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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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52/322

52話:数字

朝の空気は冷えていた。


霜が畑の端を白く染める。


収穫を終えた土地には、次の季節へ向けた整備が進んでいた。


土を耕す者。


水路を確認する者。


家畜を世話する者。


紡織工房では、朝早くから機織りの音が響いている。


以前なら冬は“死を待つ季節”だった。


食料不足。


病。


寒さ。


栄養失調。


辺境村にとって冬とは、削られる時間だった。


だが今は違う。


倉庫には穀物がある。


干し肉がある。


酒がある。


塩漬け野菜がある。


食料充足率百五十%。


グロマールが作った農業革命は、村の構造そのものを変えていた。


そしてもう一つ。


数字。


それが村を変え始めていた。


中央広場。


村人たちが集まっている。


その中央には、長机。


帳簿。


木箱。


秤。


そして。


顔色の悪い男が三人。


徴税官たちだった。


昨日、不正徴税を見抜かれた連中である。


逃げ切れなかった。


村側が正式確認を要求し、さらにダグラス商会経由で近隣都市へ照会を飛ばした。


結果。


偽造。


横領。


二重徴税。


全部発覚した。


今日はその確認。


公開の場で。


エバが帳簿を並べる。


「全部押収済み」


「改ざん箇所も確認済み」


村人たちがざわつく。


昔なら理解できなかった。


帳簿なんて、ただの紙だった。


数字なんて“偉い人のもの”だった。


今は違う。


教育が始まった。


計算を教えた。


単価を教えた。


原価を教えた。


利益を教えた。


だから村人たちは、“数字が武器になる”ことを知っている。


ジミーが前へ出る。


服装は以前よりずっとまともになった。


革ベスト。


清潔なシャツ。


帳簿用の筆記具。


それでも目つきだけは昔のままだった。


生き残るために、人を見る目だけで生きてきた男の目。


彼は帳簿を開く。


「さて」


「答え合わせ始めるか」


徴税官が怒鳴る。


「貴様らに何の権限が!」


ジミーが鼻で笑う。


「じゃあ聞くけど」


「何で帳簿が三冊あるんだ?」


空気が止まる。


村人たちがざわついた。


ジミーが一冊目を持ち上げる。


「これ、表向きの帳簿」


次。


「これ、徴税提出用」


最後。


「で、これが本命」


徴税官の顔が青ざめる。


エバが補足する。


「典型的な横領手法ね」


「本来の税額を別帳簿で管理して、差額を抜く」


「しかも古典的すぎる」


村人たちがざわめく。


ジミーが数字を書き始める。


木板に。


炭で。


「例えば酒税」


「正式税率なら銀貨二枚」


「こいつらは銀貨八枚徴収してる」


「差額六枚」


「しかも帳簿上では“輸送損失”扱い」


村人たちが驚く。


ミレナも目を見開く。


「そんな……露骨に?」


エバが肩を竦めた。


「辺境相手だからよ」


「読めないと思ってた」


その言葉が重かった。


読めない。


知らない。


だから奪われる。


この世界は、それが普通だった。


ジミーは続ける。


「布も同じ」


「本来百反」


「帳簿上では七十反」


「残り三十反を横流し」


「しかも市場価格じゃなく、最低価格で処理」


「二重に抜いてる」


徴税官が叫ぶ。


「証拠はあるのか!」


ジミーが笑う。


「あるから言ってんだろ」


帳簿を投げる。


開かれたページ。


そこには数字。


大量の修正跡。


インク違い。


筆跡違い。


さらに。


エバが別紙を出す。


「商会側の控え」


「完全一致」


逃げ場が無かった。


村人たちの視線が変わる。


怒り。


軽蔑。


昔なら泣き寝入りしていた。


今は違う。


理解できる。


だから怒れる。


それが大きかった。


マイクが腕を組む。


「数字って怖ぇな」


ジミーが笑う。


「怖いぞ」


「剣より怖ぇ」


「嘘が全部見えるからな」


その時。


グロマールが静かに口を開いた。


「数字は事実だ」


「感情で歪まない」


短い言葉。


だが重い。


この男は最初から理解していた。


教育が必要だと。


知識が必要だと。


だから教えた。


農業。


物流。


計算。


鑑定。


魔力操作。


全部。


人を強くするために。


ピーターが帳簿を覗き込む。


彼も成長していた。


鑑定スキル。


治癒魔法。


教育。


弱かった少年は、今や村の教師の一人だ。


「ここ……数字飛んでます」


指差す。


徴税官が震えた。


ジミーが笑う。


「お、気づいたか」


「そこな」


「普通なら繋がる桁が消えてる」


エバが頷く。


「帳尻合わせね」


「焦って修正した跡」


ピーターが小さく息を飲む。


理解できる。


以前なら絶対に分からなかった。


でも今は分かる。


知識があるから。


教育があるから。


グロマールは彼を見た。


「成長したな」


ピーターが慌てる。


「ま、まだです!」


「全然……!」


それでも嬉しそうだった。


認められた。


その事実が。


ミネルバが柔らかく笑う。


「頑張ってましたから」


彼女も変わった。


光属性。


治癒。


紡織。


孤児院。


教育。


優しさだけでは人は救えない。


技術が必要。


知識が必要。


彼女はそれを学んだ。


セレスが静かに言う。


「結局、“知らない側”が損するのよね」


「世の中って」


ジミーが頷く。


「だから勉強大事」


村人たちが苦笑する。


以前のジミーなら絶対言わない台詞だった。


徴税官が崩れ落ちる。


「た、頼む……!」


「見逃してくれ……!」


村人たちの目は冷たい。


誰も同情しない。


冬に食料を奪われれば人が死ぬ。


病人が薬を失えば死ぬ。


子供が飢えれば死ぬ。


それを、この男たちはやってきた。


ただ。


グロマールは剣を抜かない。


殺さない。


それが彼の合理だった。


「全部返還させろ」


「被害記録も提出」


「商会経由で領都へ送る」


徴税官が青ざめる。


終わりだった。


不正は全部露見する。


エバが静かに言う。


「多分、上も切り捨てるわね」


「尻尾として」


ジミーが肩を竦める。


「まあ当然だろ」


「無能だし」


村人たちから笑いが漏れる。


空気が軽くなる。


恐怖が消えていた。


昔は役人が来るだけで怯えていた。


今は違う。


戦える。


知識で。


構造で。


数字で。


グロマールは空を見る。


冬空。


冷たい。


だが村は暖かい。


人が動いている。


学んでいる。


成長している。


循環している。


ミレナが横に立つ。


「……変わったな」


「村」


グロマールは頷く。


「人は環境で変わる」


それだけだった。


才能ではない。


教育。


栄養。


安全。


知識。


それが人を育てる。


村人たちが笑う。


鍛冶場の音。


機織りの音。


子供の声。


帳簿を学ぶ声。


かつて貧困と病に沈んでいた辺境村は、今。


数字で世界と戦い始めていた。







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