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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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172話:教育禁止令

南方大陸。


乾いた熱風が、赤茶けた荒野を舐めるように吹き抜けていた。


空は濁り、土は痩せ、街道には骨のように細い人間が並ぶ。


それでも、この国は巨大だった。


南方奴隷国家連合――。


奴隷労働によって農地を広げ、鉱山を掘り、富を積み上げてきた大国家群。


だが、その繁栄は今、静かに崩れ始めていた。


理由は単純だった。


人が逃げる。


ただ、それだけだった。


「まただ……!」


巨大都市ラグナディア。


奴隷管理局。


机を叩いた男の顔には焦りが浮かんでいた。


南方国家ルベインの高官、ガルドス。


四十代半ば。


肥えた腹。


宝石だらけの指。


だが、その目には余裕がない。


「昨日だけで奴隷三百二十七人逃亡! 農地労働者百九十! 鉱山労働者七十八! 織物工房職人五十九!」


部下が震えながら報告書を差し出した。


「ど、どの都市でも同様です……」


「ふざけるな!」


ガルドスは椅子を蹴飛ばした。


紙束が散る。


床に落ちた報告書には、同じ言葉が並んでいた。


■逃亡

■失踪

■集団脱走

■徴兵拒否


そして。


■風魔法放送確認


ガルドスの顔が歪む。


「またか……!」


数ヶ月前。


世界を震わせた放送。


風属性拡声魔法。


大陸規模伝達。


最初は誰も信じなかった。


だが今は違う。


誰もが知っている。


北に行けば食える。


北に行けば学べる。


北に行けば奴隷ではなくなる。


それが広まってしまった。


窓の外。


奴隷街。


かつては俯いて歩くだけだった民衆が、今は違う。


目が死んでいない。


それが恐ろしかった。


「……知ったんだ」


ガルドスは呟く。


「外を知った」


それが全てだった。


希望を知らなければ、人は耐える。


比較対象がなければ、人は従う。


だが今は違う。


風が運ぶ。


声が届く。


世界が繋がってしまった。


「食えないなら来い」


「働く意思があるなら受け入れる」


「学ぶ意思があるなら教える」


その声を。


奴隷たちは夜に聞く。


農地で。


鉱山で。


牢の中で。


涙を流しながら聞く。


そして。


戻れなくなる。


「……危険だ」


ガルドスは低く呟いた。


「教育は危険だ」


部下が黙る。


誰も反論しない。


できない。


もう理解していたからだ。


武器ではない。


軍ではない。


知識が危険なのだ。


文字。


計算。


魔法理論。


それらを覚えた瞬間、人は比較を始める。


なぜ自分は飢えるのか。


なぜ殴られるのか。


なぜ学べないのか。


なぜ支配されるのか。


それを考え始める。


そして。


考え始めた人間は、もう家畜にならない。


「……教育を止めろ」


ガルドスが言った。


「は?」


「全てだ」


冷たい声だった。


「文字教育禁止」


「魔法教育禁止」


「本の所持禁止」


「教師摘発」


「違反者は公開処刑」


部屋の空気が凍った。


「ですが、それでは……」


「理解できんのか!」


ガルドスが怒鳴る。


「このままでは国が終わる!」


沈黙。


重い空気。


やがて。


老人官僚が小さく口を開いた。


「……終わるのは、どちらでしょうな」


全員が老人を見る。


白髪。


痩せた身体。


古い文官服。


名を、ロドメアという。


古参官僚。


長く奴隷管理を担当してきた男だった。


「何が言いたい」


ガルドスが睨む。


ロドメアは静かに言った。


「人を縛る方法は二つしかありません」


「恐怖か、希望です」


「今まで我々は恐怖だけで支配してきた」


「ですが北は違う」


老人の声は震えていた。


恐怖ではない。


理解してしまった絶望。


「……彼らは希望を与えている」


誰も反論しない。


できなかった。


もう現実として起きている。


奴隷が逃げる。


兵士が逃げる。


農民が逃げる。


職人が逃げる。


理由は単純。


北の方が人間扱いされるから。


「だから止める」


ガルドスが言った。


「知識を広める前に潰す」


「教師を殺せ」


「本を焼け」


「魔法教育者を処刑しろ」


「風魔法放送を聞いた者も捕らえろ」


「民に考える時間を与えるな」


命令は即日実行された。


翌日。


南方各地で。


本が燃えた。


学校が壊された。


文字を書いた子供が殴られた。


教師が広場に吊るされた。


都市中央。


石畳の広場。


縄で縛られた女が膝をついていた。


痩せている。


服も粗末。


奴隷階級の女だった。


名前はリア。


三十二歳。


秘密裏に子供へ文字を教えていた。


罪状。


教育。


周囲には大量の民衆。


兵士たち。


処刑人。


そして。


震える子供たち。


リアは泣いていなかった。


代わりに。


子供たちを見ていた。


「先生……」


小さな少女が泣く。


兵士が蹴飛ばした。


「黙れ!」


リアが叫ぶ。


「その子に触るな!」


兵士が顔をしかめる。


「最後まで偉そうな女だ」


リアは笑った。


弱々しい笑顔だった。


「違う」


「やっと分かったの」


「私たちは馬鹿じゃなかった」


広場が静まる。


「教えられなかっただけだった」


その瞬間。


兵士が剣を振るった。


血が舞う。


悲鳴。


子供たちが泣く。


だが。


その目は死んでいなかった。


見てしまったから。


知ってしまったから。


先生は間違っていなかったと。


同じ頃。


北方。


帝国側国境都市。


巨大風塔。


風属性魔法陣が空へ広がっていた。


中心に立つのはエバ。


長い銀髪。


静かな瞳。


彼女は風の流れを読む。


大陸全体へ声を届ける。


背後にはセレス。


そしてジミー。


大量の報告書が並ぶ。


「南方各地で教師狩り開始」


「本焼却」


「教育禁止令確認」


セレスが低く言う。


「……予想より早い」


ジミーが舌打ちした。


「そりゃそうだろ」


「支配側からしたら最悪だ」


「文字覚えた奴隷ほど怖ぇもんはねぇ」


エバは黙って空を見る。


遠い南。


見えない場所。


それでも、声は届く。


「放送、やるの?」


セレスが問う。


エバは小さく頷いた。


「やる」


「今止めたら、あの人たちは一人になる」


風が渦巻く。


巨大魔法陣起動。


空気が震える。


帝国全土。


北方小国。


南方農地。


奴隷都市。


鉱山。


荒野。


世界中へ。


声が流れる。


『聞こえるか』


静かな声だった。


怒鳴らない。


脅さない。


それでも届く。


『学ぶことを諦めるな』


南方奴隷都市。


隠れ家。


痩せた少年が顔を上げる。


涙を流しながら聞く。


『文字は罪じゃない』


『考えることは罪じゃない』


『お前たちは家畜じゃない』


兵士たちが慌てる。


「止めろ!」


「風塔を探せ!」


無理だった。


声は空そのものから響いていた。


『食える場所へ来い』


『学べる場所へ来い』


『生きろ』


その瞬間。


南方各地で。


人々が泣いた。


奴隷。


農民。


兵士。


母親。


子供。


皆、同じ顔だった。


初めて。


自分たちが人間だと言われた顔だった。


遠く北方。


グロマールは静かに報告書を閉じた。


隣にはピーター。


ミレナ。


セレスはいない。


今は前線だ。


「……始まったな」


グロマールが言う。


ピーターが小さく頷く。


「はい」


窓の外。


巨大都市。


学校。


農地。


工房。


病院。


笑う子供。


働く民。


回る物流。


循環。


それを見ながらグロマールは呟いた。


「知識を恐れた時点で、もう負けてる」


支配とは。


無知を固定すること。


教育とは。


その鎖を壊すこと。


だから旧国家は恐れる。


本を。


教師を。


文字を。


魔法を。


考える力を。


だが。


もう止まらない。


世界は知ってしまった。


環境が人を育てることを。







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