読書の作法
優奈は、本の世界に引き込まれていた。
本を読んでいると、心がとてつもなく落ち着き、周りの音など、雑音にすぎなくなる。
もっとも、今読んでいる推理小説と言うのは、文学としての価値はそれほど高くはない。
学校には、あまりいい文学作品はないから、仕方ないというべきか・・・。
今読んでいるのは、シャーロックホームズシリーズの『恐怖の谷』だ。次第に、この世界に引き込まれていく。
運動場に出ればよいものを、教室内で騒いでいる男子の声も、雑音になったかも思うと、気が付いたら、聞こえなくなっているのだ。
聞こえるのは、ホームズとワトスンの声だけである。
「このどこまでも平和な雰囲気に包まれていると、手足をだらしなく伸ばした血まみれの死体が転がった暗い書斎のことは、脳裏から消えるか、ただの奇妙な悪夢に過ぎないと思えるだろう。」
この、小説ならではの、醍醐味は、双子の妹の優花には、理解できないらしい。
「私がその場所に近付いた時、声がするのに気付いた。男が低い声で何か話すと、女性の笑い声が、小さなさざなみのようにその声に答えた。」
綺麗な、庭における、鮮やかで、淡い感じのする光景が、目に浮かぶ。
全身が、幻想的な、淡い感覚に包まれるのだ。
ワトソンは、現実に戻った。
「私は不機嫌な顔で彼について行った。私は心の目ではっきりと、床に横たわったボロボロの死体を見る事が出来た。あの惨劇からほとんど時間が経っていないのに、彼の妻と最も親しい友人は一緒に、ここ、かつて彼のものであった庭の茂みの後ろで談笑していたのだ。」
優奈を現実に戻したのは、一人の美少女であった。
「ねえ、優奈、シャーロックホームズの本で、どうしても、理解できない言葉があるんだけど?」
語彙の少ない小学生が、小説を読むときに、理解できない単語があっても、そのまま読み進めるのが、当たり前なのだが、樹依莉にはそのような「読書家の作法」は、理解できないらしい。
「辞書で引いたら?」
「あ、そうか。優奈はいつも辞書を引いているんだね。わかった、やってみる。」
アホか。小説を読むときに、辞書を引く馬鹿がいたら、その顔が見たいものだ。これは評論や学術書じゃないんだ。――――そう、内心では思いつつ、読書を続けようとすると・・・・・・・。
「あ、チャイムが鳴ったね。」
笑顔で語る樹依莉に、内心では腹が立っている優奈。
「そうだね。(誰かのせいで、読書が中断された!)」
徐々に、みんな教室に戻ってくる。
やがて、岡本先生が戻ってきた。
「みなさん、今日は宿題は無しです!」
最初に、岡本が宣言すると、クラス中から歓声が上がった。
「しまったああ~~~~~~~!!!!!!!!!!」
これは、家についてからの岡本先生。
「よく考えると、明日から三連休じゃないかあ!!!!!!三連休で宿題なしにする、『優しい』先生がどこにいるんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「樹依莉、よかったね!」
『うん!宿題もないから、安心して、お兄ちゃんの泊まっているホテルを、覗きに行けるよ!』
大倉花音は、家に帰ると、早速、携帯のビデオチャットで樹依莉と話していた。
「弘樹さんはもう出発しているの?」
『うん。お兄ちゃんはもういったよ。明日は、花音も来るよね?』
「行くよ!何時にどこに行けばいいの?」
『朝九時に、西袖木駅で待ち合わせ!!』
「わかった!!そこから、朱雀駅まで行くんだね。」
『そう。朱雀駅から朱雀ホテルまでは、すぐだから!!』
親も知らない間に、二人は勝手に、芸能人の結婚式会場に忍びこもうとしていた・・・・。