82話 1ギルの依頼
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アニタは興味深そうに、エドの認識票をまじまじと眺めていた。
白い金属板を両手で持ち、表と裏を何度もひっくり返している。
「どうしたの、アニタ?」
エドが不思議そうに声を掛ける。
「あ、ううん。」
アニタは認識票を見つめたまま、ふと思いついたように受付のエマへ顔を向けた。
「エドは、これでもう冒険者なんですよね?」
「はい。」
エマは柔らかく微笑む。
「正真正銘、冒険者ギルドに所属する一人の冒険者です。」
「ってことは......。」
アニタは少し身を乗り出した。
「エドに直接依頼をするってこともできるんですか?」
その問いに、エマは少しだけ目を丸くした。
「直接依頼、ですか?」
「はい。」
エマは顎へ指を添え、少しだけ考える。
「ええと......それは少し難しいですね。」
アニタの表情が少し曇る。
「エドさんは登録したばかりのホワイトランクです。」
「ホワイトランクはいわば見習いですので、基本的には掲示板へ張り出される初心者向けの依頼をうけていただくことになります。」
「依頼人の方へも、『直接依頼をするにはまだ早いランクです。』とご説明しています。」
「そう、なんですか......。」
アニタは少し残念そうに肩を落とした。
「もっとも、方法がまったく無いわけではありません。」
エマは笑みを浮かべる。
「え?」
アニタが顔を上げる。
「非常に安い報酬で依頼を受付することは可能な場合があります。」
「安い報酬?」
「はい。」
エマは頷く。
「あまりにも報酬が安い依頼は、冒険者の方はまず受けません。」
「あくまでも営利団体ですし、冒険者の方にも生活がありますから。」
隣で聞いているアイリーンも黙ってうなずく。
「ですが、時々。経験を積んだり実績を作ったりするために受けることがあります。」
「また、『地域への貢献』や『信用を積む』という意味で、あえて引き受ける冒険者もいらっしゃいます。」
アニタが興味深そうに頷く。
「そういう依頼には、昔から呼び名があるんですよ。」
エマは少しだけ楽しそうに笑った。
「報酬が1ギルしかないことからそのまま――」
「『1ギルの依頼』と呼ばれています。」
――1ギルの依頼、か。
エドは少し考え込んだ。
利益だけを追うのではなく、困っている誰かを助けるために動く者がいる。
しかも、それが個人の善意だけではなく、ギルドの仕組みとして根付いている。
その事実が、不思議と嬉しかった。
人が集まる場所には、争いも欲も生まれる。
それでも、誰かを支えようとする仕組みもまた、生まれるものなのだ。
「わたし、依頼を出してもいいですか?」
アニタがエマへそう尋ねた。
「もちろんです。」
エマは驚いた様子もなく、にこりと微笑む。
「では、あちらでお話をお伺いしますね。」
そう言って受付脇のカウンターを示した。
依頼を受ける受付とは別に、依頼を出す者のための窓口が設けられているらしい。
「エドとアイリーンさんはここで待っててね!」
アニタは振り返りながらそう言うと、エマに続いて奥へ向かっていった。
ぱたぱたと小走りで去っていく背中を見送りながら、エドは少し微笑んでいた。
一体どんな依頼を出すつもりなのだろう。
エドは少し気になったが、今は待つしかない。
受注専用の受付カウンターには、他の客の姿は見当たらなかった。
依頼を受ける受付ほど利用者は多くないのだろう。
受付係の姿もなく、席を外しているらしい。
「では、アニタさん。どのようなご依頼でしょうか?」
受注用の受付カウンターへ回ると、エマは穏やかな笑みを浮かべた。
カウンターの下から一枚の用紙を取り出し、木製の天板へ静かに広げる。
続いて小さなインク壺の蓋を開け、羽ペンの先を浸した。
さらり、と余分なインクを縁で払う。
依頼内容を書きとどめる準備は整っていた。
「はい!」
アニタは元気よく返事をする。
胸の前で両手を軽く握り、少しだけ身を乗り出した。
「私の護衛依頼です。」
「護衛依頼、ですか。」
エマは羽ペンを走らせながら頷く。
「はい。」
アニタも頷き返した。
「私を王都まで護衛する依頼です。」
その一言で、エマの羽ペンがぴたりと止まった。
顔を上げる。
少しだけ目を丸くしていたが、すぐに事情を察したように柔らかな笑みへ戻った。
「なるほど。」
今朝、アイリーンから聞いた護衛依頼。
そして、その途中で知り合った少年が、つい先ほど冒険者になったばかりであること。
「エドさんへお願いしたい、ということですね。」
「はい!」
アニタは嬉しそうに大きく頷いた。
「エド、昔から冒険者になりたいって言ってて、ようやくなれたんです。」
そう言って少し照れくさそうに笑う。
「だったら、最初の依頼は私がお願いしたいなって。」
その言葉には打算など何一つない。
ただ純粋に。
友達の門出を祝いたい。
そんな素直な気持ちだけが込められていた。
エマは思わず口元を緩める。
「そうでしたか。」
羽ペンを持ち直し、依頼書へ視線を落とす。
「では、報酬は――。1ギルですね?」
「はい!」
アニタは大きく頷き胸を張った。
「ふふっ。」
エマは思わず小さく笑みを漏らした。
1ギルの依頼。
報酬よりも、人助けや地域への貢献を重んじる者たちによって受け継がれてきた、小さな習慣。
友人の門出を祝いたい。
その真っ直ぐな思いが伝わってきて、エマは自然と口元を緩めていた。
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