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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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51話:徴税官

冬が近づいていた。


空気は冷たい。


だが、村の中には熱があった。


鍛冶場では鉄が打たれ、紡織工房では布が織られる。


酒蔵からは発酵の香り。


浴場には湯気。


学校では子供たちの声。


以前の辺境村には存在しなかった光景だった。


村人たちの顔色も違う。


栄養状態が変わった。


頬が痩せこけていた子供は肉付きが良くなり、青年たちは肩幅が広がった。


女たちは肌に艶が戻り、目に力が宿る。


病も減った。


死が日常だった頃とは、もう違う。


環境が変わる。


人が変わる。


グロマールは、それを静かに見ていた。


村の中央広場。


ジミーが木箱を確認している。


「酒樽二十七、布四十六、石鹸百二十……」


異常だった。


辺境村の取引量ではない。


既に小規模商会レベル。


横でエバが帳簿を見ている。


ダグラス商隊の再訪以降、彼女は半ば常駐状態だった。


年齢は二十代半ば。


栗色の髪を後ろで束ね、細い眼鏡を掛けている。


商人らしく、視線が鋭い。


数字を見て生きてきた女の目。


最初は辺境村を甘く見ていた。


今は違う。


むしろ恐れている。


この村の成長速度を。


エバが帳簿を閉じる。


「普通じゃないわね」


ジミーが笑う。


「だろ?」


「俺も最近わけ分かんなくなってきた」


酒。


布。


石鹸。


鉄製農具。


全部売れる。


しかも品質が高い。


辺境村の商品じゃない。


王都商会クラス。


ジミーは最初、“弱者のズルさ”だけで生きていた。


誤魔化し。


相場読み。


立ち回り。


だが今は違う。


教育された。


学んだ。


鑑定スキルも覚醒した。


だから見える。


品質。


原価。


市場。


物流。


全部。


グロマールが作った環境が、彼を育てていた。


その時だった。


見張り台の鐘が鳴る。


短い。


警戒ではない。


来客。


マイクが顔を上げる。


「また騎士か?」


防衛隊が動く。


以前のような恐慌は無い。


確認。


配置。


避難。


全部訓練済み。


門が開く。


現れたのは五台の馬車。


武装兵。


豪華な衣服。


中央には、腹の出た男。


金刺繍入りの外套。


脂汗。


目が嫌らしい。


エバが顔をしかめた。


「……徴税官」


空気が変わる。


村人たちの表情が曇る。


税。


その言葉には、昔から恐怖が染みついている。


奪われる。


持っていかれる。


生きる分すら残らない。


この世界の税は、支配の道具だった。


男が降りる。


鼻を鳴らした。


「辺境にしては立派だな」


「儲かっているらしいじゃないか」


後ろの兵士たちが笑う。


見下した笑い。


村人たちの目に怒りが浮かぶ。


だが、以前のように感情だけで飛び出さない。


学んだからだ。


相手を。


構造を。


グロマールが前へ出る。


「用件は」


徴税官が紙を広げる。


「領主様からの徴税命令だ」


「酒税、布税、鉄税、交易税、通行税、設備税、防衛税」


次々読み上げる。


異常だった。


普通の三倍以上。


いや。


存在しない税まで混じっている。


マイクが眉をひそめた。


「なんだそりゃ」


徴税官は笑う。


「知らんのか?」


「新設だ」


嘘だった。


エバの目が細くなる。


彼女は理解した。


これは“個人的搾取”。


徴税官が勝手に盛っている。


辺境だからバレないと思っている。


ジミーが静かに紙を見る。


その瞬間。


頭の中で鑑定が走る。


数字。


相場。


税率。


市場価格。


全部繋がる。


不自然。


ありえない。


すぐ分かった。


「……あぁ」


ジミーが笑う。


薄く。


危険な笑み。


「やってんなぁ」


徴税官が眉を動かす。


「何だ?」


ジミーは紙を指差す。


「酒税率が王都基準の四倍」


「しかも去年廃止された旧戦時税まで混ざってる」


「布税も二重計上」


「設備税って何?」


「あと通行税、この村まだ街道認定されてねぇよな?」


空気が止まる。


徴税官の顔が変わった。


エバが続ける。


「書式も違うわね」


「印章位置が古い」


「これ、正式書類じゃない」


兵士たちがざわつく。


徴税官が怒鳴る。


「黙れ!」


だがもう遅い。


村人たちが理解し始める。


不正。


搾取。


騙される側ではない。


見抜ける側になった。


それが大きい。


ジミーが肩を竦める。


「雑なんだよ」


「辺境だから分かんねぇと思った?」


「ナメすぎ」


徴税官の顔が赤くなる。


「貴様ァ!」


剣を抜こうとする。


その瞬間。


マイクたち防衛隊が前へ出た。


剣技。


槍技。


弓技。


既に覚醒済み。


以前の農民ではない。


兵士たちが怯む。


ミレナも立つ。


静かな圧。


前回、騎士団を叩き潰した女。


その噂は既に広がっていた。


徴税官も知っている。


だから顔が青ざめる。


セレスが小さく笑った。


「悪いことって、頭悪い人がやるとすぐバレる」


徴税官が後退る。


「こ、これは正式な……!」


エバが紙を取り上げる。


確認。


一瞬。


そして断言した。


「偽造ね」


「しかもかなり低レベル」


村人たちがざわつく。


怒りが広がる。


昔なら騙されていた。


奪われていた。


だが今は違う。


教育。


知識。


商売。


数字。


それを学んだ。


環境が変われば、人は騙されなくなる。


グロマールが徴税官を見る。


「帰れ」


静かな声。


それだけで圧力があった。


徴税官は震える。


「わ、私は領主直属だぞ!」


マイクが笑う。


「だから何だ?」


「不正してる時点で終わってんだろ」


兵士たちも理解していた。


分が悪い。


しかも。


この村は危険だ。


以前の騎士団の件がある。


下手に刺激したくない。


徴税官が叫ぶ。


「覚えていろ!」


典型的な捨て台詞だった。


ジミーが呆れる。


「小物すぎる……」


馬車が慌てて去っていく。


泥を跳ね上げながら。


村人たちは静かに見送る。


歓声はない。


ただ。


理解していた。


自分たちは変わった。


もう騙されない。


数字を読める。


構造を理解できる。


それは剣より強い。


エバが息を吐く。


「……本当に異常ね」


グロマールを見る。


「普通、辺境村は税の意味すら知らない」


グロマールは短く答える。


「知らなければ搾取される」


それだけ。


単純な話だった。


知識がない。


だから奪われる。


学べば変わる。


環境が人を育てる。


この村は、その証明だった。


ジミーが笑う。


「いやぁ」


「数字読めるって楽しいな」


「相手の嘘、全部見える」


エバも苦笑する。


「商人向きよ、完全に」


ミレナは少し離れた場所で、その光景を見ていた。


昔の村なら終わっていた。


泣き寝入り。


搾取。


絶望。


それが普通だった。


今は違う。


みんな戦える。


剣だけじゃない。


知識で。


技術で。


商売で。


守れる。


彼女はグロマールを見る。


この男が循環を始めた。


だから村が変わった。


だから人が育った。


セレスが横に来る。


「見すぎ」


ミレナが慌てる。


「み、見てない」


「はいはい」


セレスは笑う。


全部分かっている。


ミレナの感情も。


グロマールの不器用な優しさも。


全部。


村には笑い声が戻る。


鍛冶場の音。


工房の声。


酒蔵の香り。


人の営み。


平和は、“何も起きないこと”ではない。


自分たちで守れる状態。


それを、この村は手に入れ始めていた。







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