第963話 シージに負けてもらっては困る
「救援感謝する」
兵士の隊長らしき人物が兜を外して頭を下げる。
俺は礼を受け取り、頭を上げるように促した。
「名をお聞きしたい」
「私はヨハネです。助けに入った黒髪の子がフィンで、銀髪の方がアズです」
「そうか。命を救われたよ。岩に叩きつけられた時は死ぬかと思った」
「もう少し早く到着していれば犠牲も減らせたかもしれません」
「いや、十分だ。君たちが来てくれなければ全滅していただろう。外であれに遭遇してしまえば逃げることすらできない。戦えばこの通りだ」
いくら足が速くても空を鳥より速く飛ぶ相手では追いつかれるか。
囮という方法もあるが、あの火力ではさほど時間は稼げまい。
「ドラゴニュート、ですよね。どうして獣人は彼らと争っているんですか?」
「……分からんのだ。数年前から小規模な争いが始まったと思ったら、瞬く間に大陸全土で襲撃されるようになった。理性的だったはずの彼らがどうしてああなったのか」
なにか聞けるかと思ったが、一般兵では詳しいことは分からないらしい。
だが元々は話の通じる相手だったということか。
ルーケもおかしなところは見当たらないし、やはりあれは普通の状態ではないということだろう。
「なるほど。危険にもかかわらず外に出たのはどうしてですか?」
「物資の為だ。魔防壁を維持するためには魔石はいくらあっても足りないし、シージに安全を求めて避難してきた者たちが住む家や道具も不足している。家財道具を取りに戻りたいという者もいる始末だ。我々兵士が外に出てなんとかするしかないだろう……。幸い使節団が他大陸から大量の魔石や鉄を購入できたから、かなりマシにはなったが」
俺たちが売った物資か。
相当な量を買い込んでいた理由がようやく分かった。
戦争という予想は当たらずとも遠からずといったところか。
武器ではなく、家財道具に回されているようだ。
ポーションも大量に買っていったので、かなり苦しい戦いなのだろう。
「俺たちからも聞いていいか?」
「どうぞ」
「あんたたちは何者だ? そこの獣人の少女以外はヒューマン……ただの人間のようだがべらぼうに強かった。銀髪の子もそうだが、黒髪の少女も」
ルーケの素性はバレていない様だ。
匂い消しの効果はかなり効いている。
兵士にドラゴニュートを連れているとバレると厄介だった。
「実は海に出ていたら嵐にあって遭難してしまって。こっちの大陸に辿り着いたんです。船も壊れてしまいましたし、色々と道中を調べながら移動してあの子も保護しまして。それからあなた方を見つけました。強いのは……彼女たちが冒険者だからでしょう」
「大変だったんだな。冒険者……こっちではあまり聞かないが、魔物の討伐を請け負う傭兵のようなものと思っていいのか?」
「それも仕事の一つです」
カバーストーリーを話す。
それほど間違ってはいないし、矛盾もしていないはず。
兵士たちも深くは追及してこなかった。
近くに壊れた馬車が転がっている。
中身には魔石や木材が積まれていた。
馬は……とっくに逃げ出しているか。
「荷物は持てる分以外は棄てるしかないか。いずれ回収しにくればいい」
その回収にも危険が伴うことは、指摘するまでもなく彼らにも分かっている。
いくら兵士とはいっても、命の危険に晒される回数は少ない方がいい。
「よければうちの馬車で運びましょうか? 我々も人の多い都市を目指していたんです」
「それは助かる! しかしその馬車はどこに?」
「もうじき来るはず」
さっきアズとミーリアを馬車のところへ向かわせた。
あの馬の速度ならすぐ到着するだろう。
しかしあの馬についてはどう説明したものか。
「……もしかしてあの巨大な魔物が馬車をひいているのか?」
「はい。魔物にしては大人しく、手懐けることができました」
「魔物の家畜は非常に難しいのだが、あの実力ならば不可能ではないか」
普通の人から見れば大きな魔物にしか見えない。
使徒だというのは分からないようだ。
まあ特別強力な魔物みたいなもんだしな。
荷物を移動させ、シージへと移動を開始する。
「そういえば、魔防壁と言ってましたが、それはどういうものなんですか?」
「君の大陸にはないのか? 魔石を原料にして効果を発動する石だ。強力な魔法も魔石があれば防げる。物理攻撃にも効果がある優れモノだ」
「なるほど」
魔道具の一種だろうか?
魔石を消費して結界を張るタイプの亜種だろう。
範囲は個人向けで、都市を覆うようなものは聞いたことがない。
使えるものならスワン公国にも欲しいところだ。
「魔物相手ならばそれほど魔石は消費しない。だが、相手がドラゴニュートとなると襲撃の度に魔石が湯水のごとく消費するんだ。こうして魔石を集めているが、気休めに近い。守っているだけではじり貧だ」
「あとどれくらい持ちそうなんですか?」
「それは言えん」
国防に関することを言い過ぎたと思ったのだろう。
口を紡ぐ。
……兵士たちはかなりの重圧に晒されていて疲労している。
神経が張り詰めており、先ほどのこともつい喋ってしまったようだ。
この様子を見ると、あまり長くはもたないだろうな。
ドラゴニュートが魔防壁とやらを突破するのも時間の問題だろう。
(困るんだよな、それは)
ドラゴニュートが脅威なのはもう理解した。
一対一で勝てるのはアズだけ。
協力すればアズ抜きでも戦えるだろうが……楽な相手ではない。
もしそんな連中が海を渡ってきたら、どれだけ犠牲が出ることか。
ユーペだって危ない。
向こうにはエヴァリンやラミザさんもいるので負けるとは思わないが、できればシージには健在でいてもらって脅威を封じ込めてもらいたい。
そのためならばいくらでも協力するつもりだ。
理想を言えば脅威をなくすこと。




