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まず、結論から言おう。
ピンチだ。
ここに来てからピンチでは無かった事など、一度たりとも無いが、そういう問題ではない。
刀で切りつけても防がれる。これは、何度やっても同じだった。
退色血《スミゾメ》が流れ、それを自在に操る力を相手が持っている以上、ここを覆すすべは見当たらない。希望的観測で、「少なくとも今は」を枕詞にしたい所だ。
更に、樒が周りにばらまいた《ナイフ》という大量の単語。これが何を意味するのか、未だに分からない。
白い二人組とセンの方からは、何度か銃声が響いてきている。それが余計に、この場の緊迫感を生んでいた。……この場、ではないか。緊迫しているのは、俺だけなのだから。
掃除屋《シュウセイシャ》に向けられているであろう銃口は、俺に向けられている訳ではないと理解しているのだから、おびえる必要はない。これは一般論。多分。
しかし、俺からしてみれば、間接的に向けられている気持ちになるのだ。あいつ等が負けたその時は、俺に当てられているも同じことなのだから。
「蓮夜は意外と弱いなぁ」
かちーん。樒は、俺の1かっちんポイントを見事獲得した。ていうか、俺が弱いんじゃなくて、こいつが極端に強いだけだし。
「か弱くってすみませんね。俺、君と違って繊細だから」
「うんうん。蓮夜は繊細でか弱くてかわいいなぁ」
嫌みが通じない。残念ながら、全く、これっぽっちも、何一つ、相手へのダメージを与えることはできなかった。
苛立ちを押し殺して、俺は樒に刀を向ける。
もう何度目か。それでも、やらない訳には行かないのだ。
俺は小さく息を吐き出すと、標的をじっと見て、刀を構える。
いっそのこと、フライパンとかの方がこいつ相手だったらよかったのかもな。意外性があって。でもなぁ、心もとないし、やっぱり刃物を持っている方が戦いにおいては安心出来るし。
……そう、俺は安心出来る刀を持っているのだ。俺はやれば出来る子。同時に、やらなきゃいけない子。
モモの為にも。
自己暗示のように自分に言い聞かせてから、樒に刃を向けて、地を蹴った。
「そろそろやろーっと」
――ほぼ、同時だった。俺が勢いつけたのと、樒がそう呟いたのは。
それほど距離を取っていた訳ではない。だが、俺は止まれなかった。
止まれないのなら、と、俺は刀を振り被り――確かに、樒を斬った。彼の、自ら伸ばしてきた手を。斬り込みが浅かったようで、斬り落とすには至らなかったが。
樒は、自分の手が斬り落とされる可能性があったのに、取り立てて気にした様子も見せず、俺の振るった刃を掴んだ。
「《ナイフ》《標的》《蓮夜》《攻撃》」
刃を掴んだ樒は、ニタリと不気味に笑った。
マズイと思った次の瞬間には、俺に文字が突き刺さる。
樒に鷲掴みにされた刀から、俺は手を離すのが正解だったのだろう。
文字通り、《ナイフ》という《文字》に全身刺された今、そう思った。
「蓮夜、僕が抜いてあげようか?」
樒はニタニタしたまま、刀を掴んでいる手とは反対の手で、俺から《ナイフ》を一本抜き取って放った。
黒い血が、俺の肩から滴る。
「なんなら、全部抜いてあげるよ。それとも自分で抜く? ちゃーんと僕、待っててあげるけど」
「……自分で、引っこ抜く」
「そっかそっか。素直にお話ししてくれる子は、好きだよ」
気色悪い。俺は嫌いなのに。
俺は刀ごと後ろに下がると、自分に刺さった《ナイフ》を引き抜いていく。
樒はずっとニタニタしている。俺が刀を引き抜いた時に、指が三本《床》に落ちたのだが、全く気にしてはいないようだ。
「きゃー、痛そー♪」
俺が、《ナイフ》を引っこ抜く度に、退色血《スミゾメ》が床を汚す。樒は黄色い悲鳴を上げて笑った。
正直、これも不気味だった。
やがて全て引っこ抜いた頃には、俺の身体から退色血《スミゾメ》が流れていない場所は無いくらいだ。
「一杯出た出た♪ それじゃあ、蓮夜」
樒は一度言葉を切ると、笑みを深くした。背筋が凍るような、恐ろしい表情だ。
「僕の黒と君の黒、どちらが強いか勝負をしよう。お互いを黒で、闇で、染め合おう」
喰うか喰われるか。負けた方が、相手の一部になるのだ。
「言われなくても、やってやるよ」
俺の口から出たのは、きっと強がりだったのだろう。
痛みはなくとも、退色血《スミゾメ》が流れる傷が疼いて震えたのだから。
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