127話:若手官僚
帝国南西部。
レオハルト改革領。
かつては“捨て領”と呼ばれた場所だった。
税収は低い。
道路は崩れている。
農地は痩せている。
地方貴族たちは互いに責任を押し付け合い、民は諦めていた。
だが。
今は違う。
街道には荷車が増え始めている。
簡易学校が建設され。
治癒院が稼働し。
農地では土壌循環実験が始まっていた。
そして何より。
人の目が変わっていた。
帝国改革領中央行政区。
旧領主館。
現在は“改革庁舎”と呼ばれている建物。
その大会議室に。
若い貴族たちが集められていた。
二十代前半。
あるいは十代後半。
まだ権力に染まり切っていない若手たち。
さらに。
その背後には従者たち。
書記。
護衛。
使用人。
執事見習い。
騎士候補。
総勢三百名以上。
空気は張っていた。
理由は単純。
目の前にいるのが。
“グロマール派”だから。
教育革命。
農業革命。
紡織革命。
物流革命。
国家を変え始めた集団。
帝国貴族たちは恐れていた。
しかし。
若手たちは違った。
彼らは見てしまった。
民衆の変化を。
学校で笑う子供。
病から回復する民。
文字を学ぶ農民。
そして。
ベルセリア王国復興の噂。
飢餓国家だった国が立ち直り始めた。
その事実が。
彼らの価値観を破壊していた。
会議室中央。
ピーターが静かに立つ。
以前の泣き虫少年の面影は残っている。
しかし。
今は違う。
教育者だった。
人を育てる者。
周囲には教師たち。
農業教師。
紡織教師。
治癒教師。
識字教師。
索敵教師。
全員が静かに座っている。
ピーターが口を開いた。
「皆さん」
「今日から改革教育を開始します」
若い貴族たちが息を呑む。
ピーターは続けた。
「まず最初に教えるのは」
「魔力循環」
「魔力操作」
「そして魔力吸収です」
ざわめきが起こる。
貴族たちは知っている。
それが“秘術”扱いされてきたことを。
一部魔法貴族のみが独占してきた知識。
しかし。
ピーターは平然としていた。
「隠す意味が無いからです」
会場が静まる。
「魔力は才能ではありません」
「教育です」
その瞬間。
何人もの若手貴族が顔を上げた。
その言葉は。
今までの常識を否定していた。
ピーターは板へ図を書き始める。
魔力循環経路。
体内循環。
吸収。
排出。
安定化。
理論。
全部説明する。
若手貴族たちは驚愕していた。
理解できる。
本当に。
理解できてしまう。
今まで感覚論だったものが。
理論になる。
体系化されている。
教育になっている。
ある若手男爵が震える声で言った。
「……こんなものを」
「なぜ今まで教えなかったんだ……」
その声に。
ピーターは少しだけ悲しそうに笑った。
「教育が無かったからです」
静寂。
重い。
しかし。
真実だった。
次の瞬間。
ピーターが言う。
「循環を始めます」
教師たちが動く。
魔力誘導。
補助循環。
安定化。
若手貴族たちの体内を魔力が流れる。
最初はぎこちない。
しかし。
教導スキルが発動した瞬間。
空気が変わった。
理解速度が異常に上がる。
呼吸。
循環。
制御。
感覚が繋がる。
「……見える」
「魔力が」
「流れてる……!」
一人。
また一人。
覚醒が始まる。
魔力循環。
成功。
さらに。
魔力操作。
若手貴族の一人が手を震わせる。
空中に水球が浮かぶ。
別の者は風を纏う。
土が浮く。
火花が散る。
光が灯る。
闇が揺れる。
教師たちは冷静だった。
驚いていない。
当然だから。
教育すれば。
人は育つ。
それを知っているから。
その時だった。
一人の伯爵家次男。
痩せた青年。
額を押さえた。
大量の情報が流れ込む。
数字。
物流。
人員。
税。
道路。
倉庫。
食料。
人口。
行政構造。
彼は息を呑む。
「……わかる」
「全部」
「繋がってる……!」
ピーターが静かに鑑定する。
そして。
小さく頷いた。
「行政スキル」
周囲がざわつく。
青年自身も信じられない顔をしていた。
行政スキル。
超希少。
国家運営特化。
今まで中央上級貴族しか持たないとされたスキル。
それが。
発現した。
しかも。
まだ終わらない。
別の若手貴族。
「鑑定スキル……!」
さらに。
「計算補助!」
「文官!」
「建築!」
「交渉!」
次々とスキルが覚醒する。
会場の空気が変わる。
恐怖ではない。
興奮。
理解。
希望。
従者たちも同じだった。
執事見習いが水属性覚醒。
護衛騎士が風属性覚醒。
書記官が光属性覚醒。
使用人が土属性覚醒。
次々と魔法を扱い始める。
若い女従者が涙を流した。
「わたし……魔法なんて使えないって……」
治癒教師ミリアが優しく言う。
「違います」
「使えなかったんじゃありません」
「教わってなかっただけです」
その言葉に。
何人もの従者が泣きそうな顔をした。
帝国では。
身分が全てだった。
才能は血統だと言われた。
しかし。
違った。
教育だった。
環境だった。
その時。
大会議室の後方扉が開いた。
レオハルト。
改革領主。
若き帝国改革派。
彼は静かに入ってくる。
周囲が頭を下げる。
しかし。
レオハルトは誰も見ていなかった。
見ていたのは。
教室。
学ぶ若者たち。
変わり始めた帝国。
その光景。
彼はゆっくり歩き。
ピーターの隣へ立った。
「……どうだ」
ピーターが笑う。
「始まってます」
レオハルトは周囲を見る。
貴族。
従者。
使用人。
全員が学んでいる。
階級が消えていた。
ただ“学ぶ者”だけがいた。
その瞬間。
レオハルトの体内で何かが繋がった。
視界が変わる。
帝国全体。
物流。
人材。
農地。
行政。
軍。
税。
教育。
全部が“構造”として見える。
さらに。
責任。
調整。
均衡。
国家運営。
膨大な情報。
レオハルトが息を呑む。
「……これは」
ピーターが静かに鑑定した。
そして目を見開く。
「宰相スキル」
会場が静まり返る。
宰相スキル。
国家統治最高位。
王を支え。
国家全体を動かす超上位スキル。
帝国史でも数えるほどしか存在しない。
レオハルト自身も驚いていた。
視界が変わる。
問題点が見える。
改善案が浮かぶ。
物流最適化。
税制改革。
学校配置。
農地循環。
全部。
繋がって見える。
レオハルトは呆然と呟いた。
「……こんな世界が」
「見えていたのか」
ピーターは静かに言った。
「教育は視界を広げます」
「だから」
「人は変われるんです」
その言葉に。
レオハルトはゆっくり頷いた。
理解した。
グロマールが何をしているのか。
支配ではない。
循環。
人を育て。
さらにその人が次を育てる。
それが国家を変える。
暴力ではない。
教育。
環境。
だから止められない。
その時。
若い行政スキル持ちの貴族が立ち上がった。
「レオハルト様!」
「学校建設計画を再編できます!」
別の者。
「物流路も改善可能です!」
「税収予測も出せます!」
「農地配分も!」
「識字率上昇計画を!」
声が次々と上がる。
以前の帝国貴族ではない。
命令待ちではない。
自分で考えている。
レオハルトはそれを見て。
静かに笑った。
「……止められんな」
誰にも聞こえないほど小さい声。
しかし。
確信していた。
帝国は変わる。
もう。
止まれない。
教育が始まったから。
そして。
ピーターは静かに教室全体を見る。
若手官僚。
未来の行政官。
未来の教師。
未来の改革者。
彼らはまだ未熟。
しかし。
環境は揃った。
だから育つ。
人は。
環境が育てるのだから。




