第1話「追放と死の森」
登場人物紹介
◇ソウタ
現代日本から異世界へと転生した青年。
生産職という地味な職業ゆえに勇者パーティーから追放されるが、実は素材からあらゆるものを神話級の精度で作り出す規格外の固有スキル、万能クラフトの持ち主。
自身の能力の異常さに気づいておらず、あくまでちょっと手先が器用なだけだと思い込んでいる。
争いを好まず、美味しいご飯と温かい布団、そして平和な隠居生活を何よりも愛する。
◇シロ
死の森の奥深くでソウタに命を救われた伝説の魔獣フェンリルの幼体。
純白の美しい毛並みを持つ。
本来は災厄をもたらすほど強大な存在だが、ソウタの優しさと彼が作る絶品料理に完全に胃袋を掴まれ、忠実で甘えん坊なもふもふの従魔となった。
ソウタに危害を加える者には一切の容赦がない。
◇ルナ
深い森を彷徨っていたところをソウタに保護された精霊狐。
金色の毛並みと複数の尾を持つ美しい幻獣。
高い知能と強大な魔力を持つが、行き倒れていたところをソウタの料理に救われ、そのまま居着いてしまった。
気まぐれだがソウタには懐いており、シロと共に彼のもふもふライフに欠かせない存在となっている。
◇レオン
ソウタを辺境の森に追放した勇者パーティーのリーダー。
見栄っ張りで自己中心的な性格。
ソウタが裏でどれほどパーティーの装備や環境を整え、規格外の支援を行っていたかを全く理解しておらず、彼を役立たずと見下していた。
ソウタを失ったことで徐々にほころびが生じ、悲惨な末路をたどることになる。
鬱蒼と生い茂る針葉樹の隙間から、冷たい風が吹き抜けていく。
足元には枯れ葉が幾重にも積もり、踏み締めるたびにぐちゃりと重い音を立てて沈み込んだ。
空気は湿り気を帯びており、どこか鉄錆のような匂いが鼻腔を突く。
ここは大陸最北端に位置する死の森の入り口だった。
太陽の光すら遮る巨大な樹木が立ち並び、奥からは正体不明の獣の息遣いが微かに漏れ聞こえてくる。
その薄暗い境界線に立ち、金糸の刺繍が施されたマントを羽織る男が、冷ややかな視線をこちらに向けていた。
「お前は今日限りでパーティーから追放だ」
勇者レオンの口から放たれた言葉は、ひどく平板で冷酷だった。
彼の背後には、杖を構える魔法使いや、巨大な盾を背負う戦士たちが並んでいる。
誰もが視線をそらし、沈黙を守ることでレオンの決定に同意を示していた。
『やっぱり、こうなるのか』
ソウタは小さくため息を吐き出し、荷物が詰まった粗末な革袋を肩に掛け直す。
生産職という戦闘に不向きな職業を与えられて以来、いつかはこの日が来るだろうと予感していた。
魔物との戦闘が激化するにつれ、前線で剣を振るうことのできないソウタの存在は、彼らにとって足手まといにしか見えなかったのだろう。
「お前のちまちました道具作りは、もう最前線では役に立たないんだよ」
レオンは顎をしゃくり、森の奥を指差した。
「さっさとその森へ消えろ」
『これまでの装備の修繕や、野営の準備を誰がやっていたと思っているんだ』
胸の奥で喉元まで出かかった反論を、ゆっくりと飲み込む。
彼らの瞳に張り付いた侮蔑の色を見れば、何を言っても無駄であることは明らかだった。
言い争う気力すら湧かず、ソウタは黙って踵のすり減ったブーツの向きを変えた。
「今まで世話になったな」
ソウタの短い別れの言葉に対し、返事は一つも返ってこない。
冷たい風が両者の間をすり抜け、枯れ葉を宙に舞い上がらせるだけだった。
ソウタは二度と振り返ることなく、光の届かない死の森の深部へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
森の中は、外から見るよりも遥かに暗く、そして冷たかった。
湿った土の匂いと、朽ちた木々の放つ独特の香りが混ざり合い、肺を満たしていく。
視界を遮るように伸びる太いツルや、棘を持つ奇妙な植物が、ソウタの行く手を阻んだ。
普通の人間であれば数分と歩かずに方向感覚を失い、恐怖に膝を折る場所だ。
しかし、ソウタの足取りは驚くほど軽かった。
勇者パーティーというしがらみから解放されたことで、肩にのしかかっていた重圧が嘘のように消え去っていた。
『まずは、身を守る武器と野営の準備が必要だな』
ソウタは立ち止まり、足元に転がっていた手頃な太さの木の枝と、鋭い角を持つ黒い石を拾い上げた。
どちらも、ただのゴミにしか見えないその辺の自然物だ。
ソウタは目を閉じ、自身の奥底に眠る力へと意識を向ける。
彼の持つ固有スキル、万能クラフト。
それは素材の性質を理解し、思い描いた形状と機能を与える能力だった。
『丈夫で、よく切れるナイフになってくれ』
両手に握った枝と石に、体内の熱を注ぎ込むように魔力を流していく。
手のひらから淡い青色の光が溢れ出し、素材を包み込んだ。
光の中で物質の構造が滑らかに組み替わっていく感覚が、指先を通して直接脳へと伝わってくる。
木の枝は不純物が削ぎ落とされ、黒曜石のように硬く滑らかな柄へと変質した。
黒い石は極限まで薄く引き伸ばされ、光を透過するほど透明で鋭利な刃へと形を変える。
青い光が霧散したとき、ソウタの手の中には、一本の美しいサバイバルナイフが握られていた。
柄は手に吸い付くように馴染み、刃は月の光を反射して冷たい輝きを放っている。
試しに、目の前にぶら下がっていた腕の太さほどある頑丈なツルに向かって、軽く刃を振り抜いてみる。
抵抗は全くなかった。
刃が空気を裂く微かな音が響いた直後、分厚いツルは音もなく斜めに切断され、ドサリと湿った地面に落下した。
切断面は鏡のように滑らかで、樹液の一滴すら滲み出ていない。
『うん、なかなか良い出来だ』
ソウタは満足げに頷き、完成したナイフを腰のベルトに差し込んだ。
自分が作り出したものが、王国の国宝に匹敵する切れ味を持つ神話級の武器であることなど露知らず、彼はただの便利な道具を手に入れたとしか思っていなかった。
足元を塞ぐ障害物をナイフで滑らかに切り払いながら、ソウタはさらに森の奥へと進んでいく。
木々の隙間から差し込むわずかな光を頼りに、安全に夜を明かせそうな場所を探し続けた。
どれくらい歩いただろうか。
周囲の空気が少しだけひんやりと冷たくなり、微かに水の流れる音が耳に届き始めた。
清らかな水源は、生存において最も重要な要素だ。
ソウタは足早に音のする方向へと向かう。
やがて、密集した木々が途切れ、開けた場所に出た。
そこには、透き通るような青色をした泉が静かに水を湛えていた。
泉の底に沈む白い石がはっきりと見えるほど、水は澄み切っている。
『よし、今日の拠点はここにしよう』
ソウタは革袋を地面に下ろし、大きく背伸びをした。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、肺の奥まで浄化されるような心地よさが広がる。
誰の顔色をうかがうこともなく、自分のペースで生きていく。
それは、彼がずっと夢見ていた穏やかな生活の始まりだった。
泉のほとりに生えている手頃な薬草をいくつか摘み取り、ソウタは夕食の準備に取り掛かる。
乾燥した薪を集め、石を組み合わせて小さなかまどを作った。
万能クラフトで生み出した火打ち石を打ち合わせると、火花が散り、あっという間に薪に火が燃え移る。
揺らめく炎の温もりが、かじかんだ指先をじんわりと温めていった。
静かな森の中に、薪が爆ぜる音と、水が流れる音だけが心地よく響き渡っている。




