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――わたしときみのきろく――
次の覗き穴には、それほど歩かずについた。
百合と黒百合の覗く世界では、今度は《百合》と《蓮夜》が戯れている。
戯れるとは言っても、「あーれーおだいかんさまーおたわむれをー」のアレではない。何やら二人で、トランプでタワーを作って遊んでいるのだ。
「あれは、何? 生産性を感じないんだけど」
「仲良くなったよ、っていう話だよ」
百合が、ものすごく退屈そうに黒百合に尋ねた。
「見てて楽しい?」
「えー! 楽しいよ! 二人が仲良くすればするほど、ワタシのテンションマックスなんですけどー!」
「……そう」
全然理解できなかったが、とりあえず分かった事にして続きを眺める。
『蓮夜、器用だね』
『そう? 百合にそう言ってもらえるのなら、俺、ずっと器用でいる』
『不器用にもなれるの?』
『百合が望むなら』
へにゃ、と、百合が見た事のない顔で、《蓮夜》が笑う。締まりのない、幸せそうな表情だった。
『だって俺、百合の友達……なんだよね?』
『そうだよ。蓮夜はわたしの友達』
《百合》が《蓮夜》の質問に、大きく頷く。今ここで見ている百合とも違う、主人公《ヒロイン》らしい反応だ。
『よく俺が一人だったのに声を掛けたよね』
『かけずにはいられないよ。蓮夜、ちょっと不思議な雰囲気持ってて近寄りがたいけど、でも、興味があったんだ』
好奇心の塊で、周りを放っておけない。主人公らしい主人公の《百合》が、ここにいた。客観的に眺める百合としては、自分と同じ外見をしていても、中身の全く違う彼女を、とてもではないが同一人物だとは思えないな、とぼんやりと思った。
やはり、自分は自分、彼女は彼女、だ。
『今は?』
『今も。不思議な蓮夜と友達になれて嬉しいよ』
『俺も、百合に会えてよかった』
《蓮夜》は床からトランプを一枚拾うと、弄ぶ。
『俺、百合と同じ場所で友達になりたい』
『どういう事?』
とん、と、新しく積み上げた瞬間――今までタワーになっていたトランプは、音を立てて崩れた。立体から紙くずに成り下がる事の、なんと簡単な事か。
『俺、この《世界》の人じゃないって言ったよね』
『うん』
どうやらこの《蓮夜》も、自分が侵蝕者《カキソンジ》である事を《百合》に伝えているようだ、と百合は思った。
『誰かと成り代われば、俺は百合の隣にずっといれるよ』
『こら!』
即行で《百合》が頬を膨らませた。表情筋が滑らかに動き、《蓮夜》に向かって厳しい顔をして見せる。
『それはダメだよ、蓮夜。蓮夜は蓮夜なんだから。誰かに成り代わるってことは、その誰かの人生を全部背負うって事だよ』
彼女はここで一度言葉を切ると、幾分優しい表情に変えて言葉を続けた。
『それになにより、わたしは、今この場にいる蓮夜が好きなの。例えば蓮夜は、今この場所のわたしが変わっちゃったとして、それでも好きって言えるの?』
『……ごめん、百合』
『わかれば宜しい』
今度は満面の笑み。ころころと表情が変わる様は、百合とは異なる物だ。
『今の話、聞かなかったことにして。これから一生、絶対に誰かに成り代わらないで、ずっと百合の傍にいるから』
《蓮夜》が、真面目な顔で《百合》を見る。
『百合が、どうなっても』
最後に不穏な言葉を継げると、《映像》は終わったようだ。
百合は覗き穴から顔を離して、黒百合の白い顔に視線を向けた。
「なんか、これ……気持ち悪い」
「そんな風に言う? 自分の事だよ」
「自分だけど自分じゃないじゃん。でも、なんか……変」
何とも言えない感情が、背筋をざわざわと這うようだ。
「変、ね。でもま、百合にそんな風に思わせる事が出来たなら成功だね」
一方黒百合は、上機嫌にウインクなんぞをして見せる。
「じゃ、次に行こうか」
「ん。わかった」
そうして百合は、黒百合が差し出した手を握った。
言い知れぬ不快感を、拭い去れないままに。
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