13 番と最期まで
マークは人間の国の、もとの家に戻った。
家族や兄弟は彼を暖かく迎え、ようやく彼は平穏を得た。
農場主として小作人を雇い、家族は誰も農作業をしていなかったが、マークは自ら鍬をふるった。
一心不乱に鍬を地面にたたき込み、自分の身体を罰するかのように朝から晩まで働いた。
マークが人間の国に戻ってからしばらくして、畑の向こう側に馬車が止まっているのを見るようになった。
黒塗りの貴族が乗るような高価そうな馬車で、マークが畑に出ている時間には必ずいて、気が付くと、いつの間にかいなくなっているのだ。
太陽が容赦なく照りつける夏の暑い日にも、足の感覚が無くなるほど凍てついた冬の朝にも、馬車はそこにいた。
初めは見張られているようで、やや不快に感じていたが、馬車は何年もただそこにいるだけ。
やがてそれはマークにとって、ただの風景の一部となった。
結局、マークは結婚はせず、自分の子どもも持たなかった。
だが、弟妹の子どもたちもいたので、いつも家の中は賑やかで楽しく、幸せな日々を過ごした。
年老いていく弟妹を尻目に、マークはいつまでも若いままだった。
実家に戻って10年目の頃、そう指摘されて、彼は記憶をたどってみた。
あの屋敷の庭でキリアンと二人きりのお茶会。
キリアンが持ってきた、小さなパイのケーキ。
固いパイ生地にザリザリとしたあとくち…
にこにこと上機嫌だったキリアン。
あの日、キリアンの青い逆鱗に包丁を突き付けた時、逆の首筋にピンクの逆鱗はあっただろうか。
それからも日々は過ぎていく。
甥っ子、姪っ子も年を取り死んでいく。
そしてその次の子たちも……。
マークはこの土地に富をもたらした守り神のような位置づけにされていたので、村人たちは年を取らないその姿を気味悪がることもなく大切にした。
ある日、爪が割れた。
伸びすぎて引っかかって割れたのだ。
そういえば髪も少し伸びたような気がする。
『竜人の寿命は500年、人間は100年ほどだろう? 私は今60才だから残りは440年、お前は残り80年ほど……二人が同じ頃に人生が終えられるように、私の寿命をお前に分け与えることができるんだ』
かつてのキリアンの言葉を思い出し、年を数えた。
もう180年たっていた。
残り80年ほど…マークの寿命が動き出したのだ。
そしてそれはキリアンの寿命も動き出したということ。
その夜、マークは子どもたちにせがまれて、子供向けの本~児童書を読み聞かせていた。
それは龍人族のキリーと人間のマークが友達になって、二人で世界を冒険する物語だった。
ちょっと我が侭だけど勇敢なキリーと優しくて頭の良いマーク。
二人で協力しあい、色んなトラブルを解決し、人々を助け、世界中を旅して行くのだ。
マークは子どもたちにこの児童書はどうしたのかと尋ねた。
「マークおじさん知らないの? すごく有名な本なんだよ。知らない子なんていないんじゃないかな」
そこで子供たちの母親が追加の説明をしてくれた。
「もともとは100年前からの龍人国のベストセラーの児童書だったらしくて、その後、人間の国にも販売されてたちまち人気になったんですよ。『龍間運動』のきっかけになった本として有名なんですよ」
『龍間運動』とは、龍人族と人間との差別や偏見をなくそうとして起こった大陸規模の啓蒙運動だ。
今でも差別はあるが、マークがいたころに比べれば雲泥の差で、国同士の交流も盛んになった。
その夜、マークはある予感を感じていた。
簡単に荷物をまとめ、窓の鍵を開ける。
そしてベッドに横たわり、待つことにした。
すると10分もしないうちに大きな影が窓から入ってきた。
「貴方に文才があったとは知りませんでした」
マークが影に問いかけると、その影が小さく笑う気配がした。
「王として使い物にならなくなって王宮を追い出されたんだ。あの屋敷に住んで、お前を…マークを見に行くだけの生活なんて退屈で堪らないから、暇つぶしに書いてみることにしたんだ」
雲が晴れ、月明かりがその姿を照らす。
「馬車の中でできることって字を書くこと位しか無かったから……」
昔のままの見惚れるような麗しい美貌が現れた。
「マークとこんな風に出会いたかったなと願望を書いていたら、いつの間にかカインが出版社に売り込んでいて、大人気になった」
「あの方は本当に貴方にとって無くてはならない方ですね」
「あぁ。いつも助けられている」
「………じゃあ、そろそろ行きますか?」
「?」
不思議そうな顔をしたキリアンの前で、布団から出てきたマークは旅装束だった。
「願望は本の中だけに閉じ込めておくんですか? 現実にはしないんですか?」
くしゃりとキリアンの顔が歪んだ。
「…キリー?」
「……あぁ。そう…私はキリーだ。そう呼んでくれるのか」
「マリアンネ様もそう呼んでいたから、この愛称はちょっと癪ですけどね。…僕の名は知っていますか?」
「……マーク! マークだ!」
「静かに……家の者が起きてしまいますよ」
「…すまない」
「ふふふっ」
「そのっ…」
「はい」
「私の願望を……本当に現実にしてもいいのか」
「…はい」
月明かりの中、マークは微笑んでいた。
「……本当に? 私を許してくれるのか」
「許す許さないではないんです。僕だってキリー酷いことをしたんだから。ただ、許しを乞うなら処刑した人たちとエレンにですよね?」
「……そうだな」
「エレンの家をずっと援助し続けたとか。エレンの葬儀も墓も立派だったと聞いています」
「……」
「僕も誤解を招くようなことをしてすいませんでした。龍人族の番への独占欲を学習していたはずなのに、軽率な行動をしてキリーにエレンを殺させてしまいました」
「……」
「そしてキリーに刃を向けて逆鱗を割ってしまいました。ごめんなさい」
すーっとキリアンの青銀色の瞳から涙がこぼれた。
「痛かったでしょう?」
マークの右手がキリアンの首筋を包む。
その手をキリアンが取り、その指に口づけを落とす。
「傷の痛みより、心が苦しかった。刃を向けられるほど、躊躇なく刺されるほどマークに嫌われたのが辛かった。その後、自分の中にあった愛が無くなったのも……」
「ごめんね」
「いい。全てが私の至らなさのせいだ」
「何人もの人を殺してしまったのはキリーだけの罪じゃない。僕も……僕たち二人の罪だ。死ぬまで贖罪し続けるもの……」
「だから側にいてくれるのか?」
「それもあるけど、キリーを愛しているからだよ」
はっとキリアンは顔を上げ、マークを見た。
「踏みにじられたと思っていたけど、僕の愛は雑草並みみたいだ。この180年キリーの愛を毎日感じていたから」
キリアンの瞳からとめどなく涙が流れる。
「触れても?」
「もちろん」
キリアンの問いにマークはうなづく。
キリアンはぎゅっとすがりつくように、マークを抱きしめた。
「こんなどこにでもいる男だけどいいの?」
「マークがいい。マークじゃなきゃ嫌だ」
その夜、二人は旅に出た。
まるで物語のキリーとマークのように世界中を周り、各地で人助けをし、旅を続けた。
だが、50年後、些細な風邪をきっかけにマークは体調を崩しがちになった。
老体になった二人は旅をやめ、人間の国のあの屋敷に戻り、そこで静かに暮らすようになった。
そうして穏やかな日々が流れた20年後……
マークはキリアンの腕の中で静かに息を引き取った。
そして頑なにマークの亡骸を離さないキリアンを、心配した村人が次の日に屋敷を訪ねたところ……
キリアンも天国へ旅立っていた。
マークを抱きしめたまま。
そんな二人の仲睦まじさに感動した者たちが、二人が入れる大きな棺を作って屋敷の北にある墓地に一緒に埋葬した。
二人の墓の近くには2本の杉の幼木が生えていたが、成長と共に2本の木は融合し1本の連理木となった。
500年たち巨木へと成長した今でもその木は青々と生い茂り、村の観光名所となっている。




