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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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2話:旅人グロマール

夜明け前の空気は冷たかった。


灰色の雲が空を覆い、村リードルには静かな沈黙が落ちている。


その静けさは安らぎではない。


疲弊だった。


働く力を失い、希望を削られ、声を上げる余力すら残っていない村の沈黙。


家々の煙突から煙はほとんど上がらない。


燃やす薪も、煮る食料も不足していた。


ミレナは村の中央に立ち、井戸を見下ろしていた。


昨日まで濁っていた水が、今は透明になっている。


桶に汲み上げた水を見つめながら、彼女は小さく息を吐いた。


「……本当に浄化した」


隣ではセレスが腕を組んでいる。


「少なくとも、普通の旅人じゃない」


「そんなの見れば分かる」


ミレナの声は硬い。


昨日現れた男。


グロマール。


得体が知れない。


高位魔導士並みの技術を持ちながら、名前を聞いたこともない。


王国の魔導院に所属している様子もない。


それなのに、井戸を一瞬で浄化し、熱病の子供を救った。


常識から外れている。


「怪しいと思ってる?」


セレスが聞く。


「思ってる」


即答だった。


「でも……」


ミレナはそこで言葉を止めた。


否定したい。


警戒したい。


なのに。


村人たちの顔色が、昨日より少しだけ良く見える。


それが厄介だった。


「助かったのは事実」


セレスは静かに頷いた。


「だから余計に危ない?」


「……分からない」


その時、村の入口側から騒ぎ声が聞こえた。


「お、おい! あれ見ろ!」


マイクの声だった。


ミレナとセレスが視線を向ける。


そこには、森から戻ってくるグロマールの姿があった。


片手には巨大な魔物。


いや、正確には“収納されかけている”状態だった。


空間が歪む。


淡い光が広がる。


そして次の瞬間、魔物の死体が消えた。


アイテムボックス。


それも高位空間収納。


ジミーが口を半開きにしている。


「うそだろ……あんなデカいの入るのかよ……」


収納されたのはフォレストボア。


大人五人がかりでも苦戦する大型魔物だった。


それをグロマールは一人で狩った。


しかも服に大きな汚れすらない。


マイクが駆け寄る。


「どうやって倒したんだ!?」


グロマールは短く答える。


「水」


「水?」


「肺を塞いだ」


マイクは理解できず首を傾げた。


だがセレスだけは目を細める。


水属性。


窒息。


内部破壊。


単純な火力ではなく、最小効率で仕留めている。


魔力消費も極端に少ないはずだ。


「……合理的」


セレスが呟く。


グロマールは魔物を解体場へ運ぶ。


正確には、収納から取り出した。


肉。


皮。


骨。


牙。


血液。


内臓。


全てを分けていく。


無駄がない。


まるで作業工程を最初から決めているかのようだった。


ミレナが近づく。


「全部使うの?」


「当然だ」


グロマールは骨を指差す。


「煮れば出汁になる」


皮を見る。


「加工すれば防寒具になる」


牙を見る。


「売れる」


さらに内臓へ視線を向けた。


「乾燥処理すれば保存できる」


村人たちは黙って見ていた。


今までの彼らは、魔物を“危険なもの”としてしか見ていない。


食料が手に入れば良い方だった。


だがグロマールは違う。


資源として見ている。


使えるものを見逃さない。


「……なんでそんなこと知ってるの」


ミレナの問い。


グロマールは解体を続けながら答える。


「生きるためだ」


単純な答えだった。


けれど、それ以上の説得力があった。


ミネルバが近づいてくる。


「手伝います」


「血が苦手じゃないのか」


「苦手です。でも、やらないと」


グロマールは少しだけミネルバを見る。


その視線は評価だった。


覚悟を確認するような。


「なら内臓を洗え。水は使いすぎるな」


「はい」


ミネルバはすぐ動いた。


ぎこちない。


だが逃げない。


その様子を見ていたマイクが鼻を鳴らす。


「俺もやる」


「力仕事を頼む」


「任せろ」


次々に村人が動き始める。


それは昨日までのリードルには無かった光景だった。


誰もが疲弊し、余裕を失い、動く意味すら見失っていた。


しかし今は違う。


作業がある。


役割がある。


グロマールは命令しない。


必要なことだけを言う。


それが逆に、村人たちを自然に動かしていた。


セレスが小さく笑う。


「不思議な人」


ミレナは黙っている。


まだ信用していない。


けれど。


村の空気が変わっているのは事実だった。


昼頃になると、解体された肉が鍋に入れられた。


久しぶりのまともな肉料理だった。


痩せた子供たちが匂いに反応する。


ピーターもその一人だった。


腹を鳴らし、恥ずかしそうに顔を伏せる。


グロマールは鍋を見る。


「塩は」


「少しだけならある」


ジミーが答えた。


「持ってこい」


さらにグロマールは森で採取した草を取り出す。


「それ何?」


ミネルバが聞く。


「香草。臭みを消す」


鍋へ入れる。


香りが変わった。


村人たちが驚く。


肉の匂いが柔らかくなる。


マイクが目を丸くした。


「すげぇ……」


グロマールは鍋を見ながら言う。


「食事は重要だ」


「……それくらい分かってる」


ミレナが返す。


「違う。お前たちは“空腹を埋める”ことしか考えていない」


その言葉にミレナの表情が強張った。


グロマールは続ける。


「栄養。保存。循環。効率。全部足りていない」


厳しい言葉だった。


しかし責めてはいない。


事実を並べているだけ。


「肉を食えば終わりじゃない。骨は出汁。脂は保存。皮は衣類。血も使える」


村人たちは静かに聞いていた。


知らなかった。


そんな発想自体が無かった。


貧困とは、物が無い状態ではない。


“知識が途切れた状態”でもある。


グロマールは、それを理解していた。


「……教育」


セレスが呟く。


グロマールが視線を向ける。


「何?」


「あなた、村を変える気?」


「変わるのは村人だ」


即答だった。


「俺はやり方を教えるだけだ」


その言葉に、セレスは確信する。


この男は支配者ではない。


王でも英雄でもない。


循環を始める人間だ。


その時だった。


突然、村の外から悲鳴が聞こえた。


「きゃあああっ!」


ミレナが反応する。


「森の方!」


マイクが剣を掴む。


グロマールは既に動いていた。


風属性。


索敵。


空気が広がる。


森の気配を読む。


「小型魔狼三体」


「分かるの!?」


「北西。距離二百」


グロマールは地面を蹴る。


速い。


身体強化。


筋肉強化。


魔力循環。


全てが滑らかに繋がっている。


ミレナも剣を抜いて追う。


森の入口。


そこには少女が倒れていた。


魔狼が迫る。


グロマールは片手を上げた。


次の瞬間。


水が走る。


細い水刃。


高速回転。


魔狼の首が落ちた。


続けて風。


圧縮された風刃が二体目を裂く。


最後の一体が飛びかかる。


土属性。


地面が隆起。


石の槍が腹を貫いた。


一瞬だった。


ミレナは言葉を失う。


速すぎる。


迷いがない。


しかも無駄が一切ない。


普通なら大量の魔力を消費する複合魔法。


それをグロマールは呼吸するように使っている。


「……魔力切れは?」


思わず聞いていた。


グロマールは魔狼の血を見ながら答える。


「ならない」


魔力吸収。


周囲から。


敵から。


空気から。


魔力を取り込み、循環させる。


損失がない。


だから尽きない。


実質無限魔力。


常識外れだった。


助けられた少女が震えながら礼を言う。


グロマールは頷くだけだった。


英雄のように笑わない。


誇らしげにもならない。


ただ当然のように助ける。


ミレナはその横顔を見る。


得体は知れない。


怖いくらい強い。


なのに。


不思議と、恐怖より先に浮かぶ感情があった。


「……なんで、そんなに平然としてるの」


グロマールは空を見る。


灰色の雲。


乾いた風。


滅びかけた村。


そして静かに答えた。


「人は、育てれば強くなる」


その声には確信があった。


最初から強い人間など少ない。


環境。


知識。


循環。


それが人を変える。


グロマールは最初から、その前提で世界を見ていた。






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