォスさんは、周りを見渡した。

 その時にちょうど視線が合った女のヒトの中には、色めき立つ声を上げるヒトもいた。


「なるほど、気が付かなかった。すまんな。もう少しで店につくから我慢してくれるかい?」

「はい……」


 フォスさんの歩く速さが少し早くなったような気がした。けれど追いつけないほど早くはなっていない。

 チラチラと私の様子を見ながら歩いているのを見る限り、その辺は気をつかってくれたようだ。

 そのままの速さでしばらく歩いて行くと、歩く速さはだんだん遅くなっていった。

 

「来たかったのはここだ、ナツキ」

「ここって……」


 辿り着いたのはジュエリーショップ。

 店内に見えるガラスケースの中には色とりどりの宝石がはめ込まれた指輪やネックレスが並べられている。


「なんでこんなところに用が?」

「ん? 決まってるじゃないか。お前に買ってやりたいからだよ。虫よけにもなるだろうからな。婚約指輪は」


 ある単語に疑問を抱いた私は首を傾げた。


「婚約? あれ? 籍ってもう入れてるんじゃ……」

「いや。手続きがややこしくてな。まだ終わってないそうだ」


 予想外の事実に、私は開いた口がふさがらなかった。


 それなのに堂々と騎士の人たちに嫁だって紹介しまくったのか。


 どちらにせよ、いつの間にか勝手に籍は入れられてしまうので大して変わりはないのだ。こんな些細なことをいちいち気にしていたらフォスさんとはやっていけないことは身をもって思い知らされてきた。


「どうした?」

「いえ、何でもないです、早く決めて次行きましょう」

「そんな急がずともよいだろう。洋服屋は逃げないぞ」

「お店は逃げなくても服は買われていきます。だから早く決めましょう!」

「わかった、わかったから。そう急かすな」


 私は入口までフォスさんを引っ張って行った。

 店内に入って改めて見ると、これまでに見たことのない数のアクセサリーが、ガラスケースの中で持ち主になるヒトを待っていた。

 入口付近でアクセサリーを見渡しているとフォスさんを見つけた男の店員さんがやってきた。猫のような顔に人に似た体をしている店員さんだ。


「フォス様ではないですか。いらっしゃいませ。お噂はかねがね。今日はどういった商品をお求めで?」

「指輪をこの子に買ってやりたいんだ。少し店内を見て回ってもよいかい?」

「もちろんですよ。その方は、人間……のお嬢さんですか?」


 私に向けられたのはどことなく含みのある言い方に、冷ややかな目線。

 このヒトは人間を見下している方の魔族だということが今の態度でわかった。

 それをフォスさんは不快に思ったようだった。私に話しかける声とは全く違う、冷ややかな声音を出した。


「あまりそういった目で見ないでやってくれ」

「す、すみません。お嬢様も、失礼いたしました」


 店員はその声を聞いてしまったと思ったのだろう。私に向けてもすぐに謝罪をしてくれた。

 フォスさんはそれで納得したようで、いつもの声のトーンに戻っていた。


「それと少し聞きたいんだが」


 店員さんに耳を貸すよう手で合図を送っていた。

 聞かれたくないことのようで、互いにだけ聞こえる声で話をしていたので私には何のことを話しているのかはさっぱりだった。


「……できるか?」

「ええ、可能でございますよ。そういった商品をお求めのお客様も大勢いらっしゃいますので」

「そうか。なら、選んだものにその加工を施してくれ」

「かしこまりました。では、ごゆっくりご覧くださいませ」


 話がまとまると、店員さんは元々店番で立っていた場所へと戻っていった。

 

「何の話をしてたの?」

「ちょっとした加工をしてくれと頼んだだけさ」


 具体的に言わないのは教える気は無いということなのだろう。

 自分が身に着けることになるものなので、何をされるか気にはなる。けど、しつこく聞くのも面倒なので、最低限のことだけ言っておくことにした。


「変な加工ではないですよね?」

「お前に変な影響があるようなことをするわけないだろう。もう少し信用してくれてもいいんじゃないか?」

「……ならいいんですけど」

「信用無いのだな、俺は」


 フォスさんはがっくりと肩を落とした。

 こう言っておけばおそらくは大丈夫だろう。

 私の態度が納得していないように見えているようで、フォスさんは念を押すように言った。


「大丈夫だ。本当に危ない加工は頼んでいない」

「じゃあどんな加工を……」

「さて、では贈り物を選ぶとしよう。ナツキはどれがいい? 俺はコレがいいのではと思うのだが……」


 わかってはいたことだけれどはぐらかされてしまった。

 婚約指輪を選び始めると、フォスさんが「これは?」と選ぶ指輪は、ことごとく大きな宝石がはめ込まれている物ばかりだった。


 別にこだわりがあるわけじゃないけど、さすがにここまで大きいものはちょっと……嫌かな。


 形状もそうだけど、何より金額が大きすぎてつけているだけで私の精神を削ってくる。もっとシンプルなものを提案しなけれは。


「あの、あんまり大きいと家事をするのに邪魔になるので、何もついていない方がいいです。付いてたとしても、そうですね……」


 ケース内を覗き込んだ。

 どれもシンプルな作りの者が集められている一角だ。ピンとくるものがなかなか見当たらない。

 ふとある指輪が目に留まった。


「これくらいのとか。デザインも可愛いし」


 ガラスケースの中の指輪を指差し、フォスさんの方を向いた。すると何故かとても嬉しそうな顔をしていた。


「なんですか? 気持ち悪いんですけど……」

「ああ、すまんすまん。ナツキがこれがいいと言ってくれるとは思わなんでな。こんな高いものいらないって言いだすと思っていたから、つい嬉しくて、な」


 しまった!


 つい真剣に選んでしまっていた。

 確かに選んだ指輪にいいなぁとは思ったけれど、それは値段とかの総合評価した結果の反応ではない。本当にただ目に留まっただけなのだ。


 このままこれにしようとか言いだしたら……


「ではそれにしようか。このままだと一番安いのでいいです、とか言いだしそうだからな。はっはっは」

「えっ⁉」


 その指輪の金額がふと目に映った。次の瞬間、私は目が飛び出そうな思いだった。


 宝石は小さいのに、大きい宝石が付いたものより高くない⁉ て言うよりこの辺にある中で1番高い‼


「待って! やっぱりこっちの方が……」

「安いんだろ? 俺が買ってやりたい、ただそれだけなんだから値段など気にしなくていい」

「いや、そういう問題じゃなくて!」

 

 そんな高価なもの恐れ多くて着けられない!


 そう言いたかったのに、私の声が届く前にフォスさんは先ほどの店員に「これにさっき言った加工を」と伝えてしまった。


「あああああああああ‼」


 私は頭を抱えた。

 どうしてもフォスさんの手の上でうまく踊らされているような気がする。この踊らされている状況を脱するには、かなりの時間が必要かもしれない。

 お読みいただきありがとうございます。

 思った以上に前の投稿から時間があきました。次回もいつになるかはわかりませんが、更新はします!宣言します!

 でわ、また次回!

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