6.幼少期⑤
私が『風竜の巫女』に就いて1年が経過した。
人の世に広がる『職業』とは女神が齎したモノであり、魔族や魔物と言った強者が蔓延る世界で人という肉体的に弱い種族が対等に戦うための手段となっている。
私が竜や魔王だった頃は勿論そんなモノは無かった。
竜の王や魔王等と言った物は肩書の様なモノで、それ自体には何の力も無い。
『職業』とは人という種のみに与えられた特権の様な物だ。
まぁそれを踏まえてもやはり魔族や魔物という種は規格外の力を持っており、『職業』という力を使ってようやく戦えるようになるかもしれないという程度のモノだ。
唯与えられた力に胡坐を掻いていても、人と魔の者達の差は埋まらない。
与えられた力を如何にして振るうか、如何にして鍛え上げるか、その研鑽を怠らなかった者達の中の更に一握りが、そう言った隔絶した強者達と対等に戦うの事の出来る『英雄』と言う存在になるのだろう。
ここで『職業』について簡単に説明すると、『職業』を得た者には女神から恩恵が与えられる。
剣士であれば力が増したり、魔導士であれば魔力が上がったりと言った物で、それと同時にそれらが鍛える事によって職業に就いていない者よりも上昇しやすくなる。
その成長による上昇値や職業に就いた事による恩恵は職業によって千差万別と言っていいだろう。
そして更に『職業』に就いた事による恩恵がもう一つある。
それが『職業スキル』と呼ばれる物だ。
これは熟練度が上がるにつれて使える物が増えていくそうで、剣士なら『二連斬』や『重撃斬』等、魔導士系統ならばその属性に特化された物で風ならば『飛行』、火であれば『業火球』等だ。
魔術は修練を積む事によって習得する事は可能だが、それに特化した魔導士という職業に就いている者には敵わない。
その理由としては女神の恩恵により、特化属性の強化等が施されているからという話だ。
そしてさらに、自力で習得が可能なのは中級までとされていて、上級や最上級を始め、超級等と呼ばれる戦術級の魔術に関しては魔導士職を極めた者にしか使用出来ない。
そして、私が就く事になった『風竜の巫女』について現在解っている事を挙げていこう。
まず恩恵としては魔力値と敏捷値の上昇と、風魔術の最上級までの解禁。
そして『職業スキル』として与えられたのが、『降ろし』と呼ばれる物だ。
これは巫女として祀っている竜の力を自身に宿すと言った物であるらしい。
前世で竜だった私的には、疑似竜魔術と言った感じだ。
前世で使用していた竜魔術をまた使えるようになるかもしれないというのは有難い。
この職業を極めていけばいづれ疑似では無く真の竜魔術も使える様になるかもしれないという希望が持てる。
まぁ慢心せずにこれまで通り自らを鍛え、英雄への階段を一歩一歩登って行こう。
さて、6歳から始まった戦闘訓練だが、代々騎士の家系と言うだけあって両親共に生粋の剣士であった為に私には余り教える事が無かった。
生粋のとは行かないが、術師系に近い私はジルベルト家では近年稀に見るイレギュラーだったらしい。
という訳で、私は自主特訓と姉との戦闘訓練で場を凌いでいた。
そして今日もいつも通り午後からの戦闘訓練を開始する。
少し背の伸びた姉、ヴィアリスは青緑色の髪をポニーテールして訓練用の細剣の模擬剣を右手で構えている。
服装は動きやすい長ズボンにブーツ、シャツと言った男性の普段着の様な恰好だ。
対して私は、いつも通りのツインテールにサイズが無かった為に与えられた半ズボンとシャツという少年の様な恰好をしている。
ポカポカと温かい陽気の中、スッと手を挙げた父の声が響き、と同時に挙げた手が振り下ろされた。
「始めっ!!」
「ふっ……!!」
開始の合図と同時に姉は短く息を吐き、右手で肩の高さに構えていた細剣による刺突が私へと繰り出される。
迫りくる刺突を見て、私は本気では無い刺突であると判断する。
恐らくこの刺突は牽制。
体を狙った刺突を半身になって避け、少しの距離を取る。
と同時に更に一歩、追いかける様に踏み込んだ姉が次は『職業スキル』を用いて攻撃を繰り出した。
閃光の様な刺突。それが計3つ。まるで全てが同時に放たれたかのような速度で迫る三筋の閃光。
『三連牙』と呼ばれる魔導剣士の刺突技。
両肩と体へと狙いを定めた連撃は、バックステップ直後の私の体術では完全に躱す事は不可能。
そう一瞬で判断した私は少し顔を顰めて小さく舌打ちをし、初撃を交わした後に準備して置いた魔術を発動する。
本来は罠、攻撃の為に用意していたモノを潰される事になるが、仕方ない。
「ちぃっ……、風爆!!」
その言葉と同時に、私と姉の間、刺突が迫る丁度真ん中辺りで風の爆弾が爆ぜる。
地面に設置された風爆は地面に穴をあけると共に、爆風が生まれ、上がった土煙と不安定になった足元、それに伴う刺突スピードの低下、風による追い風を受けた私の体、それらが作用し、私の更なる後退を手助けした。
空を切る三連牙に、顔を顰めるのは、今度は姉の番となった。
次は此方の番と私が動く事にする。
風の魔術の同時起動、『敏捷上昇』『飛行』。
軽くなった体に、フワリと足元が地面から離れる。
そして、現在私が使用する事の出来る『降ろし』を発動する。
「いくよ!姉様!『風竜の大翼』、『風竜の大爪』!!」
言葉を発すると同時に、掌に竜の紋章が浮かび上がり、緑の発光が二連続で起こる。
その光が収まり、バサッと音を立て、背中から浮かび上がった半透明の緑色をした竜の翼を広げる。
飛行は熟練すると空を飛ぶことが出来る物だが、機動力はそこまで高くはない。
その速度から移動手段としても馬の方が早いので微妙だし、高度もそれ程まで出る訳では無い。
利用方法は色々とある便利な物だが、戦闘用としては微妙と言わざるを得ないだろう。
しかし、私の使用した風竜の大翼と併用する事によってその機動力が上がる。
風竜の大翼は飛行と似通った性能だが、飛行と違って持続力が無い。
空を飛び、一度の加速で距離を詰めるというのが現在の限界だ。
その場で空を飛んで停滞すると言った事には向かず、加速に特化している。
空を飛ぶにも力を消費するので、非常に燃費が悪いのだ。
そこで、私はそれを補う事の出来る飛行と併用する事によって数度の加速を可能とした。
私は思い切り空を蹴り、一度目の加速で姉との距離を詰める。
姉は辛うじてその速度を捉え、私の進行方向へと細剣を置いて迎撃を試みる。
そこから私は側面へと加速して回り込み、一度目の攻撃を加える。
私の開かれた手には、翼と同様に半透明の緑色に光る竜の爪が顕現している。
辛うじて反応した姉は咄嗟に細剣で防御し、ギィンッ、と甲高い音が響く。
「くっ!」
「もういっちょう!」
右手の爪で振り下ろし、体制を崩した所で、更に細剣を狙っての左手の爪による跳ね上げの二連爪。
もう一度金属と金属がぶつかり合うかのような甲高い音が響くと同時に、姉の手から細剣が離れ、クルクルと宙を舞う。
短く言葉を漏らした姉の懐へ潜り込み、その爪を喉元へ。
「私の勝ち、ですね。姉様」
「えぇ……、私の負けね」
両手を挙げて降参する姉に、父の「そこまでっ!」という言葉が響く。
しかし、結局スピードと力によるごり押しとは私も芸が無い……。
竜であった頃と変わらない戦い方になって来たなぁと、そんな事を思う。
「さて!では行きますよ、ウェンディ!」
「え、いえ、今日は一人で……」
「ダメです!私が洗って上げますから!さぁお風呂ですよ!」
「ああぁぁぁっ!」
有無を言わさず私は腰に担がれ、姉にお風呂へと拉致される私であった。
そして、姉によって体を無駄に念入りに洗われ、二人で湯船へと浸かる。
最初は戸惑うことも多かったが、今ではこのお風呂という物を結構気に入っている。
竜だった頃は偶に水浴びをしていたが、中々どうして、お湯に体を漬けるという行為がこれ程心地よい物だとは前世の竜生を損していた気分だ。
「ふぅ……、そういえば来月には出発だね。姉様」
「ぐっ……、そ、そうですね……」
私の言葉に顔を顰めて、項垂れる姉に苦笑いが浮かぶ。
何の事かと言うと、10歳になった姉は、来月から王立騎士養成学校と呼ばれる場所へ行くことが決まったのだ。
カルミナ王国というのが私の両親が仕えている国で、アルドノア大陸と呼ばれるこの大陸では一番の領土を誇る大国だ。
その大国に仕える騎士を養成する目的で建設されたのが王立騎士養成学校、フェルクス学園だ。
10歳から安くはない入学料を払う事によって入学許可が降りる。
授業料も安くはないので、学生の大多数は貴族や裕福な商家等だ。
期間は10歳から12歳までの初級科と12歳から成人とされる15歳までの上級科に分かれているらしい。
しかし、中にはそこまで裕福では無い子供も稀に入学してくることがある。
それは、『勇者』や『聖女』等を筆頭にしたレアな職業持ちや、才能溢れる所謂英雄候補の子供達だ。
彼等彼女等は、国からの助成金や授業料、入学料の免除等、特別待遇が用意されているらしい。
そう聞くと私も是非入学し、未来の英雄仲間とお近づきになって置きたいので、今から入学が楽しみだ。
今代の勇者はまだ発現していないという噂だが、私の一つ下の代にどうやら『聖女』の職業持ちが現れたと、この田舎街にまで噂が届いた。
一つ年下にはなるが、学園に行けば否応なしに顔を合わせる事が出来るだろう。
まさしく英雄候補となる『聖女』とは是非面識を持ちたい所だ。
因みに兄であるヴェスターは既に入学していて、寮に入っている。
影が少し薄いが、彼も6歳で剣士の職業持ちと優秀なのだ。
閑話休題。
それで、私も入学する事は既に決まっているが、10歳からなので暫く姉とは離れ離れになる。
その事がどうやら姉にとっては耐え難い事であるらしい。
まぁ寂しいという感情は、転生してから少し解る様になったので、姉の気持ちも解る。
「まぁ……確かに、少し寂しいね。今までずっと一緒に居たから」
「あぁ……、ウェンディ!なんて可愛いの!やっぱり一緒に連れていくっ!」
「ちょっ!姉様!急に抱きつかないでっ!ちょっ……、ど、どこを触ってっ……」
「はぁはぁっ……」
鼻息が荒い姉を無理矢理引き剥がし、何とか落ち着きを取り戻させて風呂を後にする私であった。




