306話:大学開校
共和国中央都市ベルセリア。
夜明け。
巨大鐘が鳴り響く。
低く。
重く。
都市全体へ広がっていく。
中央大通り。
無数の人々が歩いていた。
教師。
学生。
農民。
工員。
治癒師。
商人。
兵士。
そして。
各国視察団。
共和国中央大学。
本日。
正式開校。
世界初。
本格高等教育機関。
その誕生の日だった。
巨大校門。
白石建築。
魔導灯。
巨大紋章。
共和国の象徴。
『知識は共有されるほど強くなる』
門前。
人々が足を止めていた。
あまりにも巨大。
あまりにも異様。
大学。
それは本来。
王族。
大貴族。
聖職者。
極一部だけが持つ特権。
この世界の常識だった。
共和国は違う。
門が開く。
同時に。
学生達が入っていく。
元孤児。
元奴隷。
元農民。
元兵士。
元商人。
元浮浪児。
全部いる。
共和国では、
出自が入学資格じゃない。
能力。
努力。
継続。
そこだけ。
帝国貴族子弟達が言葉を失っていた。
若い帝国伯爵令息が呟く。
「……嘘だろ」
隣の侯爵家令嬢も目を見開く。
「同じ教室に入れる気ですの……?」
前方。
泥付き作業靴の青年が歩いている。
農民出身。
その隣。
帝国貴族。
さらに隣。
元奴隷少女。
全員普通に並んでいた。
世界常識。
完全崩壊。
中央講堂。
巨大空間。
数万人収容。
天井へ魔導照明。
壁面へ歴代教育記録。
農業理論。
物流理論。
魔力循環理論。
共和国文明そのものが刻まれている。
学生達が席へ座っていく。
誰も身分席を作らない。
帝国貴族達が戸惑う。
「席指定は……?」
共和国案内教師が首を傾げる。
「自由ですが?」
さらに衝撃。
帝国では。
座席順ですら身分だった。
共和国では違う。
「学ぶ場所」
それだけ。
元奴隷少女が緊張しながら座る。
隣へ。
帝国公爵家子弟が来た。
少女が慌てて立とうとする。
公爵子弟が普通に言う。
「座ってください」
少女が固まる。
理解できない。
帝国貴族が、
自分へ普通に話した。
共和国では。
それが起きる。
なぜなら。
教師が全員へ教えてきた。
「能力と人格を見ろ」
だから若い世代ほど変わっている。
壇上。
ピーターが現れた。
静寂。
共和国中央大学初代学長。
かつて泣き虫だった少年。
今や世界教育革命の中心人物。
全員が立ち上がる。
帝国貴族達すら無意識に息を呑む。
空気が違う。
威圧ではない。
積み上げた信頼。
それが見える。
ピーターが静かに口を開いた。
「共和国中央大学へ、
ようこそ」
静かな声。
でも。
巨大講堂全体へ通る。
「ここは、
身分を学ぶ場所ではありません」
「人を支える技術を学ぶ場所です」
学生達が真剣に聞く。
「農業」
「物流」
「治癒」
「工業」
「索敵」
「教育」
「全部、
人を生かすために存在しています」
そこが共和国。
支配の学問じゃない。
循環の学問。
帝国貴族子弟達が戸惑う。
彼らは今まで。
「支配方法」を学んできた。
共和国は違う。
「支える方法」を教えている。
ピーターが続ける。
「共和国は、
天才だけを求めません」
「継続できる人を求めます」
「次を育てる人を求めます」
静かな空気。
でも。
全員が聞いていた。
元兵士の青年が拳を握る。
昔。
戦場で使い捨てられた。
今。
大学へいる。
元孤児の少女が涙を堪える。
昔。
文字も知らなかった。
今。
大学生。
共和国は、
人生の前提を変えてしまっていた。
中央図書館。
開館。
巨大扉が開く。
その瞬間。
各国視察団が絶句した。
本。
本。
本。
無数。
農業。
建築。
物流。
薬学。
治癒。
索敵。
工学。
魔力循環。
全部整理済み。
誰でも閲覧可能。
帝国学者が震える。
「国家機密ではないのか……?」
共和国司書教師が普通に答えた。
「共有した方が発展しますので」
価値観崩壊。
帝国では。
知識は権力。
共和国では。
知識は循環資源。
だから強い。
北方同盟視察官が本を手に取る。
「魔力循環初等理論」
震える声。
「これ、
初等教材なのか……?」
共和国では常識。
世界では革命。
農業研究区。
巨大温室。
若い研究学生達が実験している。
土壌分析。
病害観測。
水循環管理。
魔力循環農法。
全部研究対象。
元農民の学生が説明する。
「食料充足率三百%超を維持するには、
土を休ませる必要があります」
帝国貴族学生が呆然と聞く。
農民出身が。
貴族へ講義している。
世界が逆転していた。
工業研究区。
蒸気。
熱。
紡織機械。
巨大機構。
工員出身学生達が改良案を議論している。
「ここを軽量化した方がいい」
「魔力循環効率が落ちる」
「熱膨張考慮しろ」
共和国では。
現場経験者が大学へ入る。
だから理論だけじゃ終わらない。
実用化速度が異常。
帝国工学視察団が青ざめる。
「……これ、
十年で追いつけるか?」
誰も答えない。
なぜなら。
共和国は今も進化中。
中央治癒研究区。
白衣の学生達。
病理研究。
感染研究。
衛生研究。
ミネルバが見守っていた。
優しい目。
でも芯は強い。
若い学生が質問する。
「なぜ共和国は、
ここまで病気を減らせたんですか?」
ミネルバが静かに答える。
「治療だけではなく、
生活を変えたからです」
「水」
「栄養」
「衛生」
「休息」
「全部繋がっています」
学生達が真剣に頷く。
共和国治癒理論。
それは、
生活文明そのものだった。
中央索敵研究棟。
リシェルが講義している。
巨大魔導地図。
無数の光点。
索敵網。
共和国全域へ繋がっている。
学生達が驚愕していた。
「これ、
全国観測ですか……?」
リシェルが普通に答える。
「そうよ」
「迷子も遭難も、
昔より激減したわ」
帝国軍視察官が顔を引き攣らせる。
「軍事利用可能では……?」
リシェルが笑う。
「できますよ」
「でも共和国は、
生活優先です」
そこが恐ろしい。
軍事転用可能技術。
でも。
先に民へ使う。
共和国文明の異常性だった。
夕方。
中央庭園。
学生達が歩いている。
身分関係なく。
普通に会話している。
元奴隷。
帝国貴族。
元農民。
全部混ざっている。
帝国侯爵令嬢が小さく呟く。
「……世界って、
こんな風にも出来たのね」
隣の元孤児青年が笑う。
「共和国来るまで、
俺も知らなかった」
自然な会話。
でも。
昔なら絶対成立しない。
共和国は。
「同じ空間で学ぶ」
それを当たり前へ変え始めていた。
夜。
中央大学。
巨大灯り。
研究棟。
図書館。
講義棟。
全部動いている。
高台。
グロマールが静かに見ていた。
セレスが隣へ来る。
「世界の常識、
完全に壊したわね」
少し笑う。
グロマールは静かだった。
大学灯りを見る。
「壊したわけじゃない」
「必要なくなっただけだ」
短い言葉。
でも。
本質だった。
昔。
身分で教育を独占した。
共和国は違う。
学べる者へ渡した。
だから。
国全体が強くなる。
セレスが小さく息を吐く。
「もう後戻り出来ないわね」
グロマールが頷く。
「ああ」
「知った人間は、
元へ戻れない」
夜空。
巨大大学。
無数の学生灯り。
共和国中央大学。
それは。
世界で初めて。
「人類全体へ開かれた知識機関」
その始まりだった。




