いざ脱走!
一人称視点のお話になっています。
「こんなところで何をしている? 人間のお嬢さん」
私ことナツキ・フォーリアの目の前には、獣のような大きな耳を頭に持つ魔族が立っている。
その姿はすらっと細長い色白の体に、銀色の長い髪。前髪の間から覗く瞳は魔族特有の赤い瞳。その目の上の長い睫毛が印象に残る美しい男性体。
もし彼が人間だったら一目惚れしていたかもしれない。
まあ結論から言うと、彼は後に私の夫となる魔族の男性。いろいろなことを乗り越え、私たちは周りも認める仲良し夫婦になる。
だけどこのとき、彼と初めて会ったときは、私は彼とそんな関係になるとは思っていなかった。
というよりも思いたくなくて、私は彼に対して抱いていた感情を好意ではなく恐怖だと思い込もうとしていた。
そして、このヒトと出会うまでにやらかしてしまった自分の愚かな行動にとても後悔した。
本来なら私たち出会うことはなかったはずだった。
何故かというと、この世界は魔力を持つモノを通さない結界によって2つの領土に分けられていて、結界を超えるにはいろいろ面倒な手続きがあるとかで簡単に行き来できないからだ。
領土の1つは私達、人間の国。
魔力を有してはいるけれど自在に使える人は少なく、科学というものが発達し、発展していった国だ。
もう1つは、人間世界とは反対に化学はほとんど発達せずに魔力を、いや魔法を使って発展していった魔族の国。
2つの国は昔、互いのことを忌み嫌い魔力をはじく結界によって完全に各別した、らしい。
一応今はお互いに国交を開いて、特定の場所から行き来できるようにはなっている。
けれどそれは表面上では、という話。
人間は自分達の生活を脅かす存在として魔族を恐れ、魔族は人間を下等な生き物として蔑んでいる者が多く、溝は埋まっていない、らしい。たしかそうだったはず。
そうやって各別されていたにもかかわらず、私は軽はずみな行動から結界を超え、未来の旦那様に出会ったのだ。
時は遡り、1時間前……
「ユキ姉、やっぱり行くのやめよーよ……」
私の一つ上の姉、ユキは私達が住む街“ファータス”を囲う壁を上り、街側の地面に立つ私を見下ろしていた。
壁はずいぶん昔に作られたもので、崩れてよじ登れるほどに低くなった箇所が所々にある。
ユキ姉はそのうちの1か所を乗り越え、いつものように街の外へ遊びに行こうとしているところだった。
この壁は街の郊外に作られていて、子供が誤って街から出ないようにするために作られた壁だ。
なぜそんな壁が必要かと言いうと、子供は魔力をほとんど持っていないため、人間の国と魔物の国を隔てる結界を簡単に超えてしまえるから、らしい。
結界を超えてしまったら探す手立てはなく、連れ戻す術はない。
詳しくは学校の授業で習ったはずなんだけど、授業中眠くてぼんやりとしてしまってよく覚えていない。結局寝ちゃったし。
私は今までユキ姉にと一緒にこの街から脱走をしたことはない。
先週ユキ姉がこっそり抜け出そうとしているのを見かけていたので、どこへ行くのか聞いてみた。その時に今までこうして他の街に遊びに行っていたことを教えてもらった。
そして、次は一緒に行こうと約束もしてくれた。その約束の日が今日なのだ。
だから今日は、私にとって記念すべき初脱走の日!
けれど、いざ脱走しようとすると外へ向かう足が止まってしまった。
このままユキ姉についていってみたいとは思うけど。でも、決まりを破っちゃってもいいのかな……
ユキ姉は壁の上から、ためらって壁を登ろうとしない私に向かって話しかけた。
「大丈夫だって。私達小さいころからこの壁を越えて、街の外で遊んでたんだよ? それでも今もこうしてぴんぴんしてるんだから」
「けど……」
“私達”というのはユキ姉とユキ姉の昔からの脱走友達のことだ。
今この場にはいないけれど、その友達も抜け出して一緒に遊ぶらしい。
うーん……「一緒に行かない?」って誘われたから、つい「行く!」って答えちゃったけど、やっぱり、勝手に外に出るのはまずくないかなぁ……
人間側の世界にはどの街にも共通した決まり事がある。
各街はこの街と同じように壁で囲われていて、特定の場所からしか出入りができない。そして、そこから自由に出入りできるのは20歳以上の大人だけ。
子供は大人と一緒じゃないと街の外には出られないようになっている。
子供は結界を通り抜けてしまえるから、万が一にも子供が魔族側の領土へ行ってしまわないための決まり事なのだ。
今の私は18歳でユキ姉は19歳。
私達は20歳以上の大人と一緒でなければ町の外に出られない年齢なのだ。
規則を破るのには抵抗はあるけど……やっぱり大人なしで自由に出かけてみたい‼ でも……
行くかどうか決められず、頭の中をグルグルさせながら悩んでいると、ユキ姉はしびれをきらしてしまったらしい。
話しかけてくる声から苛立っているのがわかった。
「行きたくないなら、ナツキは帰りなよ。ぐずぐずしてると人に見つかっちゃうかもしれないじゃない」
「……」
「行くの? 行かないの? 早く決めて!」
もうこれ以上は待ってくれそうにない。
一人で行くわけじゃないし、結界に近づかなければいいだけの話なんだから、大丈夫だよね?
「……行く!」
「なら急ぐよ! みんな待ってるんだから!」
私はユキ姉の手を借りて急いで壁を乗り越えた。
街の外を初めて見た。
見渡す限りの草原。吹き抜ける風が気持ちいい。
「ナツキ。何してんの」
「あ、ごめん。今行く!」
私はユキ姉と一緒に集合場所へと向かった。
今私はユキ姉の後を追う形で黙々と、道とは言えない足場の悪い場所を歩いている。
集合場所は2キロほど離れた“ミラトス”という街の近くにある廃屋らしい。
「ねぇねぇ、ユキ姉。なんでファータスで集まってからみんなで一緒に行かないの? その方が集まりやすくない?」
そのままミラトスに直接行けるのに、何でわざわざ街の外で集合するんだろう。
その理由をユキ姉は振り返らず、歩きながら教えてくれた。
「他の街の子も一緒に遊ぶから、あっちで集まろうってことになってんの。それに大勢でぞろぞろ街の外を歩いてたら、見つかる可能性もあるじゃん?」
言われてみればたしかにそうだ。
1人が誰か大人の視界に入ってしまえば芋づる式に全員が見つかってしまうかもしれない。
そして20歳未満とバレて、親に連絡いって大目玉。
うん、それは避けたい! ……けど、それならなんでミラトスの中でじゃないんだろう。
不思議に思った私は、またユキ姉に聞いてみた。
「? それならミラトスで集まったほうがよくない? なんでわざわざそんなところなわけ?」
「入るのに何人かで協力しないと壁が乗り越えられなかったの。ファータスとは違って、簡単に出入りできそうなところなかったし。人数集めてから壁乗り越えるには、そこがちょうどよかったわけ。」
「へぇー」
それなら仕方ない。
けど、他の街の子も一緒というのを聞いて気になったことが1つ。
他の街の子供も抜け出してこられるということは、他もファータスの街のように、街を囲っている壁が抜け出せるほどに破損しているということだ。
街の危機管理は一体どうなってるの?
脱走した子供、当本人ながらに心配になった。
さらにしばらく歩き続けていると森が見えてきた。どうやらここを通ってミラトスへ向かうらしい。
森は歩きにくいし、虫がいっぱいいる。
私は自然と嫌な顔になった。
「ねぇ、ユキ姉。なんでこんな森の中を通るの? 普通の道を通ったほうが安全だし、早くない?」
今度は振り返ったユキ姉が私の顔を見て溜め息をついた。
私のことを見るユキ姉は、「なに言ってんの?」とでも言いたげな顔だ。
「あんた馬鹿? バレないようにわざわざ別々に移動したって、そんな道を堂々と通ってたら知り合いに見つかって家に連れ戻されるかもしれないじゃない」
森の中を通るのが嫌すぎて考えが至らなかったけど、一応私達は勝手に街を抜け出している身。
バレるわけにはいかないのだ。
自分でも愚問だったと思い、私は項垂れた。
「……そうでした……」
「わかればよろしい」
再びユキ姉は歩き出した。
その後を追って私も森の中を進んでいく。
森の中は薄暗く、人ではない何かが出てきそうなほど不気味だ。
「ひっ!」
「何? どうしたの?」
「あ……ううん。何でもない」
目の端に映る木の蔦や、風で葉がこすれ合う音がするたびに、その何かがそこにいるのではと勝手にびくつく。
ダメだ! 考えたら怖くなるから、余計なことを考えるのはやめよう!
怖いという感情を払拭しようと頭を横に震わせた。すると、ユキ姉が話しかけてきた。
「そういえばこの森、結界が通ってるから、もしまたこうして通り抜ける時は気を付けた方がいいよ」
「へ? なんで?」
突然の結界の話に、少し裏返った声が出てしまった。
なんでそんな話になるんだろう。
私は首を傾げた。
「実はね、この前結界に気づかずにぶつかっちゃってさ。見えないコンクリの壁に勢いよくぶつかった感じで、すっごい痛かった」
「え? 結界って見えないの?」
その私の言葉にユキ姉は目を丸くして、唖然としていた。
「あんたねぇ……授業中寝てたでしょ」
「……」
「寝てたでしょ?」
「……ハイ……」
「もぉぉ!」
授業中、居眠りしていることがユキ姉にバレてしまった。
どうやら結界が目に見えないのは授業で習うことのようだ。
ユキ姉はこうして学校の規則を破ったり色々してるけど、頭はいいほうだし、「勉強はしときな」と言ってくれる。
けど、私だって寝たくて寝てるんじゃないもん!
口に出して言ったところでユキ姉には「はいはい、そうですか」とあしらわれるだけで、居眠り魔のレッテルは貼られたまま。なので私は心の中で言い訳をした。
ユキ姉はまた溜め息をついた。
けれど、ちゃんと結界について私に教えてくれた。
なんだかんだ言ってくるけど、基本優しい姉なのだ。
「いい? 結界は無色透明で、よぉく見たら“なんか景色がかすれて見えるなぁ”ぐらいの認識しかできないの。見晴らしのいい場所だったらなんとなくわかるけど、こんな近くに木とかいろいろある場所だとわかりにくい。だから気を付けなさいよ」
「へぇ」
「へぇって……あんたねぇ……」
私の、そうなんだぁ、程度の返事にユキ姉は片手で頭を抱えた。
ガサガサッ……
突然近くの葉が揺れる音がした。
「⁉」
私は驚いて、ユキ姉の腕に抱き着いた。
ユキ姉も怖いのか少しだけ震えている。
「ねぇ……ユキ姉……何かいる……」
ガサガサ……
音はだんだんにこっちに近づいてきている。
話をしてたし、私達の存在を認識したうえでこちらに来ているに違いない。
人なのか動物なのか。はたまたそれ以外なのか。
緊張で私の心臓はいつもの倍の速さで鼓動を打っている。
ガサガサ……
音がすぐそこから聞こえた。
私とユキ姉はすぐに逃げられるように体勢をとった。
再び葉がこすれる音が目の前からすると、その方にある背丈の高い草の間から顔が現れた。
「ん? ああ、なんだユキちゃんか。また街を抜け出してきたのかい?」
ソレはまるで顔見知りのように普通に話しかけてきた。けれど、そのヒトは明らかに人間ではない。
人みたいな体や手足をしているけど、肌の色が灰色で目が3つ。
音の正体のそれは男性体の魔族だった。
初めて魔族を見た私は、恐怖で体が石にでもなったかのように動けなくなった。
ファータスの街にも魔族の商人はやって来ている。けれど、住宅街では商売を禁止しているため、彼らは用のない住宅街まではやって来ない。だから、住宅街から出ることのなかった私は魔族を見たことがなかったのだ。
ユキ姉はそのヒトの顔を見ると安堵の息を漏らしていた。
「なんだぁ、バッカスさんか。びっくりさせないでよ」
「ごめんごめん。びっくりさせるつもりなんてなかったんだけどなぁ」
その魔族は草むらから出てくると、何故かユキ姉と友達と話をするように会話を始めた。
「ユキちゃんは、またミラトスに遊びに行く途中なのかい?」
「そっ。私達の街、面白いとこがないんだもん。それに比べたらミラトスって美味しいもの売ってたり、遊べるところも結構あるから」
私にとってその光景は異様な光景だった。
……なんでユキ姉はあんなに普通に魔族と話しているの?
2人は仲よさそうに話しているけど、恐怖で固まった私の耳に内容までは届かなかった。
けど、話の内容なんてどうでもいい。私の中には1つの考えが駆け巡っていた。
早く逃げなきゃ‼
ユキ姉は私の存在を思い出し、声をかけてきた。
「ナツキ、このヒトはバッカスさんっていって、この辺の生態系の調査をしてるの。前に街を抜け出したとき、どうやって来たかはわからないけど、魔族に攫われそうになったことがあって、その時に助けてくれたの。こんな見た目してるけど……」
何かユキ姉に話しかけられてるけど、頭の中がぐちゃぐちゃして、どうやって受け止めたらいいのかわからなかった。
恐怖に完全に支配された私は、ついに感情が爆発した。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、ナツキ⁉」
訳も分からず恐怖に突き動かされ、私は全力で走ってその場から逃げ出した。
とにかくあの魔族が追ってこなくなるまで逃げないと!
後ろからユキ姉が叫んでいるのが聞こえているけれど、足は勝手に動き続ける。
私は森の中をひたすら走って、その魔族の男から逃げ続けた。
お読みいただきありがとうございます。
一応、本日中にあと何回か更新する予定です。できれば昼・夕・夜で更新できたらと…
ストックが消え去るまでは毎日、もしくは2日に1回更新予定。ストック無くなり次第ゆっくり&不定期になります。その際は後書きにてご報告します。別の作品も投稿していて、そちらを優先して書くので更新ペースはほんとに遅いと思います……
気長にお付き合いいただけると幸いです。




