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「かかって来いよ、蓮夜。この僕に勝てると思うならね」
「ん。それっぽい」
「いいから、そういうの!」
何だろう、この締まらない感じ。
「早くー。蓮夜、僕の胸に飛び込んできてー」
「……い、行ってやるよ」
乗ってみたけど、ちょっと恥ずかしい。しかし、そうも言っていられないのだ。
本気でやっても勝てない相手に、どうやって――。
あぁ、でも、それでも、先程あった床に零れた樒の退色血《スミゾメ》はもうない。俺達を囲む壁になっているのだから。白いの二人、グッジョブ!
という事は、斬りかかってアレに阻まれる事はまずないと考えていいだろう。
ここまで考えると、俺は《床》を思いきり蹴った。
樒との距離はそれほどない。僅かな加速に乗せて、俺は刀を振るう。
「おっとっとー」
樒は余裕そうな声を出して、真っ黒な刀身で俺の刀を受け止めた。硬質な響きがあったのもほんの数秒。次の瞬間には、彼はほんの少し後ろに下がって、体制を整え直していた。
樒が下がった分だけ、俺は踏み込んだ。だが、流石と言うべきか。幾度かの斬撃を、樒はいとも簡単に防ぎ、今度は俺に何度も突きを食らわせる。
俺は必死に止めるが、にこにこ顔の樒は足払いをかけてきた。
……当然、俺は足を取られて転倒。俺にとっては絶体絶命、樒にとっては好機だ。
「いっくよー。さくっ♪」
軽い掛け声とオノマトペ。同時に、胸に刃が突き立てられた。痛みはないが、焦りはある。
「……卑怯?」
「敵っていうのは、卑怯な生き物なんだよ。だからいいんだ」
「なるほど」
俺の後ろで鉄壁の構えをしていたモモと、俺に突き立てたレイピアを引き抜いた樒が、のんびり会話を繰り広げる。俺の退色血《スミゾメ》が溢れた。
「でも、そっかぁー。卑怯かぁ……」
樒は少し考えると、「よし、決めた!」と声を上げた。
「僕、自分縛りするね。ってワケで、僕は直接的攻撃を、黒き焔の色気であるところのダークソードだけにする。足払いとかもうしないよ」
「その名前も縛りの内に入るの!?」
「茜音、あれは色っぽいからいいの」
「良くないわよ! 可笑しいでしょ。間抜けだわ」
うん、間抜けだ。
でも……まぁ、自分縛りをしてくれるのなら、して貰おうじゃないか。俺は何とか身を起こすと、刀の切っ先を樒に向ける。
「さぁ、おいで! 蓮夜!」
声が合図になり、一気に加速。金属的な音が空間に響く。
鍔迫り合い、とでも言おうか。あるいは、鎬を削っているのかもしれない。刀と剣の刃が至近距離でぶつかり、不快な音を立てる。
少年漫画のようなアクロバティックな剣さばきの一つでも出来ていれば、観客を楽しませられるのかもしれないが、生憎そんな余裕はないし、俺には出来ない。
肉体言語の押し問答を暫くしてから、どちらともなく後ろに下がる。そしてまた、刀と剣のぶつかり合い。
何度そうしていただろう。外野のモモが「頑張れー」と合間合間に声援を送ってくれていた事だけは確かだが、何度ぶつかったのかが分からない。
俺は息を乱す勢いで疲弊し、時には切られて退色血《スミゾメ》を流した。対して樒は、息一つ乱さない。
「さぁ! もう一回頑張ろうよ、蓮夜」
「……くっ……」
そのまま当たって砕けろ精神でぶつかるしかないが、もう……どうしたらいいのかが分からない。
「蓮夜……。わたしがやろうか?」
そんな俺の様子を見て、モモが声援以外の言葉を吐いた。気持ちは嬉しいが、これじゃあ本末転倒だ。絶対にそんな事をさせるわけにはいかない。
「いや、俺がやる! セン、ちゃんとモモをとっ捕まえておいて」
「分かったわ」
センに頼めば、あとは安心だろう。お願いだから、このままモモのストッパー役でいて下さい。
いい加減、どうにかしないと。
俺は刀を樒に向けると、特攻した。どうせダメなのは分かっているが、あまり戦いを伸ばせない。早くどうにかしないと、モモが動きそうだ。そうなったらモモは……。
きっと今の俺からは、バトル系アニメにありがちな、「うおおおお」とか、そういう声が出ているのだろう。客観視したら、どれほど恥ずかしいだろう。冷めた目で見ていたら、どれほど無様だろう。
それでも偽物の声帯を震わせ、空気をも震わせ、樒に渾身の一撃を食らわせるべく、刀を振るう(震う)。
今までで一番、鈍く、高く、耳障りで、大きな音が響いたと思う。俺の一撃を剣で受け止めた樒も、余裕そうな表情を少しだけ崩しているように思えたから。
「ひゅー、やっるー」
飽くまで軽口を叩くが、次の瞬間には彼は悲しげな表情を浮かべる。
「酷いよ、蓮夜。ワタシの事、そんなに憎い……?」
これは、百合の表情だ。そうだ、樒は百合で、いや、でもモモを助けないといけないけど、でも、百合には変わりない。
「蓮夜!」
モモの声が聞こえて、俺は自分の決心を思い出した。
「自分縛り、やーめた!」
けれどその時にはもう遅くて、樒は俺の刀を易々と振り切ると、距離を取って《爆弾》と呟いた。口からこぼれた言葉を掴むと、俺達に向かって放り投げる。
「《爆発》」
宙に浮いた《爆弾》という言葉は、ジジジと音を立て……やがて砕け散った。
マズい――!
思った次の瞬間には、大げさなくらい耳に残る音と共に、砕け散った言葉の破片が俺に突き刺さる。爆風も勿論あって、俺は飛ばされた。
強かに腰を打ったとか、そう言うのではない。いうなれば、床を引きずり回された感覚なのだろう。今まで経験が無いから、飽くまで想像だが。
「ほら、ヒーローらしいセリフを吐いてみなよ」
樒はニヤニヤと笑いながら俺を見る。俺は思うように動かない身体で、樒を無視してモモを確認した。
鍋の蓋が防いでくれたようで、モモもセンもなんともないようだ。ただし、鍋の蓋は砕け散っているが。
「剣と剣の戦いじゃなかったのかー。こんなの卑怯だぞーって。さぁさぁ! 遠慮なく!」
樒はニヤニヤした顔のまま、ハイテンションに俺にリクエストしている。
「言わないのかぁ。ちぇー。ま、いっか」
何とかゆっくりと上半身を起こしながら、俺は彼を睨めつける。
「《ペースト》」
樒はニヤニヤした顔のまま、《ナイフ》を量産した。
「――待ちなさい!」
センが声を張り上げる。
「……樒。そう言えばあんた、誰の《言葉》を使ってるんだっけ?」
センが、樒に尋ねる。
「今? 今は茜音から借りてるんだよ。快く貸してくれたじゃん」
樒はニコニコしながら、何故かふわっと回って見せた。基本的に、モモ以外には愛想が良い。
「……だったら、もうあたしの言葉を使わせない。使っちゃ、駄目」
言い聞かせるように、センは樒に言う。樒は少し首を傾げてから、「ペースト」と口にしてみた。
結果としては、声だけが出て、《言葉》がこぼれる事は無かった。
「あれ?」
樒はもう一度首を傾げると、再度「ペースト」と言う。
「あれ? えっと、あれ? 剣も無くなってる」
彼は自分が手にしていたはずの《剣》が無くなっている事に気付いて、何度か手をぐーぱーさせてみた。やっぱり、無い事に変わりはない。
「もう使わせないわよ。絶対に」
「あー。そっかそっか。こういうのって契約者の意思次第か」
大きな大きなため息。今までの樒では見た事が無い反応だった。
「あー、面倒くさいなぁ。どいつもこいつも」
大げさに吐き出すと、彼はやがて……またしても笑顔を浮かべた。
「ま、いいや」
笑顔で口にしたのは、とても気軽な物だった。




