第962話 ドラゴンブレス
ドラゴニュートの少女が殴りかかると、俺よりもはるかに屈強な兵士が文字通り吹き飛ぶ。
見た目だけなら少女が複数の兵士に襲われているような絵面ではあるが、実際に襲撃されているのは兵士だ。
吹き飛ばされた兵士は岩に勢いよく叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる。
他の兵士たちも剣や盾を構えて対峙しているものの、今の少女による攻撃で戦意を挫かれていた。
このままでは確実に全滅するだろう。
ドラゴニュートの少女が一番近くにいる兵士へと飛び掛かる。
盾を持つ大柄の兵士が割り込み、少女の手甲による一撃を受け止めたが衝撃で鉄の盾を落としてしまう。
……見事にひしゃげていた。
盾による守りのなくなった兵士たちが再び襲われる前に、フィンが到着した。
少女がフィンに気付いた瞬間には飛び蹴りが頭上にヒットする。
かなりの勢いが乗っていたものの、身体がやや傾くだけで姿勢が崩れない。
ググッと、フィンの脚を押し戻していく。
前回もそうだったが、弱点を狙っても全然効果がない。
「相変わらずの馬鹿力、ね」
少女が態勢を整える前に兵士二人を掴んで後ろへと離れる。
爆弾の置き土産も忘れない。
ボンッという音と共に、煙が周囲に充満する。
「あ、あんたは?」
「お礼はないわけ?」
「……感謝する。人間のようだが、一体どこから」
「話している暇はないわよ。ここは私たちが引き受けるから、死にかけてる兵士をどうにかしたら?」
フィンがポーションを投げてよこすと、兵士二人は岩に叩きつけられた兵士のもとに移動しポーションをぶっかけた。
ゴホッと咳をして意識を取り戻す。
どうやら一命はとりとめたようだ。
……俺たちが来る前に襲われたであろう別の兵士は、残念ながら息を引き取っている。
「はぁい。また会ったわね、ドラゴン娘」
「――」
「まただんまり? 言葉も忘れたの?」
憤怒に染まった目で少女はフィンを見る。
過去の経験からそういった感情を向けられているのは慣れていたが、ここまで純粋な怒りは記憶にない。
(一体何をどうしたらこうなるのやら)
フィンは双剣を構えながら相手の動きを確認する。
……やはり話し合いは成立しない。
それならばと先手を取った。
風の精霊による加護を活かし、圧倒的な速さで翻弄する。
相手の少女は双剣による攻撃だけは手甲を使って防ぎ、それ以外の攻撃はノーガードだ。
速度が違いすぎて防ぐのを諦めたのだろう。
あるいは、防ぐ必要もないのか。
蹴りや肘による打撃がいくら当たっても平然としている。
圧倒的なタフネス。
そのくせ相手は理不尽にも一発でフィンを殺せる力がある。
(あいつの命令じゃなかったら絶対に戦わないっつーの)
心の中で毒づきながら、少女の反撃を回避した。
カウンターでみぞおちに向かって剣の柄を使いえぐるように殴ったのだが、空気を吐きだす音がしたもののそれ以上のダメージはない。
そしてアズたちが追いついてくる。
「化け物の相手は化け物にさせた方がいいわね」
「ひどいです。化け物って言わないでください!」
入れ替わるようにフィンが下がり、アズが前に出る。
ドラゴニュートの少女はアズの姿を見ると露骨に警戒を露わにした。
それだけ彼女にとってもアズは脅威なのだ。
悔しい思いもあったが、こればかりはどうしようもない。
少女の蹴りに合わせて、アズも蹴りを返す。
足と足が衝突し、振動で空気が揺れた。
少女が力負けし、初めて体勢を崩す。
そこにアズの追撃により吹き飛び、地面を転がっていく。
止まってから立ち上がる前に容赦なく剣を振り下ろす。
慌てて逃げ回る少女は、もはや先ほどまでの圧倒的強者ではなくなっていた。
ドラゴニュートの少女も今度は逃げる気がないのか、なりふり構わずアズへと襲い掛かる。
魔剣アストラを構えるアズに向けて、少女が口を大きく開く。
「おい、ブレスが来るぞ!」
下がっていた兵士が声を張り上げる。
ブレス。
竜の最も脅威である攻撃だ。
その力を使えるとされるドラゴニュートが使えてもおかしくない。
フィンは舌打ちをして離れる。
アズはその場から動かず、いつもの構えで対峙した。
少女の口に魔法陣が出現し、まるで吐き出すように紫色の火を放った。
ドラゴンブレスと比べても遜色ない魔力と威力だ。
正面から食らえば常人なら骨も残るまい。
その火がアズを覆う。
兵士たちの声にならない悲鳴が聞こえる。
(もうこの程度で死ぬような可愛い女じゃないのよ、あいつは)
火の中から上へと剣が突き出る。
そしてそのまま前へと真っすぐ振り下ろされた。
剣によって生じた風圧だけでドラゴンブレスを吹き飛ばしてしまった。
「やっぱり化け物だわ」
元々優れた才能を持っていたが、あの戦争を経て人間離れしている。
フィンからすればアズだけはもう二度と戦いたくない。
必殺の一撃を防がれ、少女に憤怒以外の感情が一瞬だけ見えた。
恐れ、あるいは焦り。
圧倒的な力を前にして怒り続けられるものは、そう多くはない。
ただやはりまともな状態ではないのか。
勝ち目がなくとも少女がアズへと攻撃しようとする。
だが、いつの間にか少女の隣に男が立っていた。
男は少女の肩を押さえ、動けなくしている。
……初老で、翼と尻尾をもつことからドラゴニュートであるのは間違いない。
その特徴はデーンの町を襲ったという男と酷似していた。
少女のように怒りの染まった表情はしていない。
凍り付いたような顔で、目だけが煮えたぎったマグマのように怒りを秘めている。
どうしてドラゴニュートはここまで怒っているのか。
そしてその怒りを獣人へと向けるのか。
彼らにドラゴニュートに何かした?
これだけの力を持つ種族に?
分からないことがまだ多い。
確実なのは、和解できる可能性は全くないということくらいか。
初老の男は少女と共に空へと羽ばたく。
そしてシージのある方へと飛んでいった。
「また逃げられてしまいました」
「いくらアズでも空は飛べないから仕方ないわね」
「ある程度の高さがある足場があればなんとかなるんですけど……」
怖いことを言う。
兵士もいるし、ここまでだろう。
ただシージへと向かったのが気になった。
戦闘が終わり、ヨハネたちがこっちに来る。
エルザが兵士を治療し、死んだ兵を埋葬した。
兜だけ持ち帰るようだ。




