238話:教育都市
朝。
循環領。
かつて“辺境”と呼ばれた土地は、
今や世界最大級の教育都市へ変わっていた。
鐘が鳴る。
同時に、
都市が動き始める。
学生。
教師。
商人。
職人。
治癒師。
兵士。
料理人。
農業研究者。
ゴーレム技師。
全員が動く。
巨大な流れ。
しかし混乱はない。
整理されている。
道幅。
物流。
水路。
建物配置。
全部が“学ぶため”に設計されていた。
中央大通り。
そこを、
一団が歩いていた。
ベルセリア王国視察団。
総勢五十名。
先頭を歩くのは、
ベルセリア女王フィリア。
青銀の髪。
静かな威厳。
しかし。
その瞳は驚きで揺れていた。
「……本当に」
「都市そのものが学校なのですね」
隣。
ベルセリア兵長ガルムが腕を組む。
大男。
戦場経験豊富。
その彼が苦笑していた。
「城塞都市かと思って来たが」
「これは別物だな」
さらに後方。
聖騎士エルグレイ。
彼は周囲を見ていた。
子供たち。
普通に歩いている。
しかし。
全員が文字を読める。
掲示板。
地図。
物流表。
予定表。
子供たちが自然に理解している。
エルグレイが静かに呟く。
「兵站速度が違うはずだ……」
「識字率が高すぎる」
そこへ。
循環領側の案内役が現れる。
ミレナ。
セレス。
マイク。
そして数名の教師。
ミレナが笑う。
「ようこそ循環領へ」
フィリア女王が頭を下げた。
国家元首。
しかし驕りはない。
「学ばせてください」
「私たちは遅れています」
その言葉に。
周囲のベルセリア使節団も静かになる。
誤魔化せない。
もう分かっている。
国力差。
その正体を。
戦争ではない。
教育。
それだった。
視察は始まった。
最初に案内されたのは。
中央学校群。
巨大だった。
普通科。
農業科。
工業科。
医療科。
物流科。
料理科。
戦闘訓練科。
索敵研究棟。
魔力循環研究室。
全てが存在する。
しかも。
年齢制限がない。
老人も学んでいる。
子供も学ぶ。
獣人。
ドワーフ。
エルフ。
魔族。
ダークエルフ。
全部いた。
フィリア女王が止まる。
「……差別が」
「ほとんど無いのですね」
セレスが静かに答える。
「差別すると損ですから」
「優秀な人材を捨てる理由がありません」
即答だった。
理想論ではない。
合理。
だから強い。
そこへ。
一人のドワーフ教師が現れる。
鍛冶教師。
筋骨隆々。
しかし穏やか。
「今日の講義は合金比率だ」
「失敗したら炉が爆発するぞ」
学生たちが笑う。
エルフ学生が手を挙げる。
「先生、前回の魔力伝導率との差異ですが」
専門用語が飛び交う。
ベルセリア視察団は黙る。
レベルが高い。
高すぎる。
次。
農業区画。
広大な畑。
水路。
魔力循環型灌漑。
土壌改善。
品種改良。
食料充足率700%超。
ガルムが驚く。
「兵站国家か……」
「いや」
「国家全部が補給基地だ」
案内役の農業教師が説明する。
「農業スキル覚醒者が増えました」
「教育で適性が見つかるので」
「収穫量が安定しています」
ベルセリア側の農務官が震えていた。
「我が国の30倍……」
「いや」
「50倍近い」
さらに。
工業区画。
紡織工場。
服飾工場。
保存食工場。
ゴーレム整備施設。
魔導印刷所。
巨大だった。
しかも。
清潔。
事故率が低い。
教育されているから。
フィリア女王は理解する。
「識字率が高いから」
「技術継承が速い……」
セレスが頷く。
「はい」
「口伝だけでは限界があります」
「記録は強いです」
その瞬間。
フィリア女王は決断した。
立ち止まる。
そして。
静かに頭を下げた。
「お願いします」
「ドワーフやエルフ」
「魔族」
「獣人」
「ダークエルフの皆さまを」
「ベルセリア王国へ派遣していただけませんか」
空気が止まる。
国家元首が頭を下げた。
しかし。
それほど必要だった。
技術。
教育。
循環。
グロマールが静かに答える。
「構いません」
「その代わり」
「学んでください」
「全部」
フィリア女王が頷く。
「はい」
「必ず」
ここから。
国際交流が始まった。
鍛冶師交流。
農業交流。
物流交流。
衛生交流。
料理交流。
索敵交流。
世界が繋がり始める。
午後。
訓練場。
人が集まっていた。
理由。
模擬戦。
ミレナ対エルグレイ。
再戦。
前回。
引き分けに近かった。
今回は違う。
両者。
強くなっている。
開始。
瞬間。
風が裂ける。
ミレナ。
水刃。
氷盾。
高速展開。
対するエルグレイ。
聖騎士剣術。
光属性強化。
完璧な重心制御。
激突。
衝撃。
地面が割れる。
ベルセリア騎士たちが息を呑む。
速い。
速すぎる。
ミレナが水鞭で拘束。
しかし。
エルグレイが光刃で断ち切る。
接近。
斬撃。
防御。
反撃。
数十合。
最後。
エルグレイの剣が、
ミレナの首元で止まった。
静寂。
そして歓声。
ミレナが笑う。
「負けました」
エルグレイも笑った。
「僅差です」
「次は分かりません」
二人とも理解している。
勝敗より。
成長が楽しい。
それが今の循環領だった。
夕方。
狩り部隊。
ベルセリア視察団が同行する。
先頭。
マイク。
巨大な槍。
威圧感。
しかし。
動きは冷静だった。
「右から来るぞ」
索敵教師が即共有。
狩り部隊が展開。
無駄がない。
包囲。
誘導。
拘束。
討伐。
数分。
大型魔物が沈む。
ガルムが呆れる。
「軍隊より統率されてる……」
理由。
教育。
役割理解。
情報共有。
そして。
マイク。
親分スキル。
人を動かす。
理屈ではない。
現場感覚。
誰がどこにいるべきか。
直感で理解している。
討伐後。
即解体。
解体技術交流会が始まる。
ドワーフ解体師。
獣人狩人。
ベルセリア兵。
互いに技術交換。
「骨を傷付けるな」
「血抜きは早く」
「内臓温度を下げろ」
知識が飛び交う。
これも教育。
夜。
歓迎会。
マイクの妻カーラが料理する
循環領名物料理が並ぶ。
煮込み。
焼肉。
保存食応用料理。
発酵料理。
薬膳。
スープ。
ベルセリア使節団が驚いていた。
「うまい……」
「これ兵士飯なのか?」
「栄養設計されています」
料理教師が説明する。
フィリア女王が静かに笑った。
「分かりました」
「この国」
「戦争だけでは勝てませんね」
グロマールが答える。
「戦争する必要が無いのが理想です」
「強ければ」
「人は真似しますから」
その言葉に。
フィリア女王は納得した。
教育都市。
それは。
学校がある都市ではない。
都市そのものが。
人を育てる構造。
つまり。
“環境”そのものだった。
そして。
その循環は。
もう。
世界へ広がり始めていた。




