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毎朝3本、鼻毛を引きちぎられる男。その名は下野田……  作者: kawauso2017


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第4話 絶望と希望

 洗面所の棚に、鼻毛カッターが並んでいる。


 最初に買った、最新型。


 店員に勧められた、高出力モデル。


 別メーカーの、回転刃式。


 細身の、ペン型。


 旅行用の、ミニサイズ。


 そして、AI鼻腔スキャン搭載の最新モデル。


 六台。


 すべて、充電されている。


 すべて、試した。


 すべて、駄目だった。


 普通の鼻毛に対しては、どれも完璧だった。


 下野田の鼻の中は、おそらく人生で最も整っている。


 ただ、例の三本だけが。


 どの刃からも逃げ、どの刃をくぐり抜け、たとえ切られても翌朝には戻ってくる。


 六台の鼻毛カッターは一列に並び、静かに充電ランプを灯していた。


     ◇


 朝七時。


 下野田は、鏡の前に立っていた。


 今朝は、何もしなかった。


 六台のどれも、使わなかった。


 鏡を見る。


 いる。


 右の鼻の縁から。


 一本。


 二本。


 三本。


 いつもと同じ場所に。


 いつもと同じ長さで。


 まるで、最初からそこが定位置であるかのように。


 足音がした。


 下野田は、とっさに右手で鼻を覆おうとした。


 今日こそは。


 今日こそは、自分で――。


「ちょっと、こっち向いて」


 間に合わなかった。


 下野田の手が鼻に届くより早く、妻の指がそこにあった。


「また出てる」


 つまむ。


 引く。


「――ッ」


 一本。


「――ッ」


 二本。


「――ッ!」


 三本。


「はい、おしまい」


 妻はティッシュを丸め、ゴミ箱へ落とした。ゴッドハンドに逆らえなかった。


 そして、棚に並んだ六台の鼻毛カッターを、ちらりと見た。


「これ、使わないの?」


 下野田は、答えられなかった。


 妻は小さく首をかしげ、台所へ戻っていった。


     ◇


 下野田は、鏡の中の自分を見た。


 赤くなった鼻先。


 にじんだ涙。


 何か月も、毎朝見てきた顔だった。


 市販の鼻毛カッターでは、自分は救われない。


 回転式も。


 往復式も。


 高出力も。


 AIも。


 切っても戻る。


 抜いても戻る。


 なぜ、戻ってくるのか。


 根が、残っているからだ。


 その考えにたどり着いて、下野田はしばらく動けなかった。


 では、根をどうにかするしかない。


 永久脱毛、という言葉が頭をよぎった。


 だが、あれは金を貯めて受けるものだと聞く。


 鼻の、三本のために。


 そこまでの踏ん切りは、つかなかった。


 では、どうする。


 下野田には、わからなかった。


 明日の朝も、七時は来る。


 その次の朝も。


 その次の、次の朝も。


     ◇


 その日の夕方。


 下野田は、駅からの帰り道を歩いていた。


 いつもの道だった。


 いつもの電柱。


 いつもの掲示板。


 その掲示板の隅に。


 見慣れない紙が一枚、貼られていた。


 白い紙。


 黒い文字。


 飾り気は、何もない。


 下野田は、足を止めた。


『毛根破壊玉 被験者募集』


「……」


 それだけだった。


 ほかには、何も書かれていなかった。


 下野田は、もう一度読んだ。


『毛根破壊玉 被験者募集』


 毛根。


 破壊。


 玉。


 何なのかは、わからない。


 誰が貼ったのかも、わからない。


 まともなものではないことだけは、なんとなくわかった。


 下野田は、三度目を読んだ。


 毛根を、破壊する。


 根を。


 切っても戻る。


 抜いても戻る。


 根が残っているから、戻ってくる。


 ならば。


 根そのものが、なくなれば。


 下野田は、右の鼻にそっと指を当てた。


 今朝、三本抜かれた場所。


 まだ、少しひりひりしていた。


 朝七時。


 洗面所。


「また出てる」


 あの声。


 あの指。


 あの痛み。


 何か月分もの、朝七時。


 下野田は、紙から目を離せなかった。


 怪しい。


 どう考えても、怪しい。


 だが。


 怪しいという理由で通り過ぎるには、下野田の朝は、あまりにも痛すぎた。


 夕暮れの風が、紙の端をかすかに揺らした。


「……これだ」


 下野田は、小さく呟いた。あぁ。神よ、私はあらがいます……



【了】


※残酷描写:鼻毛を引きちぎられる描写が度々あります。ご注意ください。


◇

下野田です。


私の話は、ひとまずここまでだそうです。


鼻毛の件は……まだ、何も解決していません。


ところで、『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』という新しい連載物語が始まりました。


歌姫さんにも、鼻毛は生えているのでしょうか。


もし生えているなら、普通の速さで伸びることを祈ります。


明日も、朝7時が来ます。


下野田

◇


鼻毛が気になったあなた。下の★をプッシュ!


『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』

https://ncode.syosetu.com/n3320mv/

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