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「先輩、どうするんですかぁ?」
銃弾は藤の頬ギリギリを掠めて彼方へと飛んで行った。その証明とばかりに、彼女のふわふわの白い髪の毛は、一部焦げて切れている。
「箒《フデ》」
能漸は一言呟くと、自分の武器を手に取った。大きな筆だ。
「白染料《シュウセイエキ》はいらないんですか?」
「とりあえず、相手の攻撃をいなす。それに、彼女の一体何を修正するんだ? 何かが可笑しくて、修正しなければいけないのは確かだが、根本と言うか、原因と言うか、そう言った物がはっきりとしない」
「……確かに。じゃあ、何をどうするんですか?」
いつもならセットになる筈のものが無い事に疑問を覚えた藤だったが、直ぐに能漸の言葉に納得した。
納得しても、今後の動きが決まらなければ何の意味も無いが。
彼女は単純であり、一直線であり、素直である。それ故に、不満も恐怖も簡単に口にするし、相手の挑発にも乗りやすい。
長所と短所は、裏と表の関係にある。故に、扱いが難しいのだ。
「……気絶でもさせる事が出来ればベスト、なんだがな」
能漸は言葉を選んで、藤に応える。上手く藤を操縦してやらねば。それが、先輩としての使命だ。
「多少なら、怪我させてもオーケーと捉えても?」
「致し方ないだろう。彼女の存在さえ傷つけなければ、神もお許しになるはずだ」
「ぜーんぶ、はず、とか、そういう話になっちゃうわけですねー」
藤は、大きくため息を吐いた。
目の前では、茜音が銃口を再度二人に向けている。
「現場には現場の都合というものがあるが、上には上のビジョンがあるのだから、仕方がないだろう」
「働き白アリなんぞ、いざとなればプチっとしちまえばいいっていう話ですね。全く、掃除屋《シュウセイシャ》はとんだブラック企業の役職ですよ。色はホワイトなのに」
「どちらも無彩色である事だけは共通しているな」
茜音に警戒しつつ、二人でめいめいの方へと動くと――ドン、と、銃の二発目が放たれた。
当たりはしなかったが、どうやら藤狙いのようだ。
「はー。藤の可愛さに嫉妬しちゃってるんですかぁ? 止めてくださいよぉー。そんな事したって、彼の心は手に入れられませんよー」
「恋はしてないけど、先にチョロそうな方を始末しようかな、って思って」
「チョロいとは心外ですね。藤、こう見えても今流行りのちょろインとかにはなりたくないタイプなんですけどー」
口調こそは軽いが、表情を見れば苛立っているのが分かる。
「それに、こっちは二人ですし? 一対二の今の状況なら、こっちの方が優位なんですよ」
「あたしを殺す気でやれなくても?」
最初こそ小馬鹿にしたような、余裕ぶった態度をとっていた藤だったが、茜音に聞き返されると言葉を詰まらせた。
可愛い外見には似合わぬ、「ぐぐぐ」という呻き声を上げている。言葉に詰まったのなら、無言の方が映えた事だろう。外見には。
「……こちらを殺すつもりで行動しているような口振りだな」
「実際そうだもの」
藤の代わりに、能漸が口を開く。
「ごく普通の女子高生が、仮にも人型相手に躊躇いもせずに殺す気である、と」
「だってそうでもしなきゃ、勝てないじゃない。勝てなければ、蓮夜はあたしと同じ存在になるって事でしょ? そんなの許せる?」
「別に同じ存在という訳ではない。寄主蓮夜として、登場人物化させるという話だ」
「どっちだって一緒よ」
能漸の答えを、茜音は一蹴した。ついでに鼻で笑われた。
藤が鼻で笑われたことに腹を立てて怒り狂いそうになっていたが、能漸は手で制し、茜音が紡ぐであろう次の言葉を待った。
「百合の傍にいる事を認めるって事でしょ? 百合の害になるであろう、あいつを」
「害にならないと判断した。故の、登場人物化だ」
能漸は、あくまで冷静に答える。
「最初は、樒と契約してけん制できればと思ってたの。なのに、目の前で嬉しそうに話しちゃってさ。蓮夜何て、最初からいらなかったのに」
「言いたい事が呑み込めない」
能漸が眉間に皺を寄せるも、茜音はそれ以上言う気は無いようで、銃口の先を藤から能漸へと変えた。
そして、直ぐに撃ち込む。
「――っ」
「先輩!」
一瞬反応の遅れた能漸は、腕に鉛弾を撃ち込まれた。藤を制していた右手に、だ。真っ白な液体が、白黒の床に落ちる。
どうやら、初心者にもやさしい親切設計の銃のようだ、と、能漸はぼんやりと考える。
痛みはない。なぜなら彼は、人間ではないからだ。
しかし、血液の代わりである白い液体――消色血《オシロイ》が零れ落ちることは、彼の力が弱まるという事だ。侵蝕者《カキソンジ》と、肉体のシステムはそう変わらないのだから。
「どうも、可笑しいな」
冷静な声で、能漸は呟く。
「先輩、消色血《オシロイ》を止めないと!」
藤が慌てて近づくと、能漸の着流しを奪って引きちぎる。そして、それで傷口をきつく縛った。
「本当に、樒に操られていると考えるべきかどうか」
「んなこと後でいいじゃないですか! そんな事呟いてる余裕があるなら、自分の傷口を何かで縛り上げて下さいよ! 藤が、ちゃんと手当てしてあげちゃうような良い後輩で良かったですね、先輩」
こんな風に言ってはいるが、藤は一応心配したようだ。
一方茜音は、口元に笑みを浮かべて、二人のちぐはぐなやりとりを眺める。
「どうやら、善悪の判断力が曖昧になっているようだ」
能漸は藤の頭をぽふぽふと撫でながらも、茜音から視線を外す事は無い。
もちろん、《床》に落ちた、自分の服の残骸に目をくれることも。二つの目玉は今、茜音にのみ固定され、しばらくは動く事は無いだろう。
「それから、何らかの感情の増幅、だろうか。藤、何の感情か分かるか」
「それ、知ってどうするんですか?」
藤は、眉間で金魚が飼えるほど深い皺を寄せて、能漸に聞き返す。
「私達は掃除屋《シュウセイシャ》だ。ならば、何をするのかは分かるだろう?」
「人の感情の修正方法なんて、藤は知りませんよぉ」
目の前の茜音が、クスっと笑った。二人のやりとりを楽しんでいる、というよりは、自分優位のこの状況に酔っているようにも見える。
何らかの感情の増幅、と能漸は言ったが、おそらくそれは間違いではない。
善悪の判断がつかず、《負の感情》が増幅しているとすれば、それはただの《悪》だ。誰に対しての《悪》というものは曖昧であるが、少なくとも、普通の生活の中で《善》と呼ばれる物の反対の物ではある。
「奇遇だな。私もだ」
「先輩じゃなくて、このバカって呼んでもいいですか?」
「さすがに真顔で言われると、本気かと思ってへこむ」
「藤は本気ですよ」
軽口を叩いてはいるが、二人の視線の先には茜音がいる。
今度は油断して撃たれる事は無いようにと、警戒している、というのもあるからだ。だが何よりも、相手は《敵》であり、《保護対象》という複雑な存在である事が大きい。
面倒臭い仕事を請け負ってしまった平社員の、悲しいサガだ。
「修正がどうとか、よく分からないけど……とりあえず、あたしが二人に対して攻撃をするってことは変えなくていいのよね?」
「いや、攻撃を止めてくれるのなら、それに越した事は無い」
「残念。友達の頼みは、ちゃーんと聞いてあげないとダメなのよ」
余裕たっぷりに口を開いた茜音は、にっこりと笑った。
これが、教室で百合に向けた表情であれば、なんと可愛らしく平和だった事だろう。
「これが、上げて落とすという攻撃方法か」
「このバカ、早く公森茜音さんをどうにかする方法を考えますよぉ」
「本当に言ったな」
「いい加減にしないと、言い続けますよ。このバカ」
会話を続ける二人の間に、銃弾が滑り込む。茜音が、躊躇いなく撃ったのだ。
幸いにも、というべきか。警戒は怠っていなかったおかげで銃弾から逃れる事が出来た。
だが、未だに対処法は見つからない。
「早く二人には消えて貰って、樒のこと応援してあげなくちゃ」
「応援されると、パワーアップしそうですよね、あの侵蝕者《カキソンジ》」
「多分ね。だから、応援しないと」
茜音は本気で言っているのだろう。更に言えば、樒は本当に応援されるとよけいに厄介な存在になるかもしれない。
何しろ、樒と茜音が言うには、二人は《友達》なのだ。友達の声援で強くなる、というのは、物語での定石。それ故に、可能性があった。
《メインキャラクター》の《応援》を受けた、《友達》の侵蝕者《カキソンジ》が、どれほど脅威になるか、分かった物ではない。
食い止めるためにも、今ここで、茜音をどうにかしなければいけない。
決意を新たに、能漸は唇を結び、藤は茜音を睨み付けた。




