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言の葉ウォーズ  作者: 二ノ宮明季
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 刀を持つ手が震える。

 けれど、思っているだけじゃ何も始まらない。終わる事はあっても、始まる事は無い。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は大声で哭いた。泣いた。全身を黒い液体が巡る偽物だが、それでも、視界がぼやける気がした。

 そうして俺は、俺は――刀を、振り下ろした。

 辺りに大量の退色血《スミゾメ》が飛び散る。

 致命傷と言えるだけの深い傷を、樒に、百合につけてしまったのだ。

 けれど後悔する暇も、悲しむ暇も今は無い。俺は刀を捨てて《百合》の首筋に噛みついた。

 丁度吸血鬼のようにも見えたかもしれない。

 ぼやける視界の中で、偽物の皮膚の感触が、俺の物ではない退色血《スミゾメ》の味が、口の中に広がっていく。

「あぁ、そうかー。蓮夜の勝ちかー」

 俺から樒の、《百合》の顔は見えない。

 けれど、声はどこか楽しそうに聞こえた。

「うん。でも幕引きにはすっごい良いかも」

 顔は見えないし、俺の視界は相変わらずぼやけている。けれど何故か、今樒《百合》は笑っている気がした。

「だって、こんなにたくさんの人に見られながら消えるなんて、おあつらえ向きだ」

 樒《百合》は抵抗する気は無いようで、腕をだらりと下に垂らす。

「何ていう高揚感」

 そうか、今、高揚しているのか。もしかしたら俺もそうなのかもしれない。

 感情のベクトルは違えど、同じとも言える気もする。

「大好きだよ。そう、僕は皆好きなんだ」

 最初からずっと言っていた。本当に好きだったのだ。

「あー、とても楽しかった。もっと遊びたかった」

 これはきっと、百合だった時からの気持ちだ。

 ごめん、二回も殺してしまって。特に樒《百合》には、酷い事をしっぱなしだった。

「でも良いんだ。消えた後の世界も、楽しみにしているよ。消えた後の場所は、消えた奴しか知りえない。たまらないね」

 口の中に入り込む退色血《スミゾメ》の量が増えた気がする。どろりとした、偽物の血液は……咽返るほどの、血の匂いだ。実際は、墨汁のような匂いなのだが、俺には血のように感じた。

「そして僕は蓮夜の一部になる。今までの百合は、蓮夜の中に入るんだ」

 誰一人として、樒《百合》の言葉を遮らない。

「たまらないね」

 笑い声が掠れている。

「じゃあね、蓮夜。侵蝕者《カキソンジ》の位寄樒は、先に暗闇のその向こうへ行くよ」

 樒《百合》がもうすぐ、消えてしまう。

「ずーっと待ってる。君と、本当に一つになれる日を」

 俺が、消してしまうのだ。

「あー、楽しかった」

 心からの声のような気がして、胸が苦しくなる。

「じゃあ、またね。バイバーイ」

 これが、樒《百合》の最後の言葉だった。

 俺の目の前から彼女は消えて、元の色に戻った百合《モモ》が、泣き笑いみたいな表情を浮かべていた。

 その表情だって、俺が勝手に思っているだけかもしれない。何しろ俺は今、泣いているのだから。

 噛みついている存在が液体になり、俺はそれに自分の手を翳した。契約していない侵蝕者《カキソンジ》には靄があるが、今の俺の靄は中に入っているから。

 するり、と樒《百合》だった液体は俺の中に消えてしまった。

「蓮夜、頑張った」

 モモは俺の方に駆け寄って、抱き着く。そして、頭を撫でてくれた。

「よかった……二人とも、無事で良かった」

 センも胸を撫で下ろしているようだ。

「……助かった。ありがとう」

「一応、藤からもお礼を言っておきますよぅ。ありがとうございました」

 俺に向かって、掃除屋《シュウセイシャ》二人が頭を下げる。本来ではありえない光景に、思わず笑いそうになった。

 もしかしたら笑いそうになったのは、俺の中の樒《百合》だったのかもしれないが。

「では、神に報告をしておく。早ければ明日には、侵蝕者《カキソンジ》の蓮夜という設定で、主人公《ヒロイン》公庄百合の物語のメインキャラになっているだろう」

「藤、残業確定ですよぅ」

 能漸が淡々と俺の今後を語ると、藤は小さなため息を吐き出した。

「神様に、伝言頼める?」

「お? ゆりりんからの? 何ですか? ちゃんと伝えておきますよぅ」

 俺の頭を撫でたままの百合は、藤の返事を聞いてから大きく息を吸った。

「神様だか何だか知らないけど、完全にキャラクターを、わたし達を掌握する事が出来ると思わないで。だって、人は変わる物だから。神様の手を離れて、一人歩きだってするよ」

 今の言葉に、モモに対して覚えていたぼんやりとした印象はない。

「気に入らないからと手を加えられたって、気に入ったように、完全に思いのままに動く事はないんだ。少なくとも、わたしはそう思う。わたし、今回の件も、これまでの件も怒ってる」

 はきはきとした、今まで見て来たモモとは違う口調だ。でもこれも、モモの一つの面なのだ。

「わたしの事、ぼんやりした無気力系にしたかったらしいけど、お生憎様。せいぜい悔しがって、今回何が悪かったのか考えて」

 ここで言葉を切ると、「おしまい」と小さな声で言った。そうか、モモも怒っていたのか。それから、悲しんだのか……。

「む、嫌味っぽい……。先輩、伝えておいてくださいね!」

「お前が聞いたんだ。お前がやれ」

「むぅ。仕方がないですね」

 掃除屋《シュウセイシャ》、グダグダだな。

「今回、藤達役立たずでしたし、ゆりりんには借りもあるので、しっかりと伝えておきます」

「では、また」

 二人はそう言い残すと、黒い空間に白いドアを描いて消えて行った。

「蓮夜、帰ろう」

「そうよ。あと、これからもよろしく」

 モモは俺の頭に最後の一撫でを食らわせてから離れると、笑う。センは、俺に手を差し出していた。

「うん……うん、また、みんなで……」

 最後まで声にはならなかった。

 けれど、俺は樒《百合》の作った空間に扉を作り出して……現実へと三人で身体を滑り込ませたのだった。


   ――きみとのきおく――


「蓮夜、友達っていうのは、悪い事をしていたら止めるんだよ」

「……どうして?」

 百合が俺に言い聞かせるように話す。表情は真剣そのものだ。

「悪い事をはっきりと悪いって言えるのも、友達だからこそ、だから」

 俺のどんな些細な質問にも、百合は答えてくれた。

「たとえ嫌われたとしても、相手にとって良いと思えることをするんだ」

「そっか……」

 俺は小さく頷く。

「じゃあ、俺、百合が悪い事をしたらちゃんと止める」

「うん、お願いね」

 百合はにこっと笑った。

 たまらなく好きだった百合の笑顔を思い出すと、寂しくなった。

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