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樒に対し、何度も斬撃を繰り返す。繰り返しては避けられ、大量に《ナイフ》を作られては貫かれる。
それでも、後ろでは掃除屋《シュウセイシャ》二人がモモとセンを守ってくれているのだ、と自分を奮い立たせて、何度も諦めずに攻撃をした。
しかし、俺の気は逸れることになる。
何故か後ろから、モモとセンがこちらに走ってくるのだ。しかも、彼女達に樒の退色血《スミゾメ》が襲い掛かっている。
「何で――」
言いかけた所で、俺の腕は退色血《スミゾメ》に絡め取られ、挙句腹には《ナイフ》が突き刺さった。
「よそ見は良くないよー」
「ちっ」
俺は舌打ちをして樒を睨みながら、《ナイフ》を腹から抜く。というか、抜いていたんだが……目の前の樒の頭に、石鹸《ケシゴム》がぶつかって、《床》にぼたっと落っこちた。
樒の髪は、ほんの一部だがグレーがかっている場所が出来ている。石鹸《ケシゴム》がぶつかった所だ。
「あぁ、もう。鬱陶しいなぁ……」
樒が、苛立たしげに低い声で呟いた。笑顔も、石鹸《ケシゴム》と一緒に落ちてしまったようだ。冷たい表情で、掃除屋《シュウセイシャ》を見ている。
「硬化して、遮断するよ。最初からそうすればよかった」
言うやいなや、この場に零れている全ての樒の退色血《スミゾメ》が、掃除屋《シュウセイシャ》と俺達を遮断するように壁を作った。
「これで良し、と」
樒の表情に、笑みが復活。心の中で拾い上げて、張り付け直したらしい。
「蓮夜!」
モモとセンが、俺に駆け寄ってきた。
……頼むよ掃除屋《シュウセイシャ》。ちゃんと守ってよ。仕事だろ。
「じゃ、今度は三人で遊ぼう」
「三人、って……」
完全に、モモとセンも対象ですか?
「《ペースト》」
ごそっと、また《ナイフ》が増えた。
「ちょ、ちょっと、何なの!?」
「あれ、本物のナイフと同じ殺傷能力有り……」
俺は乾いた声で、センに簡単に説明する。
「た、楯とか無いの!? 楯とか!」
「あぁ、楯!」
センに言われて思いついた言葉を吐きだし、俺は具現化する事にした。
「《楯》《具現化》」
…………現れた物に、俺は頭を抱えたくなった。
「あのう、モモ?」
「ん。何?」
「前に言ったよね。君の感覚に依存するって」
モモは、僅かに首を傾げている。可愛いよ。そんな君も可愛い。だけどさ!
「ねぇ、なんで楯が鍋の蓋なの?」
どうして、こうなったんだよ。
「強いよ、鍋の蓋。しかもそれ、ステンレス製のヤツ。アルミとか耐熱ガラスのは、ちょっと弱そうだし、もっと強そうなのが楯だと思う」
「聞いてない! そこ、割とどうでも良い!」
俺の手には、ちょっと重量感のある鍋の蓋。ステンレス製なのが強そうなのは、蓋と言うジャンルでのくくりであれば認める。蓋限定での勝負があれば上位に上り詰めれるだろう。
しかし、今はごく普通の、西洋のファンタジーとかにありがちな楯が欲しかったのだ。ナイフを防げる、楯が。
「うん、ちょっとこれは楯として、どうなの?」
センも苦笑いを浮かべながらモモに言う。もっと言ってやって。
「でも、みんな大好きな26センチタイプだよ?」
「分かんない!」
俺も分かんない!
「……えっと、つ、続けてもいい? 蓋、強いん……だよ、ね?」
ほら、樒すら困惑しちゃってるじゃん!
「き、気を取り直して! いっくよー!」
樒は無理やりテンションを上げたようで、明らかに動揺した後の笑顔を浮かべながら片手を上げた。所謂、空元気と言うものに分類されると思う。
「とりあえず蓮夜から行こうね」
こ、こい……!
「《ナイフ》《標的》《蓮夜》《攻撃》」
お馴染みの言葉と共に、《ナイフ》は俺に向かって飛んで来る。それを俺は、蓋で防いだ。
硬質で金属質な音を立てて、ナイフは弾かれては床に落ちる。
「な、鍋の蓋強い!」
モモの中の、鍋の蓋の立ち位置が分からない。この具現化は、契約者の感覚に依存される。ここまで強いという事は、モモは本当に鍋の蓋が強い物だと思っている証拠なのだ。
「うーん、意外と強いね。でも、どこまで持つのかな?」
樒は、ニタァっと笑うと、何度目かの《ナイフ》量産を始めた。俺はその隙に、百合と茜音に下がっているように言う。
そして、楯をモモに預けた。
「でも蓮夜、これ、回数制限あるよ」
「マジか!」
仕方がないので、もう一個作り出して、新しい方とモモに預けた物を交換しておく。
ホント、モモの想像する楯って何なの?
「百合、一度ちゃんと楯を調べてみましょう」
「何故?」
セン、ナイスファイトだった。君の戦いは忘れないよ。例えあっさり一蹴されていたとしても。
「いっくよー!」
わざわざ宣言してくれるとは、律儀だな。あくまで樒はお遊び感覚っていう宣言でもあるわけだが。
俺は鍋の蓋を構えながら、横目で下がったモモとセンを見た。鍋の蓋を構えたモモの後ろに、センが収まっている。
標的が俺だと言ってくれるかもしれないが、絶対とは言えない。だからこそ、なんとか防いでほしかった。俺に向かってきても、流れ弾ならぬ、流れナイフがモモ達の方に行ってしまうかもしれないし。
「《ナイフ》《標的》《蓮夜》《攻撃》」
《ナイフ》は、一斉に俺に向かってくる。
《ナイフ》と楯の見た目はともかく、金属同士がぶつかる音が響く。「明日は槍が降るかも」なんていう台詞が目じゃないレベルで、《ナイフ》が俺に降って来て、楯という名の傘で凌いでいる気分だ。場面は横スクロール的ではあるが。
――呑気に考えている場合ではない。
現状を打破する方法を考えねば、とは思う物の、そう上手くはいかない。そうこうしている内に、俺を焦らせる事態が起こった。
鍋の蓋に、ヒビが入ってきたのである。
「回数制限か……」
このままだと刺さるが、俺が避けると今度はモモ達の方へ行くかもしれない……。これが割れようが、俺は退けることは出来ないのである。
いや、見捨てようと思えば出来るけど、それじゃあ本末転倒だ。
耳障りな音が何度俺の鼓膜(偽物)を刺激した事だろうか。それほどの時間でなかった事だけは確かだが、ついに俺の楯は割れてしまった。
コンクリートにフライパンを全力で叩きつけた時のような音がして、俺の掌には鍋の蓋の取っ手だけ残った。腕には、《ナイフ》が三本ほど突き刺さった。
「中々頑張ったね。けど、これくらいで割れちゃうかー。残念だったね。うん、超☆残念!」
このハイテンション、何なんだ。俺は心の中毒づきながら、腕の《ナイフ》を引き抜いた。
うわー、退色血《スミゾメ》流れてるよ。センを近づけないようにしないと。うっかり成り代わってしまう。
「でもまぁ、これじゃあ蓮夜が本気出せないよね。背中に女の子庇っちゃうなんて、まるでヒーローだよ。もし僕が王道の敵役なら、お前は守る物があるから弱いんだよ、とか言っちゃうんだろうね。で、蓮夜はその守る物のおかげで勝てちゃう。うーん、王道。実にスタンダード。出来れば僕はその守られる役になっちゃいたい感じはあるけど、今は難しいよね」
今は、という言葉に、全身が粟立った。ここ最近、粟立ちの限定解除を受けたように、俺の偽物の皮膚には湿疹ではないぷつぷつがよく出る。
……鳥肌? いえ、寧ろ俺がチキンだという証明です。実際は、相手に恐怖を覚えているのが目に見える形で出ているんだけどさ。実感しちゃうから、止めてほしい。
「んじゃ、ま、王道に乗ろうか。僕だって元主人公《ヒロイン》なんだから」
言うやいなや、樒は《剣》と口にして言葉を落として、拾い上げた。そして《具現化》させると、真っ黒なレイピアが現れる。樒はその《剣》を片手で構えた。なにしろ、もう片手の指は数本落ちているので、両手で構えるのは難しいのだろう。
そう考えれば、彼にとって《剣》が片手剣《レイピア》の形で出た事はプラスだっただろう。こっちにとってはマイナスだが。
「じゃーん! ブラックソードだよ! ダークソードとかの方が格好いいかな? なんかいい感じの名前とか考えちゃう? 黒き焔の色気って書いて、ダークソードでどうでしょう?」
どうでしょうもなにもないでしょう。
「だ、ダサい」
「なんか……色っぽい気もしてきた」
「しっかりしなよ!」
俺の後ろで、女子高生二人組がダークソード(仮)について語っている。聞いている俺としては、センが戻っていると実感できた。何しろ彼女、一度樒の口にした「色気」を肯定しているのだ。恐ろしい。
「じゃ、剣と剣の戦いをしようよ。一対一。敵と主人公の決戦。背中には女の子。そして黄色い悲鳴。きゃー! みたいな事をしよう。さ、剣を構えて」
黄色い悲鳴って何だよ、とか思いつつも、俺は鍋の蓋の取っ手を放り投げた。それから、片手で持っていた刀を両手で構え直す。
「百合、茜音! 声援してあげて!」
「……蓮夜、がんばってー」
「いいから! そういうのいいからこっちに居なさい!」
セン、ナイスアシスト。センに抱いていた感情が嫉妬だったと自覚してから、俺は少し柔らかくなった気がする。特に、モモに関しての事柄で。
普通に考えれば、あのぼんやりしたモモをどうにかしてくれるのだから、ありがたいこの上ないのだ。
「んもー。茜音ったらノリが悪いんだから」
樒は、無駄にセンにウインクして見せる。これは……どういう行動なんだろう。意味はあるのか無いのか。あぁ、無いだろうなぁ……。
「ま、いっか。あくまで敵っぽい風を装ってやろうっと」
敵は敵で変わりはないんだけど……。




