134話:保険制度
帝都。
かつて。
ここは“選ばれた者だけの都市”だった。
貴族。
軍。
商会。
巨大宗教。
権力者。
全てが集中し。
民は。
その下で生きるだけだった。
だが今。
帝都は変わり始めていた。
原因は。
教育。
そして。
循環。
魔力循環。
魔力操作。
魔力吸収。
それらは。
単なる魔法技術ではない。
“人間を育てる技術”だった。
帝都中央物流庁。
巨大な石造建築。
そこでは新制度の発表が行われていた。
集まったのは。
商人。
物流業者。
運搬部隊。
護衛団。
地方官僚。
そして。
帝都民。
中央演台へ。
レオハルトが立つ。
隣にはピーター。
さらに。
帝国財務官。
物流長官。
護衛騎士団長。
以前では考えられない顔触れだった。
レオハルトは静かに言う。
「本日より」
「帝国物流補償制度を開始する」
ざわめき。
物流補償。
聞き慣れない言葉。
レオハルトは続ける。
「輸送事故」
「盗賊被害」
「魔物襲撃」
「荷崩れ」
「災害」
「全て記録し」
「被害を補填する」
沈黙。
商人達が固まる。
一人が震え声で言った。
「……補填?」
「荷を失っても……終わらないのか?」
レオハルトは頷く。
「物流は国家の血流だ」
「一度の事故で商人が潰れる構造は弱い」
「だから守る」
帝都が静まる。
商人達は理解した。
これは。
“信用”だった。
今までは違う。
事故が起きれば終わり。
盗まれれば終わり。
死ねば終わり。
だから皆。
値段を吊り上げた。
損失を恐れた。
結果。
市場は腐った。
だが。
補償制度がある。
なら。
価格は安定する。
物流が増える。
人が挑戦できる。
つまり。
経済が回る。
そこへ。
ジミーが出てきた。
以前の軽薄な雰囲気はまだ残っている。
だが。
目だけが違う。
商人として完成していた。
ジミーは笑う。
「つまりだ」
「安心して運べるってことだ」
「そりゃ物流増える」
「市場も広がる」
「商人も増える」
「儲かる」
会場から笑いが漏れる。
だが。
全員理解していた。
本当に。
時代が変わっている。
さらに。
帝都では別の変化も起きていた。
皇居。
巨大宮殿。
そこで働く者達。
従者。
侍女。
料理人。
近衛。
書記官。
庭師。
全員が。
既に覚醒していた。
原因は。
教育。
そして環境。
毎日。
魔力循環。
魔力操作。
魔力吸収。
さらに。
実践。
働きながら。
学ぶ。
すると。
人は変わる。
若い侍女。
清掃スキル覚醒。
空間整理能力まで発現。
料理人。
調理スキル。
発酵スキル。
解体スキル。
同時覚醒。
近衛騎士。
身体強化。
剣技。
索敵。
複数覚醒。
書記官。
行政補助。
計算補助。
記録強化。
次々発現。
そして。
メイド達ですら。
職業適性スキルを得ていた。
高級給仕。
衛生管理。
衣服補修。
裁縫。
接客補助。
以前なら。
そんなものは。
“才能”扱いだった。
違う。
教育。
環境。
実践。
それだけだった。
皇帝は。
その光景を静かに見ていた。
老いた目。
しかし。
今は確信している。
「帝国は」
「まだ死なない」
その横で。
ピーターが言った。
「陛下」
「次へ進みます」
皇帝は頷く。
「始めよ」
その日。
帝都全域へ通達が出た。
“帝都民一万人を皇居へ招集する”
帝都は騒然となった。
民が。
皇居へ入る。
以前なら。
絶対にあり得ない。
しかし。
今の帝国は違う。
民を育てる。
それが国家方針になった。
数日後。
皇居中央広場。
一万人。
圧倒的な人数。
農民。
職人。
荷運び。
孤児。
商人見習い。
兵士志願。
病人。
老人。
子供。
全員集まっていた。
緊張している。
当然だった。
皇居。
皇帝。
貴族。
普通の民が来る場所ではない。
しかし。
そこで待っていたのは。
剣ではない。
教師だった。
ピーター。
教師団。
さらに。
帝都で覚醒した新任教師達。
人数は既に数百。
教育が。
教育者を生む。
循環が始まっていた。
ピーターは前へ出る。
巨大広場。
静まり返る。
彼は優しく言った。
「怖がらなくて大丈夫です」
「才能は必要ありません」
「必要なのは」
「続けることです」
民達が顔を上げる。
ピーターは続けた。
「皆さんは」
「弱かったわけじゃない」
「教育が無かっただけです」
空気が変わる。
泣き出す老人。
震える子供。
ずっと。
自分は無能だと思っていた。
違った。
教わっていなかっただけ。
それだけだった。
授業開始。
まず。
呼吸。
魔力循環。
体内魔力。
感知。
流れ。
次に。
操作。
さらに。
吸収。
外気魔力。
自然魔力。
循環補助。
そして。
覚醒。
最初に変化したのは。
荷運びの男だった。
風属性覚醒。
身体強化発現。
本人が固まる。
「……え?」
教師が笑う。
「成功です」
次。
孤児の少女。
光属性。
治癒適性。
さらに。
浄化。
周囲が息を呑む。
さらに。
農民。
土属性。
農業補助。
水循環適性。
商人。
計算補助。
物流管理。
索敵補助。
次々発現。
会場がざわつく。
誰も止まらない。
一万人。
その大半が。
覚醒した。
帝都中が騒然となる。
「本当に……」
「誰でも覚醒するのか……?」
「平民が……」
「老人まで……」
現実だった。
才能の壁。
身分の壁。
全部崩れ始めていた。
皇帝は。
その光景を高台から見下ろす。
隣にはレオハルト。
老皇帝は静かに言った。
「恐ろしいな」
レオハルトは答える。
「ええ」
「ですが」
「止まりません」
皇帝は笑った。
「そうだな」
「もう止められん」
下を見る。
笑う民。
泣く民。
抱き合う家族。
生まれて初めて。
“できる”を知った人間達。
それは。
革命だった。
武力ではない。
教育による革命。
ピーターは。
広場中央で。
子供達に囲まれていた。
以前。
泣き虫だった少年。
失敗ばかりだった少年。
今。
一万人を導いている。
一人の少女が聞く。
「先生」
「わたしも強くなれる?」
ピーターは微笑む。
「なれるよ」
「ゆっくりでいい」
「続ければ」
少女が笑う。
その瞬間。
帝都の空気が変わった。
国家は。
貴族だけのものではない。
教育された民。
育った人材。
循環する知識。
それこそが。
新しい帝国だった。
そして。
その中心には。
誰もが知る名があった。
“グロマール圏”。
それは。
国境を越え始めていた。




