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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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120/322

120話:間に合った命

ベルセリア王国北部。


魔導通信成功から三日後。


雪はさらに強くなっていた。


外気は肌を裂くほど冷たい。


街路脇には凍死者が並ぶ――そんな時代が、この国には長く続いていた。


だが今。


治癒院前には列ができている。


死体ではない。


“助かるための列”だった。


人々は毛布に包まりながら順番を待つ。


兵士。


農民。


子供。


老人。


以前のベルセリアでは考えられない光景だった。


治癒院内部。


ピーターは診察を続けていた。


「次の患者をお願いします」


治癒教師ミリアが頷く。


その時だった。


入口が勢いよく開く。


女が飛び込んでくる。


痩せていた。


目の下は黒く、頬は落ち、指先は凍傷寸前。


腕の中には小さな子供。


呼吸が浅い。


顔色は悪い。


高熱。


肺音異常。


凍傷初期。


さらに衰弱。


ピーターの目が変わる。


鑑定。


瞬時に情報が流れる。


【重度肺炎】

【栄養失調】

【高熱】

【免疫低下】

【生命危険域】


周囲の空気が変わる。


母親が震えながら叫ぶ。


「お願いします……!」


「この子だけは……!」


ピーターは即座に動いた。


「ミリア先生!」


「隔離室!」


「はい!」


治癒院が動き出す。


以前のベルセリアではあり得ない速度だった。


役割分担。


連携。


教育。


だから動ける。


子供は寝台へ運ばれる。


氷結した衣服を外す。


水属性で温水形成。


さらに火属性で室温上昇。


ピーターは光属性魔力を展開。


「ヒール」


淡い光。


しかし。


反応が悪い。


肺内部感染が深い。


薬が必要だった。


ピーターが即座に判断する。


「……足りない」


ミリアが息を呑む。


「北方在庫では?」


「薬効不足です」


「南方薬草が必要です」


問題は距離だった。


通常なら数週間。


この子は今日を越えられない。


その時。


ピーターの目が通信機へ向く。


沈黙。


そして。


走った。


地下通信室。


索敵教師たちが即座に反応する。


「接続急ぎます!」


魔導通信機が起動。


風属性共鳴。


索敵同期。


光魔力安定化。


数秒後。


『こちらグロマール領』


ピーターが即座に叫ぶ。


「薬草要請!」


「肺炎特効薬!」


「重症小児患者!」


通信向こう。


沈黙ゼロ。


すぐ返答。


『症状』


ピーターが一気に伝える。


熱。


呼吸。


肺音。


魔力状態。


栄養失調。


感染進行。


数秒後。


グロマールの声。


『間に合う』


短い。


しかし断定。


『セレス』


『はいはい』


通信向こうで慌ただしい音。


『ジミーに伝達』


『北部特急物流起動』


『薬草番号B-17、C-4、D-12』


『魔力精製液も送る』


『了解』


即断。


即決。


通信速度が世界を変えていた。


さらに。


『転送班準備』


『北部中継塔まで飛ばす』


ベルセリア兵たちが呆然としていた。


速すぎる。


命令が。


判断が。


物流が。


以前の世界ではあり得なかった。


ピーターが頭を下げる。


「お願いします」


グロマールが静かに返す。


『助けろ』


通信終了。


それから数時間。


吹雪の中。


魔導輸送隊が到着する。


氷上滑走ゴーレム。


風属性加速。


さらに身体強化騎兵。


常識外れの速度だった。


薬草到着。


ミリアが即座に調合開始。


水属性抽出。


光属性精製。


さらに。


薬師教師が薬効安定化。


以前なら一人職人技だったものを、“教育された複数人”で処理していた。


だから速い。


だから間に合う。


ピーターが子供へ薬を飲ませる。


さらに光属性治癒。


魔力循環補助。


長い時間が流れる。


母親は泣きながら祈っていた。


兵士たちも見ていた。


皆、固唾を飲む。


そして。


夜明け前。


小さな指が動いた。


「……あ」


母親が顔を上げる。


子供が目を開けた。


呼吸が安定している。


熱が下がっている。


ピーターが静かに笑う。


「間に合いました」


母親が崩れ落ちる。


涙。


嗚咽。


何度も頭を下げる。


「ありがとうございます……!」


「ありがとうございます……!」


その姿を見ていた兵士たちの目が変わる。


理解した。


通信とは何か。


物流とは何か。


教育とは何か。


全部、“命を間に合わせる”ためだった。


数日後。


子供は回復していた。


治癒院中庭。


雪はまだ残る。


しかし以前ほど寒く感じない。


魔力循環。


魔力操作。


身体へ薄く魔力を纏う。


それだけで、人は冬に耐えられる。


ピーターは子供の前に座る。


「今日は練習です」


子供は不安そうだった。


「ぼ、ぼくにもできますか?」


ピーターは優しく笑う。


「できます」


「才能じゃありません」


「やり方です」


その言葉に、周囲の大人たちが静かになる。


ベルセリアでは、“才能がない”で切り捨てられてきた。


しかし違った。


教育が無かっただけ。


ピーターは子供の背中へ手を当てる。


「まず、呼吸」


「吸って」


「巡らせる」


「ゆっくり」


魔力循環。


小さな魔力が体内を流れる。


最初はぎこちない。


しかし。


教導スキル。


ピーターの言葉が、“理解”へ変わる。


子供の身体が少し光る。


周囲がざわつく。


「早い……」


「もう掴んだのか……?」


ピーターは続ける。


「次は魔力操作」


「薄く」


「身体へ」


子供の周囲へ淡い光。


空気が変わる。


寒気が遠ざかる。


子供が目を丸くした。


「あったかい……!」


兵士たちも驚く。


以前なら上級魔法使いだけの技術。


今、子供がやっている。


さらに。


ピーターは続けた。


「最後に魔力吸収」


「外の魔力を感じる」


「焦らなくていい」


子供が目を閉じる。


静寂。


雪。


風。


その中で。


小さな魔力が周囲から流れ込む。


次の瞬間。


淡い光が溢れた。


ミリアが目を見開く。


「……光属性」


さらに。


鑑定。


ピーターの目が揺れる。


【薬師スキル覚醒】


周囲が静まり返る。


子供が慌てる。


「ぼ、ぼく、なにかしました……?」


ピーターは静かに笑った。


「覚醒です」


「君には才能がありました」


「でも、それ以上に」


ピーターは周囲を見る。


治癒院。


教師。


物流。


通信。


教育。


全部。


「環境があった」


子供はまだ理解していない。


それでも。


その目には光があった。


未来を見る目だった。


母親が泣いていた。


以前なら、この子は死んでいた。


今は違う。


助かった。


学んだ。


覚醒した。


人生そのものが変わった。


ミリアが静かに呟く。


「……一人助けるだけじゃないんですね」


ピーターは頷く。


「はい」


「助かった人が、次を助けるんです」


それが循環だった。


グロマールが始めたもの。


力の支配ではない。


命が繋がる仕組み。


そして今。


ベルセリアで、その循環が回り始めていた。







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