7.学園都市へ
姉がフェルクス学園へと入学して3年が過ぎ、私は10歳になった。
そして現在、私は父と共にフェルクス学園があるという学園都市グレモリーへと向かっている所だ。
私と入れ違いで兄であるヴェスターは学園を卒業となり、父と一緒に領地へと帰る予定となっている。
グレモリーまでは、父の治める領地であるセーレの街から馬車で5日ほどの距離だ。
セーレは田舎と言っていい程の場所にあるが、グレモリーまでの道はある程度は整備されているのでさほど困難な道のりでは無かった。
そして何事も無く進んだ旅路は現在5日目、今日の夕方には到着予定だ。
それから暫く、ガタガタと荷馬車の後ろで揺られる事数時間。
御者台に座る父から声が掛かった。
「ウェンディ!グレモリーが見えて来たぞー」
「ほんと?どれどれ?」
後ろの荷馬車から御者台の方へと顔を出し、前方に目を凝らすと、遠くに外壁と思しきものが目に入った。
「おおー、ここからでも見えるって事は結構大きいのかな?」
「はっはっは、そりゃ勿論デカいぞ。なんたって王都と同じぐらい栄えてる街だからな」
「へぇー……、よし、父様、ちょっと上から見てくるね!」
「ん?あぁ、気をつけてな。じゃぁちょっと馬車を止めてここでお昼にしよう。
用意して置くよ」
「うん!わかった!」
御者台へと出た私は返事をして早速上空へ向かう事にする。
「飛行!風竜の大翼!」
フワリと体が浮き上がり、勢いよく上空へと加速する。
ある程度の高度まで上がった所でブレーキをかけてそのまま空で停滞し、目を凝らして前方を眺める。
東西南北から伸びる街道の先の、巨大な外壁に守られた街の全貌を見る事が出来た。
街の真ん中には一際巨大な建物と、その近くには向かい合う様にして建てられた2つの建物がある。
恐らくあれが学園と学生寮だろうか。
その学園を中心に、東西南北に広がる街。
流石、王都と同等の巨大さを誇るという学園都市だ。
上空から全貌を見た私はほうと息を吐いた後、さてそろそろ戻ろうかと視線を下げた所で、ここから街道をまっすく進んだ場所に違和感を覚えた。
少し距離があり過ぎて『風の知らせ』が届いていない為に詳細は解らないが、目視できる限り、数人が馬車の外で何かをしている様だ。
しかも肝心の馬車は横転している。
この付近は比較的安全だとは聞いていたが絶対ではない。
下手をすると魔物の襲撃にでもあったのかもしれない。
そう判断した私は、取り合えず直ぐに父の元へと降りる事にする。
「父様!」
「ん?おぉ、お帰り。街はどうだった?大きかったろう?」
「そんな事より父様!どうもこの先で何か起こってるみたいだよ!馬車も横転してるみたいだし、ひょっとしたら魔物かも……」
「なにっ!?それは大変だ。すぐ助けに行かねばっ!」
私の言葉に慌てたように荷馬車からロングソードを取り出し、御者台へと飛び乗って馬の手綱を引いた。
父も結構な腕を持った騎士の職業持ちだ。
幼い頃から聞かされていた話から、父とその周りの親交のある貴族であり騎士である面々は、騎士とは弱き者を守る剣であり盾であるという信条を持っているので、この事を告げればこうなる事は大体想像がついていた。
まぁそれ以外の貴族や騎士がどうなのかは知らないが、我が家の父はこういう人だ。
「じゃぁ父様!私は先に行くよっ!」
「お前の力は知っているが……、絶対に無茶だけはするんじゃないぞ!」
「解った!」
言葉を交わし、馬車を一目散に走らせた父を見送り、私はもう一度上空へと飛び上がる。
そして上空から、風竜の大翼を使用して一気に加速し、下を走る父の馬車を追い越し、例の現場へと空を駆ける。
現場が段々と近づいてきた事で、『風の知らせ』に集中し、状況を把握する
横転した馬車の傍に壮年の男性が一人、身を縮こませている点から思うに戦闘職で無いのは明らか。
そこから少し離れた場所に、恐らく私と同年代程度の少年か少女と思しき姿が見える。
此方はどうやら襲撃者と戦闘している様で、剣を構えている。
襲撃者の内2体は既に地面に横たわり、動きは無い。
時折『風の知らせ』が運んでくる奇声と、人型と思しき姿に戦闘を行っている子供よりも更に小さい点を考えると十中八九、襲撃者は小鬼だろう。
奴らは下級とされる亜人種の魔物で、他の下級とされる魔物よりもさらに弱い部類に入るが、如何せん数が多く、群れを作るので厄介だ。
目に見える数は、倒れている2匹を除いて残り2匹だが、矮小な体躯で力も強くない筈の奴等が、馬車を横転させたとは考えにくい。
まぁ車輪が石等に乗り上げてバランスを崩したとも考えられるが……。
と、そこまで状況を観察した所で、横転した馬車の前方の影から姿を現したのは、180cm程の筋骨隆々の体躯をした中鬼だ。
周りにはさらに2匹の小鬼も見える。
前と後ろから挟み撃ちにしたのか。
馬車で突っ切る事も出来なかった所を見ると余程上手く奇襲が成功したのか……。
それとも横合いから中鬼が体当たりでもしたのか?
まぁ状況の過程の考察はもういいか。
既に現在の状況に陥っているのだから、この考察にはさほど意味が無いだろう。
現状を把握できれば十分だ。後は、対処すればいい。
ようやくはっきりと対象の姿を捉える事の出来る距離まで近づいた所で、チラリと後ろを見る。
馬車が走る土煙は見えるが、父がここまで到着するまでまだ数分かそこらはかかるだろう。
まぁ、壮年の男へとゆっくりとだが歩を進めている中鬼と小鬼の3匹の姿を見るに、待つ余裕は、無さそうだ。
私は視線をまた前へと戻し、もう一度翼をはためかせ、加速する。
更にスピードと音を上げて近づいてきた私に気付いた中鬼が此方を指差し、小鬼が私を見上げる。
中鬼は少し警戒したのか、小鬼から数歩離れて後ろへと下がった。
更に近づいた所で、小鬼は手に持っていた棍棒の様な武器を構えた。
まぁそんな武器で私の攻撃が止められるとは思えないが。
ある程度まで近づいた所で、男と子供が私に気付き、声を上げる。
「な、なにっ!?新手!?」
「ひ、ひぃぃぃっ!!?」
それに答える余裕は無いので、取り合えずこっちが先だ。
ある程度の距離まで近づいた所で私は2匹の小鬼の丁度真ん中へと上空から斜めに突っ込み、急ブレーキをかける。
振り上げる棍棒には目もくれず、急ブレーキをすると同時に体を捻り、翼を広げて一回転しながら地面へと着地する。
「風竜の翼刃っ!!」
広げた翼は一回転する瞬間に、一瞬強い光を放ち、その光は緑の筋となり、斜めに二匹の小鬼の体を袈裟懸けに通過した。
そして、勢いのままに私は手をついて地面を少し滑り、土煙を上げて止まった。
「グオオァ!!グルアッ!!」
中鬼は真正面に降り立った私を指差し、私の斜め後ろに位置する二匹に何やら言葉を発しているが、もう後ろの二匹は動かない。
未だ棍棒を振り上げたままの二匹。首を傾げる中鬼の姿と、その二匹の体が袈裟懸けにずり落ち始めたのはほぼ同時だった。
袈裟懸けに切り裂かれた二匹の体が異音と異臭を発して地面へと落ち、残された体も力なく地面へと崩れる。
私は振り返る事無く、後ろで動きを止めている子供と男へと言葉をかける。
「怪我は……、無さそうだね。貴方はそのままそっちをお願い。
おじさんは少し離れて隠れててね。私がコイツの相手をするから」
「あ、あぁっ!すまないっ!ありがとう!」
「貴女は一体……、いや、今はそんな事はいいか。解った!此方は任せろ!」
返ってきた言葉に、頷き、さてと、私は目の前に居る唖然とした様子の中鬼へと意識を向けるのだった。