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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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285話:国境消失

共和国暦三年。


旧ベルグラード北部国境。


かつて。


この場所には巨大な壁があった。


見張り塔。


関所。


徴税兵。


槍を持つ兵士。


荷を奪われる商人。


怯える民。


国境とは、

暴力の象徴だった。


通るだけで金を取られる。


気に入らなければ拘束。


貧しい者は殴られる。


弱い者は奪われる。


だから誰も、

国境を好きになれなかった。


だが今。


壁は無い。


関所も無い。


見張り塔すら放棄されている。


しかし。


争いも無かった。


朝。


雪解け水が流れる旧街道。


荷車が静かに進んでいく。


小麦。


布。


薬草。


鉄材。


乳製品。


塩。


かつてなら、

襲撃されていた。


だが今、

商人たちは普通に談笑していた。


「北方行きの薬草だ!」


「南部の小麦、

今日届くぞ!」


「教師団も乗ってる!」


子供たちが走る。


笑い声。


昔の国境には存在しなかった音だった。


旧関所跡。


崩れかけた石壁の前で、

老人が呆然としていた。


元国境兵。


名前はラドム。


若い頃、

ここで税を取っていた。


民を止め。


荷を調べ。


逆らえば殴った。


それが仕事だった。


だが今。


誰も止めない。


誰も奪わない。


それでも街道は回っていた。


むしろ昔より遥かに豊かに。


ラドムは呟く。


「……何故だ」


隣で荷車を引く商人が笑った。


「奪う必要がねぇからだろ」


老人が黙る。


商人は続ける。


「食料が足りてる」


「物流も回ってる」


「教師も来る」


「薬も届く」


「だから争う理由が無ぇ」


簡単な話だった。


昔。


ベルグラード王国では、

不足が支配していた。


食料不足。


知識不足。


薬不足。


仕事不足。


冬を越えられない。


だから奪う。


生きるために。


共和国は逆だった。


余裕がある。


食料充足率七五〇%超。


教師三〇〇〇人超。


転移物流。


農業革命。


衛生革命。


知識共有。


だから奪う必要が消えた。


街道中央。


巨大な荷車隊が到着する。


先頭にいたのは、

共和国物流局職員。


若い女だった。


「北方支援物資到着!」


「識字教材五百部!」


「農具二百!」


「薬草加工セット!」


北方側の民が歓声を上げる。


共和国側も笑う。


国境なのに、

敵意が無い。


昔ならあり得なかった。


北方出身の若い兵士が呆然とする。


「……ここ、

本当に旧国境か?」


隣の共和国兵が肩をすくめる。


「昔はもっと酷かったらしいぞ」


「俺も知らねぇけど」


兵士たちは笑う。


殺気が無い。


共和国兵は、

民を守る訓練を受けていた。


略奪ではない。


治安維持。


恐慌抑制。


避難誘導。


それが今の軍だった。


旧国境村。


そこには新しい学校が建っていた。


石造り。


二階建て。


共和国共通学校。


子供たちが机に向かっている。


共和国側。


北方側。


元王国民。


全部混ざっていた。


教師が黒板を書く。


「読みます」


「“物流”」


子供たちが声を揃える。


「ぶつりゅう!」


さらに。


「“衛生”」


「えいせい!」


窓の外で、

老人たちがその光景を見ていた。


誰も言葉を出せない。


昔。


国境とは、

憎しみを教える場所だった。


今。


知識を共有している。


共和国教師の一人が子供たちへ言う。


「計算できる人は?」


一斉に手が挙がる。


教師が笑う。


「素晴らしい」


北方の老人が震える。


「……こんな時代が来るとは」


隣にいた共和国教師が静かに答える。


「教育があると、

人は変わります」


老人は目を閉じる。


それを北方国家ベルセリアの視察団も見ていた。


兵長ガルム。


聖騎士エルグレイ。


さらに北方文官たち。


全員が沈黙していた。


ガルムが呟く。


「国境が……死んでいる」


違う。


消えていた。


誰も奪わない。


誰も止めない。


それでも成立している。


エルグレイが静かに言う。


「循環国家だからです」


文官が振り向く。


エルグレイは続けた。


「食料を共有する」


「知識を共有する」


「物流を共有する」


「教育を共有する」


「だから奪う意味が消える」


北方文官が苦しそうに呟く。


「そんな事が……可能なのか」


エルグレイは街を見る。


子供。


商人。


教師。


農民。


兵士。


全員が自然に動いている。


無理矢理ではない。


支配でもない。


循環。


「可能だから、

今こうなっている」


その言葉に、

誰も反論できなかった。


共和国中央行政塔。


セレスが報告書を見ていた。


【旧国境紛争:ゼロ】


【食料争奪:消滅】


【物流停止:無し】


【北方交流増加】


【識字率上昇】


静かな部屋。


文官が呟く。


「国境管理費が、

ほぼ不要になっています」


別の文官。


「治安維持費も減少」


「難民問題も縮小」


セレスは淡々と頷く。


予測通りだった。


不足が争いを生む。


余裕が争いを消す。


共和国は、

そこを徹底的に管理していた。


物流。


教育。


食料。


衛生。


仕事。


全部繋げた。


だから崩れない。


若い文官が恐る恐る聞く。


「……つまり」


セレスは資料を閉じる。


「国境って、

結局“不足”の象徴なのよ」


室内が静まる。


「奪われるから壁を作る」


「飢えるから閉じる」


「余裕が無いから争う」


彼女は窓を見る。


共和国の街。


物流が走る。


教師が歩く。


子供が笑う。


「でも循環すると、

壁が意味を失う」


その言葉に、

老文官が息を呑む。


理解してしまった。


共和国が恐れられる理由を。


軍事国家ではない。


侵略国家でもない。


もっと危険だった。


“国境そのものを不要化する文明”


だから帝国は敵対を避けた。


だから北方国家は視察を送った。


そして今。


旧ベルグラード国境は、

静かに消滅し始めていた。







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