87話:怖いか
朝の空気が、わずかに震えていた。
索敵塔。
見張りの青年が、遠眼鏡を握る手に力を込める。
「……来る」
隣の索敵班が通信機へ手を伸ばした。
『北東方向、大型反応五!』
村全体へ緊張が走る。
『分類……アースドラゴン!』
市場の喧騒が止まる。
農地で作業していた人々が空を見る。
子供たちを抱えて家へ戻る母親たち。
自警団が動く。
防衛団が走る。
だが。
混乱はなかった。
それが、この村の成長だった。
中央管理棟。
セレスが即座に地図を広げる。
「進行方向は?」
『北東平原!』
「予測到達まで十五分」
声が飛ぶ。
「土属性班、北東壁準備!」
「索敵班、五属性共有!」
「解体班待機!」
村が動く。
誰か一人ではない。
全員が役割を理解している。
それを見ながら、グロマールは静かだった。
焦りがない。
恐怖もない。
ただ確認する。
「数は五体か」
アースドラゴン。
ブレスは持たない。
だが。
強い。
巨大な肉体。
岩のような鱗。
圧倒的な重量。
普通の騎士団では討伐対象。
それが五体。
以前なら、村ごと消えていた。
だが今は違う。
マイクが笑う。
「またデケぇの来たな」
ミレナが剣を握る。
「準備は?」
「できてる」
短い会話。
そこへレイナも来る。
「拘束補助入る」
グロマールが頷く。
「無理はするな」
レイナは静かに頷いた。
その頃。
村の外。
地響き。
巨大な影が現れる。
アースドラゴン。
全長十メートル級。
茶褐色の重装鱗。
一歩ごとに地面が沈む。
獣人の青年が息を呑む。
「……本当にドラゴンだ」
隣の元王国騎士が低く言う。
「普通は軍が出る相手だ」
だが。
誰も逃げなかった。
理由は単純。
訓練してきた。
準備してきた。
そして。
勝てる形を学んできた。
グロマールが通信を飛ばす。
「正面から削るな」
即座に全班共有。
「拘束優先」
それが、この村の戦い方だった。
無理に力比べしない。
構造で勝つ。
アースドラゴンが突進する。
地面が割れる。
だが次の瞬間。
水属性班。
大量の水が前方へ流された。
さらに。
氷結。
地面が一瞬で凍る。
巨大なドラゴンの足が滑った。
そこへ。
土属性班。
石杭。
土鎖。
岩壁。
進行方向を強制制御。
さらに。
索敵班。
五属性索敵。
筋肉収縮。
視線。
重心。
全部共有。
『右前足、次に来る!』
『左旋回!』
『今!』
闇属性班が動く。
影拘束。
黒い影が地面から伸び、ドラゴンの脚へ絡みつく。
さらに土拘束。
重量級拘束術。
アースドラゴンが咆哮する。
だが。
止まった。
その瞬間。
マイクが突っ込む。
身体強化。
筋肉強化。
氷槍。
巨大な氷塊がドラゴンの脚へ撃ち込まれる。
完全破壊ではない。
狙いは体勢崩し。
「倒れろ!」
氷と重量でバランスを崩す。
さらに索敵班が足元を凍らせる。
一体転倒。
そこへ。
ミレナ。
剣聖。
風のように走る。
首。
関節。
筋。
全部見えている。
アースドラゴンが暴れる。
だが遅い。
ミレナの剣が光る。
光属性付与。
一閃。
巨大な首が宙を舞った。
周囲が息を呑む。
「……速ぇ」
元騎士が震える。
ミレナは止まらない。
二体目。
拘束済み。
土と闇で完全制限。
そこへ踏み込む。
首筋。
一点。
切断。
巨大な頭部が落ちる。
血飛沫。
土煙。
歓声。
村人たちが叫ぶ。
「押せる!」
「いける!」
恐怖が変わっていた。
以前は逃げるしかなかった。
今は違う。
戦える。
勝てる。
教育とは、それだった。
戦場後方。
ピーターが回復班を動かす。
「無理しないで!」
ミネルバが浄化魔法を展開。
恐怖で硬直した子供を落ち着かせている。
戦場だけじゃない。
後方も育っていた。
十五分後。
最後のアースドラゴンが崩れ落ちた。
静寂。
そして。
歓声。
「勝ったぁぁ!!」
五体。
ドラゴン。
それを村単位で討伐した。
死者なし。
重傷者わずか。
元王国騎士たちが呆然としていた。
「……化け物の村だ」
違う。
化け物ではない。
積み上げた結果だった。
その頃。
解体班は既に動いていた。
早い。
完全分業。
皮。
骨。
爪。
牙。
肉。
魔石。
即座に分類。
ドラゴン素材。
超高級品。
鍛冶師たちの目が輝いていた。
「この鱗なら盾が化けるぞ……」
「骨槍も作れる」
「魔石がデカい!」
職人たちが騒ぎ始める。
彼らもまた、この村で育った。
技術。
役割。
誇り。
全部持ち始めている。
夕方。
市場中央。
巨大鉄板。
料理班が集まっていた。
アースドラゴンのステーキ。
分厚い。
脂が多い。
だが。
魔力循環処理。
さらに蒸気加熱。
高火力。
肉繊維を壊す。
香りが広がる。
ドワーフが目を見開いた。
「やべぇ匂いだぞ……」
焼き上がる。
塩。
香草。
魔力ソース。
肉汁が溢れる。
一口。
沈黙。
そして。
「うまっ!?」
市場が爆発した。
獣人が肉へ齧りつく。
エルフが珍しく無言。
ドワーフは酒を持ち出している。
子供たちまで笑顔だった。
ドラゴンすら、この村では循環へ変わる。
恐怖で終わらない。
資源になる。
文化になる。
それが、この村だった。
夜。
見張り塔。
静かな風。
村の灯り。
遠くで笑い声がする。
グロマールは外を見ていた。
隣にはミレナ。
二人きり。
少し沈黙。
ミレナがぽつりと言う。
「……昔なら怖かった」
グロマールは黙って聞く。
「ドラゴンなんて聞いたら、終わりだと思ってた」
当然だった。
普通はそうだ。
ミレナは視線を落とす。
「でも今は違う」
下では村人たちがドラゴン肉を食べて笑っている。
鍛冶師は武器の話をしている。
解体班は次の加工を考えている。
誰も絶望していない。
それが異常だった。
グロマールが静かに聞く。
「怖いか」
ミレナは少し考える。
怖くないわけじゃない。
死ぬかもしれない。
失うかもしれない。
でも。
それ以上に。
守りたい。
この景色を。
この村を。
だから。
ミレナは小さく笑った。
「……怖い」
正直な答えだった。
そして。
続ける。
「でも、一人じゃないから」
風が吹く。
グロマールは何も言わなかった。
それでも。
ミレナは少しだけ安心していた。
隣にいる。
それだけで、前へ進める気がした。




