悲しい進化はさせたくないから
火力がやばいなら火が出ないコンロを使えばいいってことだよね。
……というわけで、フレゼアさんの料理下手をどうにかするミッションの攻略法は掲示板に貼られることとなった。
私は今、別のシナリオをやっている状態なので、あんまりあっちもこっちもと手を出すわけにはいかない。そちらに関しては、現在依頼を受けているらしい勇気ある『鍛治師』の人がいるらしいので、そのまま任せることにしたのだ。
鍛治師の人はどうやら掲示板で専用スレを立てて安価しながら、ネタも含めてフレゼアさんのお料理レッスンミッションを攻略していたようなので、そこに情報を貼ったのである。配信を見ていた誰かが安価スナイプしてくれたみたい?
まあ鍛治師なら電気コンロを作る方法くらいすぐに見つけられるだろ、と丸投げして私はアリカくん達と別れたのだった。
◇
天邪鬼の住まう森。
そのフィールドはわりとプレイヤーから嫌われていることに定評がある。
なぜなら――。
「あっづぁ!?」
バランスを崩してグギリと足首を捻り、私はその場に倒れ込んだ。思い切り負傷してHPが減っている。しかもしばらく走ったりするのは難しそうだ。普通に歩こうとしても、デバフがくっついているのか歩きづらい。
普段は器用値が高いのでこんなこととは無縁だ。当たり前だ。一本歯の下駄でもバランスを崩さずに丸っこい羊の上を歩いたり走ったりしながら毛刈りをできる器用値があるんだぞ? 普通は足を挫くようなダメージは受けない。
……しかし、今は一本歯の下駄を履いている。それだけで立つことすらできない。無理矢理立てばバランスを崩してダメージを受ける。あー、こんど来るときは普通の下駄もヒノモト辺りで買っておかないと……。
なぜこんなことになっているのか?
それはここが『天邪鬼の住まう森』であることが問題なのである。天邪鬼といえば? 二次元的な意味では素直になれず、本音とは真逆のことを言ってしまう人のことを指したり……あとは、なんでもかんでも逆らってしまう人のこととかを言う。
妖怪的な意味では、捻くれ者。思ったこととは真反対のことを言う。行動をする。『逆さま』のイメージがある存在だ。
そして――だいたいゲームでの天邪鬼は、逆さまにする能力を持っていたりする。
このフィールドは、一定時間ごとにランダムにステータスの二つが選ばれ、元の状態から逆さまになる……というか、入れ替わると言ったほうがいいか。高いステータスが低いステータスに、低いステータスが高いステータスになる。
プレイヤーのステータスに干渉して、二つのステータスを入れ替える性質のあるフィールド。そりゃ嫌われるわけだ。こんなところ長居したくないもの。
現に今、私は敏捷と器用が入れ替わっている状態でこんなことになっている。まともに歩くことすらできない。正直かなり辛いところだ。敏捷が馬鹿高いのに慣れないうえに、器用値が高いことを前提にしたデザインの足装備。
まともに動き回れるわけがないんだよね!!
多分バランスよくステータスを育てれば、あまり影響は受けないんだろう。けれど、このゲームは聖獣も自由に育てられるため、プレイヤー本人をバランスよく育てずそれぞれ特化型にして、パーティ全体でバランスを取る戦法を取る人が多い。
つまり極振りとまではいかなくとも、ステータスがデコボコになっている人がわりと多くいる。むしろバランス型のほうが珍しいんじゃない? ってくらい。
なにが言いたいかというと。
「つらい!!!」
『でしょうね』
『足装備外しちゃえば?』
『初期装備とかは? それならマシでしょ』
「この装備は初期装備で作っているので、普通の下駄はもうないんですよねぇ!!」
『あちゃー』
くそう、デザインが好きだからって同じ装備を強化し続けた物臭の報いがこれか! そうだよ! これと水着装備以外持ってないよ!! 水着のほうも下駄は変わらず一本歯だから着替えても意味ないし。
なんならこれ以外の装備を持っていない! 不覚! 圧倒的に不覚!!
「この状態で襲われたりしたらひとたまりもないですよ……」
魔獣は普通に攻撃してくるし、普通に死ぬ可能性があるので早めに対処しておかないと。こうなったら装備を外すしかないだろうか?
「うぉん!!」
「えっ」
いつもと違い、鋭く鳴いたオボロが地を蹴り、こちらに向かってくる。しかし、彼女も極振りしている素早さが入れ替わっているため、いつものようなスピードは出ない。周囲を警戒して歩き回っていたのが裏目に出たのか。
足首を挫いて動かないまま、後ろを振り返るとそこには攻撃モーションに入った状態で飛びかかってくる猿のような魔獣がいた。
どこかスロウモーションのように映る光景。
敏捷がゼロになったオボロは間に合わない。抱きしめた腕の中のプラちゃんが身動ぎするのを感じた。
この地帯はそれなりにレベルが高くないとダメだ。プラちゃんは低い敏捷が高い防御力と入れ替わっている状態。シャークくんだってそうだ。普段と同じ力は出ない。アカツキも器用値が関わっているせいか、上手く飛べないようで目の前に炎を障壁のように出すので精一杯。しかもあんまり効いていないと来た。晴属性耐性でもあるのか?
月夜の晩に防衛戦をしたときみたいに、スカウト目的で受け流して抱きしめる? いや、器用値が壊滅的な今、そもそも受け流すのに成功するとは限らない。むしろあれは器用だったからできたこと。失敗確率が高い。
全部、全部、自分のリサーチ不足。
天邪鬼という言葉で気づいておけばよかった。
この間ぶりに死ぬかも。
一瞬のうちに流れる思考。
コメントが目に入らなくなって、どうすればいいのかが分からなくなる。
こんなことなら、誰か一緒に行ってくれるように誘っておけばよかった。
誰かに、頼ればよかった。
「けど、やるしか……!」
失敗する確率が高いからなんだ? 今生き残るためには、受け流しをなんとしてでも成功させるしかない!
決死の覚悟で抱きしめていた腕を緩めて、魔獣に手を差し出そうとした、そのときだった。
――ふと腕が軽くなって、ガラスの割れる音が響いた。
「プラちゃ……ん?」
金魚鉢が壊れて残骸が散らばる。
プラちゃんのお気に入りだった金魚鉢が。
魔獣の攻撃を受けて金魚鉢を壊されたプラちゃんは、それでも相手にたいあたりして噛みついて、その場に墜落させた。
でも足りない。プラちゃんは力が弱い。低くなった防御力をカバーするために、お気に入りだった金魚鉢を捨ててまで、私を庇った。
「立ち上がれないとか、言ってる場合じゃない!」
膝立ちで腕を伸ばした。
興奮して魔獣を強く噛むプラちゃんごと魔獣を抱きしめた。
スカウトの光が現れ、魔獣の額から宝玉が溢れ落ちる。けれど、それでもプラちゃんは噛みつくのをやめない。必死になって、怒りで我を忘れている状態だった。このままでは、せっかく和解できた魔獣を殺してしまいかねない。そんなギリギリの状態。
――――――
聖獣判断の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
――――――
私ははじめて、そのウィンドウで『いいえ』を選択した。
大丈夫、大丈夫、私は大丈夫だから。怒りだけで進化を選ばないで。このあと、ちゃんともう一度抱きしめて、お話しして、一緒に進化先を選ぼう? だから、今は心を落ち着かせて。
その一心で声をかける。
「大丈夫、私はもう大丈夫ですよ。だから、プラちゃん、もう噛まなくていいんです、いいんですよ。ありがとう、守ってくれて、ありがとう。もう大丈夫だから……」
やがて、ゆっくりとプラちゃんは力を失い、口を離して眠ってしまった。
聖獣に戻った魔獣は申し訳なさそうにプラちゃんの頭を撫でて、そして私に謝ってから姿を消した。
残されたのは砕けて破壊された金魚鉢と、傷ついたプラちゃんと、泣きながらそんなプラちゃんを抱きしめる私、そして落ち込むみんなの姿だけであった。
「起きたら、一緒に進化先、選びましょうね」
それだけ私を愛してくれたということだから、告げるのは「ごめんなさい」ではない。
「守ってくれて、ありがとう。大好きですよ」
プラちゃんに関しては、最初はサトシのリザードンコースかなぁと思ってましたけど、こっちの方が自然かなと。




