エピローグ
警察本部攻略から二週間。
新たな警察組織のもと、居住区は順調に復興しつつあった。
その賑やかな声を聞きながら、俺達は荷物をまとめている。
「アリスも町の人たちも、皆これからも幸せに暮らしていってほしいね」
「そうだな」
新たな体制への移行はスムーズに進んだ。
俺達は警察本部を攻略したその後、あまり内政干渉に積極的ではない自衛官たちを連れて、もう一度警察本部前まで戻ってきた。
「確かにここの本部長がしてきたことは許せんが、これは我々の仕事の管轄外だし、警官たちに反対されたら何も言い返せないよ」
始めてここに来た時に会った、50代くらいの自衛官はけっこう偉い人らしく、こうして部下を連れて一緒に来てもらっているが、子供の駄々にいやいや付き合う大人といった感じだ。
それも当然である。
自衛官に悪人を逮捕する権利などは与えられていないし、不当拘束されている居住区内の人間を解放してやる義理は無い。
それに居住区内を任されている警官たちから反抗されることは明白なのだ。
本部長がどれだけ悪事を働いていたとしても、それをとがめ、逮捕する権利を持つのは警察であり、一自衛官にはそんな権利は無い。
私腹を肥やし現状に満足している警察が、そのトップである本部長を逮捕しろという要請を聞くわけもないので、端的に言えばこれは自衛官にとってただの無駄足なのである。
そんなわけで自衛官の方々には渋々ついてきてもらったわけだが、警察本部前に行くと状況は変わった。
「あ、あんたら自衛官か? 助けてくれ!」
「どういうことだ!」
焦る警官に事情を聞くと、どうやら警察本部の建物内で魔犬が大暴れしているらしい。
本来警官を襲わないはずのその魔獣たちの反逆に、警察はパニック状態になっているという。
「分かった。建物内の鎮圧に協力しよう。ただし、その後色々聞きたい話があるが、協力してもらえるね?」
「......分かった」
そこからはスムーズに事態が進んだ。
自衛隊とともに建物内に突入。
魔犬達は俺達の前にロクな抵抗もせずに鎮圧された。
この一件で警察は自衛隊に大きな貸しを作ったこととなったため、彼らの内政干渉を受け入れざるを得なくなった。
また、警察組織自体、この一件で死者、負傷者共に多数だしたため、抵抗するほどの力が残っていなかった。
自衛隊の捜査により、この居住区の警察の腐敗は次々と暴かれることになった。
不当な逮捕、理不尽な処刑、食料の独占、そして敵である異世界の者との取引etc......。
居住区内がひどいとはいえ、それがこれほどのものとは思わなかったらしく、そのあまりの腐敗ぶりに自衛官たちは目を丸くした。
そして一連の事件は自衛隊から警視庁へと話が通り、この居住区の警官全員の逮捕と、代わりの警官たちの派遣が決定。
数日後に代わりの警官たちが派遣され、新しい体制のもと徐々に復興、そして今に至るというわけである。
「アリスも家族と再開出来て、ほんとうに良かったなぁ」
美樹がまとめた荷物を眺めながらしみじみと言った。
アリスが両親と再開したのは本部攻略の翌朝。
収容所から解放されたご両親は二人ともひどくやつれてしまっていたが、家で待っていたアリスを見つけるなり、二人して駆け寄っていった。
家族三人で抱き合いながら喜び合う姿は、俺達の苦労全てを吹き飛ばして余りあるほどの充実感をくれた。
その後、三人からは何度も何度も感謝の言葉をかけられ、家にも当面泊めてくれると言ってもらったが、家族水入らずの時間を邪魔するわけにもいかず、営業を再開したホテルで今日までの二週間ほど過ごしていたのであった。
この二週間の間も、アリスとは暇な時間を見つけては遊んでいたので、もうすぐ別れなければいけないのは寂しいが、それは仕方ない。
「皆、荷物はまとまった? そろそろ行きましょう」
部長の言葉とともに、俺達はホテルを後にした。
居住区の境となる門の前、そこには見慣れた顔があった。
アリスだ。ご両親もいる。
アリスは今にも泣きそうな顔をしていた。
「本当に行っちゃうんだ......。ねぇ次はいつ会えるの」
「う~ん、難しいな。でもきっといつか、アリスが大人になるころには会えるよ」
沙耶が笑顔で、だが寂しさが隠しきれていない顔で答えた。
おそらくもう二度と会うことは出来ない、俺達はみなそう思っていた。
なんせこのご時世だ。
お互い、明日も生きている保証はどこにも無い。
それでも、俺達は出ていかなければならない。
出ていくことを決めたきっかけは、再び魔法であった。
警察本部に残された跡や監視カメラの記録、生き残った警察の証言(運悪く俺達が気絶させた警官は生き残ってしまった)、それらから俺達が魔法を使えるのではないかという疑惑は、自衛官や新たに派遣された警察の間では、あっという間に広まっていった。
そしてそれはいつしか一般市民の耳にも入っていった。
市民からは大いに褒めたたえられた。
ふらりと現れた謎の少年少女五人組が町を苦しめていた強大な力を持つ悪代官を討つ。
この英雄譚は悲劇を乗り越え復興をしようとする町民たちを感動させ、大いに奮い立たせたのだ。
俺達をモデルにした銅像を建てようという話も来たが、それは丁重にお断りした。
ともかく、俺達はあの日から、この町の英雄となり、新しい街づくりのシンボルとなったのだ。
前回のように町を迫害されるよりはよっぽどいい。
しかし、これもこれで中々大変なものだった。
だが、そんな浮かれてばかりもいられない。
ある日、例の50代位の自衛官から呼び出しをくらった。
「君たちはこの町を救ってくれた。それも強大な力を持つ人間に命がけで立ち向かって。まさに英雄と呼ばれるにふさわしい者達だ。心から感謝している」
開口一番、そんな形で褒められた。この人から褒められるのは始めてだったので、俺達は皆内心意外に思いつつも、ありがたく感謝の気持ちを受け取った。
だが......と続ける自衛官の顔は、とても苦悶に満ちた、複雑な顔であった。
「だからこそ君たちに、この居住区を去ることを提案したい」
自衛官の発言をまとめるとこうだ。
俺達は確かに今は英雄として敬われている。
町が復興しようとしているため、そのような景気のいい話でもちきりだ。
しかし、復興がひと段落着いたとき、恐らくこう噂されるだろう。
なぜ彼らは魔法を使えるのだろう、と。
本部長が異世界の者と取引して魔獣と、それをコントロールする道具を得ていたことは警察でも掴んでいるし、町の人間も知っているものが少なからずいる。
ならば彼らの魔法も本部長同様、異世界の者と取引して得た力なのではないか、という疑問が出てもおかしくない。
そうなれば俺達は一気に英雄から人類の裏切者へと地位が転落するだろう。
だからその前に、皆が好意的に見てくれている内にここを出てはどうだ、それが自衛官の提案であった。
そしてそれを俺達は受け入れたのであった。
「ごめんなさいね、私達は命を助けてもらったのに、何も恩返しできなくて」
アリスの母親が頭を下げてくる。
始めてみた時に比べ、かなり顔色もよくなっていた。
こうして今並んでいるところを見ると、やはりアリスとの血のつながりが感じられた。
「いえいえ、食べ物も分けていただきましたし、何より家にお邪魔させていただいていて、こちらこそご迷惑をおかけしました」
部長が社交的な笑みを浮かべつつ対応していた。
さすがお嬢様。
こういう場面には強いのであった。
「巽さん、今まで色々、本当にありがとう。お兄さんみたいで、甘えちゃって......」
アリスからの別れの言葉。
目からは涙があふれ、嗚咽も漏れていた。
美樹はもうお別れを済ましていたのか、目を覆って泣いていた。
一番年も近くて可愛がっていたし、本当の家族のように思っていたのだろう。
そしてそれはアリスも同じの様で、俺達のことを思って泣いてくれている。
ありがたい、本当に。
だから、最後はお兄さんらしい言葉をかけよう。
「アリス、元気でな。こんな時代だけど、逞しく生きて、幸せに生き続けていてくれ」
それが俺達の生きた証にもなる。
名残惜しさも残しつつ、俺達は門をくぐった。
「悪いね、君たち。恩人をこんな形で追い出す形になって」
外では例の自衛官が待ってくれていた。
「いえ、私たちが決めた道ですから」
「そうか。だが最後にこれだけは言わせてくれ。ありがとう、そして君たちの旅路に幸あらんことを」
自衛官が俺の目を見る。
他の皆を見るのとはまた違った、俺の心の底をのぞき込もうとするような目で。
二日前、俺だけが内密に自衛官に呼び出された。
「何の用ですか、俺だけ呼ぶなんて」
俺の問いかけに直ぐには応えず、自衛官は俺の目を見続けた。
その目は、俺の隠し事を見抜こうとする目であった。
やがて、ゆっくりと自衛官は口を開いた。
「......君は、あの日の事件、本部長が死んでいた件と魔犬が檻から出て暴れまわっていた件について心当たりはないかね」
やはり、この件か。
心臓がドクンと跳ねる。
「......知りません」
認めるわけにはいかない。
しかしなおも自衛官は追及して来た。
「自分の罪の追及を恐れて私兵である魔犬を檻から離したところ、その魔犬達は警官の指示に従わない個体であったため、食い殺された。本部長の死はそういうことになって
いる。だが、おかしいだろう? 秘密兵器として温存していた個体だぞ? 普通なら一番信頼している個体のはずだ。それが主人を襲うとは考えにくい。そう思ってひそかに本部長の遺体を調べさせたんだ。酷い有様だったがな。そしたら、警察手帳が見当たらないんだよ。魔獣をコントロールするのに必須の警察手帳が。たまたま警察手帳をどこかに忘れた、そんな簡単なミスを犯すかね」
「......」
冷汗が流れる。
思っていたよりもずっと、疑われている。
「他にもおかしな点がある。部屋にあった血まみれの制服と拳銃。あれは誰のものなんだろうか」
「それは多分飯塚って人じゃないですか。あの部屋で殺されていた」
「それも否定できんな。あの部屋で殺されたとされる飯塚という警官、遺体は見つかっていないが、その人は制服だけを残して魔犬かマンモスだかに食いつくされた。そう考えることも出来るな」
それ以上、そこについての追及はしてこなかった。
しかし話している間もずっと目を見つめ続けられた。
嘘は全て見抜かれていて、自白するのを待っている、そんな気もする。
だが絶対自白するわけにはいかない。
聖域を罪で汚すわけにはいかない。
話を変えたいが、適当なことは言えない、そんな空気だった。
「ところでなんで、俺なんです。俺だけ疑われてるんですか」
「疑っているなんて一言も言っていないが......」
「分かりますよ、その位。雰囲気で。それで、何で俺だけ呼び出されたんですか」
自衛官は腕組をし、じっと考え込み始めた。
何故、ピンポイントで俺だけ疑われているのか。
可能性としては、俺達サバイバル部全員で本部長を殺したとしてもおかしくないはずだ。
自衛官に会いに行くときには、先に向かっていた女三人と合流してから話をしにいった。
そのことから、俺が皆から離れた時間があることはばれていないはず。
なのに何故俺なのか。
自衛官は沈黙の末、遂に口を開いた。
「それは......、君の目が、人を殺した者の目だったからだ」
それはどストレートな言葉。
事実でないなら失礼も甚だしい。
しかし、事実である。
なにか言い繕おうとしても、なにも言葉が出てこなかった。
その様子を、自衛官は何も言わずじっと見ていた。
あぁそうか。
俺は疑われていたんじゃない、すべての事実は暴かれており、あとはそれを認めるかどうか、試されているのだ。
自衛官は俺が本部長を殺し、檻を開けたと確信している。
それも単独で行ったと。
大した人だ。
やはり俺は所詮子供であった。
人生を倍以上経験した大人を出し抜くことなんて出来やしないのだ。
それでも、俺の口から認めることは絶対出来ない。
「......酷い言われようですね。でも、俺は何も知りません」
「......そうか」
それ以上、事件について追及してこなかった。
ただ、別れ際に一言だけ声を掛けられた。
「巽君、罪の意識は、誰かに裁かれて始めて消すことが出来るようになるんだ。誰にも言わずに抱え込んだ罪は消せない。それはとても辛いことだ。時には罰せられ、裁かれる方が楽なことだってある。償いが救いになるんだ。君が歩こうとするのは辛くて苦しい道だ。そこには救いも正しさも無い。それでいいのかね」
「......構いません」
旅立ちの前に向けられている目に、俺はどう映っているのだろうか。
それを問うことは出来ない。
罪を忘れ、お気楽な普通の高校生のように振る舞う姿はあまりにも異常だろうか。
だが俺は、この聖域にいる間だけは、ただの高校生として生きたい。
終わるその日まで。
そんな秘めたる思いを抱いて、俺は皆と共に居住区を背にして再び歩き始めた。
異世界に侵され、今にも平和が崩れ落ちそうな世界の中を。
目的地の無い、終わりも見えない放浪は続く。
せめてその放浪の最後には、幸せがあると信じて。
第二章 支配の町・完




