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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
9/16

その2

 そこは空洞だった。

 外界からの光の一切を受け付けない暗闇の住み処だ。

 静寂の中で響く音がある。

 人の歩く足音。それが三つ。

 キョウヤたちだ。

 NPCの情報通り山脈を探索していた三人は、崖の下にできていた洞穴を発見し奥へと進んでいた。


「それにしても……」


 チアが呟いた。歩きながら隣のツクヨミに目線を配る。


「ツクヨミちゃんよくついて来る気になったね? あんな強引な誘い方で……」


「面白そうだったし……」


 無表情で簡潔に答えたツクヨミは先頭を行くキョウヤの背中を見ている。

 キョウヤは肩で風を切りずんずん前進し続けていた。周囲の薄気味悪さを微塵も感じていない様子だ。

 度胸だけは人並み外れているので、ある意味先頭を行くのに適した人材かもしれない。警戒などは全くないが。

 ……頼もしいといえば、まあそうだけど。

 チアは胸襟でそんな感想を抱く。

 そこでまたツクヨミを見て、


「ねーねー! キョウヤのことをキョーって呼んでたよね?」


 僅かに顎を落としただけの微妙な頷きのツクヨミを確認してから続けた。どこか期待に満ちた顔で。


「だったらあたしのこともチーとか……できればチー姉なんかいいんじゃないかなぁって! なあんていってみちゃったりしちゃって!」


 眼を輝かせるチアに、ツクヨミは心底ウザったそうな冷たい態度で吐き捨てた。


「うるさい女……」


「ちょっ! キョーヤ……今っ! いまっ!」


「もう特徴を掴んでもらえるほど仲良くなったのかね? さすがだね」


「どうしたらそんなポジティブになれるんだーっ! っていうか何気にあたしがうるさいこと肯定したよね、いまっ!」


「それは誤解だね。私はそう……『女』という点を指したのだよ」


「特徴でも何でもねーっ!」


「更にチアの大きな特性でもある張りのある声量とそこから繰り出される鋭いツッコミ、そして何かとお喋りなところを総合しての所謂称号というやつだ。よかったね!」


「結局遠回りに説明してるだけで肯定してるだろーっ!」


 ははは、と乾いた笑い声を出し歩速を上げて逃げていくキョウヤ。待てー! とその背中を追うチア。ツクヨミはやれやれといった態度でそれに続いた。



 洞窟に入ってから大分経つがまだ通路は続いていた。

 道中、暇なので親睦を深めるために色々と互いのことについて話すことになった。

 まずはキョウヤがEROを始めた理由。

 これにはツクヨミは殆ど反応も感想もなかった。おそらくキョウヤがいつもの調子で加奈のことを口走っていたからだろう。だがそれは断片的な情報ばかりだったからか、最後まで説明すると少し納得していた。

 代わってツクヨミ。

 彼女はEROの上級者だった。なんとレベルは100。現状EROにおいての最高レベルだ。

 趣味でショップをやっていて、あの家も移動できる代物のようだ。チアの記憶に間違いはなかった。

 しかもショップは彼女の気分で開くため、場所も時間帯も統一性はないという。やる気ない店ではあるものの品揃えがいいので人気はあるようで、一部では幻の名店と噂されているらしい。

 なぜキョーヤがすぐに場所が特定できたかというと、彼は高額の情報量を払いツクヨミ店をマークできる状態だったのだ。ストーカーっぽいが本人曰く『VIP待遇』であらゆる情報を誰よりも早く回してもらえるようだ。

 それはさておき。

 単調な通路が続いていた洞窟に変化があった。

 壁にレバーがあり、その下には矢印と近道という文字があった。その矢印が指すのは、一目で明らかに隠し扉だと分かる雑な枠組みの壁が存在していた。しかも何か奥から荒い息遣いがこちらまで響いてきている。

 どう考えても罠ですよオーラ全開である。

 無視を決め込もうとしたチアに対し、キョウヤはその扉の前で止まった。そして腕を組む。


「ふむ……チア、ちょっとレバーを上げてみてくれ」


「え……マジ? 絶対罠だよー?」


「こういった如何にも罠のような雰囲気で偽装する正規ルートかもしれないからね」


 乗り気でないチアを見つめてキョウヤが言った。

 チアは渋々レバーに手を掛けた。レバーはスイッチの中心にあり、どうやら上下に動かして開くようだ。

 レバーを上に。

 扉は大した重量感もなく開き切った。

 するとそこには大量のモンスターがいた。どれも長い間待機していたのか、喉を唸らせて涎を垂らし血に餓えた形相をしていた。

 ドアが開いた瞬間、一斉に襲い掛かってきた。

 すぐさまレバーを下ろす。壁が閉まり、向こうから扉を叩く音が溢れている。

 チアはその場から離れて反対側の壁まで移動し乱れた息を整えた。


「やはり罠だったね」


「だから言ったじゃんかーっ!」


 そう言うとキョウヤはレバーをちょっと上げてからすぐに中心に持ってくると、足元だけで半開きになっている状態の扉を下から覗き込き、


「どうかね? どうかね? 互いにこの距離でチラ見せ出血大サービスだよ? うおっ……隙間から毒液がっ! ははは、元気がいいねっ!」


 遊んでいるキョウヤの隣にツクヨミが静かに移動する。そして手にした変な液体の入った瓶を、凶悪な笑みで扉の隙間から放り込んだ。

 ものすごい爆発音からの沈黙。


「ああっ! 本当に出血大サービスになってしまったよ、ツクヨミくん!」


 一連の流れを見ていたチアは頭が痛くなってきて壁に手をついて何も見てないフリをした。

 ゴトンッ!

 そのときチアの手が付いていた壁が押し込まれた。

 固まるチア。まさかこのパターンは……!

 そう思うと同時に変化が起きた。奥の方からの轟音が迫ってくる。

 洞窟の通路を伝ってくるのは水だった。

 激しい水流。天井には届かないものの人間を押し流すくらいなら訳もない勢いだ。

 そして飲み込まれた。

 遊んでいたキョウヤはあっという間に流されてどこかへ消えていった。

 チアは何とか岩に捕まって耐えていたが、圧倒的な力で身体が引っ張られていく。

 手が痺れ、もう限界だった。

 そんな中でチアは天井付近に何かがあることに気が付いた。それは緑色の雲のような物体で宙に浮いてあり、その上にツクヨミが正座していた。

 あんなアイテムあるのか。

 などと思う前にこれで助かるとこちらを見ているツクヨミへと必死で手を伸ばした。


「助けて、ツクヨミちゃん!」


 ツクヨミは小さく首を横に振った。


「無理……これ一人用……」


「いやぁああああ〜〜〜っ!!」


 絶望的な台詞に腕が放れ、チアも濁流に飲み込まれていった。



 チアは意識を取り戻した。

 視界が若干おかしい。まだ定まっていなかった。

 取り敢えず生きているようだ。もう流される感覚がないことから、おそらく安全なのだろうか。先に流されたキョウヤは無事なのか。

 思考して、ぼやけていた視界を頭を振るって強引に回復させた。

 景色が飛び込んでくる。

 開けた空間だった。周囲には水気を帯びた高い壁が広がり、所々上空で溜まった水を吐き出している。

 壁の内側は小さな遺跡となっており、構築する石が仄かに緑色の光を発している。

 そんな遺跡の中心。

 キョウヤがいた。何かを思考している。彼はこちらに気付くと腕を上げた。


「平気かね、チア?」


 返答とばかりに軽やかに立ち上がって見せる。

 チアもその位置まで歩いていくと、付近に二つのパネルがあることに気付いた。そして奥には透き通った青い扉。

 これがNPCの言っていた仕掛けなのか。

 構図を見ただけで大体は分かるが、一応試してみることにした。

 キョウヤとチアが左右のパネルに手を置くと扉が解放される。どちらかが手を放すとすぐに閉じてしまった。

 単純な仕掛けだが確かに三人いないと攻略できない。

 どうしたものかと思っていると外壁の下方から人影が飛び出してきた。

 ツクヨミだった。ツクヨミを射出した壁はまるで生きているかのように開いた穴を萎ませて消えた。

 彼女は特に驚く様子もなく相変わらずの能面でいた。


「ふふ、いいタイミングだね」


 キョウヤの言葉にツクヨミも遺跡中央まできた。

 チアも、うんうん、と頷き、次にキョウヤに目配せしてから同時にパネルに手をおいた。

 奥の扉が開く。

 ツクヨミがその扉とキョウヤを交互に見ていると、キョウヤが促すように大きく頷いた。

 それを確認してからツクヨミは奥に移動し、置いてあった水晶玉を手にとって掲げる。


「とったー……」



 その瞬間だった。

 パネルに手を置いているにも関わらず扉が閉鎖されたかと思うと、突然遺跡の壁が動き出した。

 いや、壁ではなかった。壁の中には岩石の身体を持った生物が潜んでいたのだ。

 赤黒い装甲を持った巨駆の岩石の塊。四本の腕を持つゴーレムだ。通常の人型に、肩から二本の腕が生えている形状である。その姿にはとてつもない威圧感がある。まさに遺跡の守護者だ。

 二人が眼を奪われていると背後から声が飛んだ。


「キョー……こっち……」


 ツクヨミが指差した先に通路が続いていた。

 しかしその通路はトラップの扉の更に奥だった。


「なるほど、嫌な仕掛けだね」


 キョウヤはパネルから手を放す。


「まったくだよー」


 チアも状況を理解して手を放すと、中央に歩み寄り剣を構えるキョウヤの背後で弓を引き絞った。

 ツクヨミも扉の前まで来ていた。しかし向こうからは自力で開けられない。


「キョー……」


 ツクヨミの語調が沈んで聞こえる。

 キョウヤはそれに強気な微笑みで返した。腰を深く落とし、


「先に行きたまえ、ツクヨミくん! 私たちもこいつを倒したらすぐに追いつこう!」


 叫ぶと足元を強く踏み締めて行く。

 走り、流れる剣に込められるは炎の力。


「フレイムブレード!」


 一気に懐まで飛び込み胴体に斬り掛かる。追随する炎の剣筋がゴーレムの周囲を舞って乱れ飛ぶ。

 しかしゴーレムにはあまり効果がないようだった。

 上方から肩の二つの拳が振り下ろされる。片方ずつの剣で受け止めるが、次に正面。もう二本の腕が迫っていた。

 剣を押される勢いを利用して後方へ跳ぶ。殴られはしたが威力は軽減できた。

 退き様に風の衝撃波を放つ。

 ゴーレムに当たるも全く動じない。火も風も効果が薄いか。

 退くキョウヤとは反対に飛び込むものがあった。

 それは矢だ。一直線に相手の身体へと伸びていく。

 しかしゴーレムは肩の腕を寄せ、掌で受け止める。爆発は起こすが力は通らなかった。


「うわ、なにこいつー……」


 チアの嫌がる声。

 狩りで何度も戦いを経験してきたキョウヤとチアだったが、この敵は今までの相手とは一味違った。

 距離を取っているとゴーレムが動き出した。

 肩の腕を垂直に伸ばすと、その腕が肘の辺りで分離し火を噴き飛んでくる。

 驚いたキョウヤだったが何とか寸前で避ける。

 だがその飛んで行った先は先程までツクヨミがいた場所だ。

 腕はトラップの扉を吹っ飛ばすと奥の通路を巻き込んで潰した。

 二人は急いでそちらを振り向く。巻き上がった煙りで良くは見えないが周囲に人影はないようだ。

 どうやらツクヨミは先に逃げていたようだ。

 チアと同時に安堵していると間に割って入ったものがあった。ゆったりと歩いて煙りを押し退け、やがて二人の前に立つ。

 そこにいたのはツクヨミだった。


「いかないよ……?」


 感情の起伏に乏しい声だが、表情はほんの僅かに戦闘の意志を覗かせていた。

 ツクヨミはコートの裾から薬品を両手に取り出すと、それをゴーレムに投げつけた。薬品はゴーレムに激突とすると同時に爆発した。

 ゴーレムは初めてよろめいた。効いている。

 戻した腕を再びツクヨミに飛ばしてきた。だが腕はツクヨミに届く前に停止した。前方に出現したシールドによって遮られていたのだ。

 腕を突き出しているツクヨミ。その手にはアイテムが握られている。防御し切ると同時に手に持っていたアイテムが消えた。

 ツクヨミの職業はアイテム師。

 アイテムによって色々な効果を引き起こす。爆弾での攻撃から、防御に支援回復など。万能職だがそれ故に立ち回りが難しいとされているテクニカルな職だ。

 ツクヨミは腰を落として回避状態にあったキョウヤを見つめる。

 その瞳は力強かった。自分の堂々たる姿を誇っているようにも思えた。

 それから両手を胸の前に持って行き、その間に白い光を呼び寄せた。


「調合開始……」


 片方に薬品。もう片方は粉末の粉。

 二つは白い光の中に飲み込まれていき、完全に溶け込んだ。

 その光を見ていたキョウヤに振り掛けた。

 すると身体に力が溢れてきた。沸き上がってくる活力を受けたキョウヤは立ち上がり、ツクヨミに視線を返した。

 重ねた瞳で伝え合う応答の行方を行動で表した。

 接近した先、すでにゴーレムは腕を戻し、また射撃態勢に入っていた。

 来る。

 キョウヤは今度は避けずに両方の剣で受け止めた。

 押される力に地面を踏んで堪える。反れそうになる上体を支え、前だけを見据える。


「おお……!」


 加重に耐え切れず、割れる地面。

 キョウヤは前に踏み出すと押される力に対し一気に真横に薙いで弾き飛ばした。

 力の軌道が逸れた腕は弧を描いて上空へと飛んでから、周囲の壁を破壊して止まった。

 直後に衝撃音。

 肉薄したキョウヤの斬撃と、迎え撃つゴーレムの両腕の衝突が生み出した音だ。

 パワーアップしているキョウヤなら互角。いや、接近した速度を乗せての勢いでキョウヤが僅かに勝っていた。

 だがゴレームはもう一本の腕が残っている。今こそゴーレムはそれを振り下ろした。


「エイミングショット!」


 遮った一撃はチアのものだった。射られた腕は力の矛先を見失い停止した。

 二本を同時には対処できないが、腕が一本だけなら相手の動きを封じるのはチアにとって造作もないことであった。

 停止を見たキョウヤが力を前方へと押し出す。ゴーレムの巨大な身体が背後によろけ隙ができた。

 透かさずキョウヤは剣を空に振るった。すると四本の氷の槍が出現する。

 飛翔。鋭利な槍はゴーレムの装甲に突き刺さった。

 ゴーレムの動きが鈍っていく。

 水系統に弱いのか。

 怯んだゴーレムにツクヨミの爆薬が炸裂した。身体を大きく揺らして暴れ始めるゴーレムを見て、キョウヤは思った。

 そしてもう一つ。こいつには弱点がある。

 一度飛び退いて戻るとチアとツクヨミに目配せする。二人も理解しているようで、こちらを見て頷き返した。

 ツクヨミがキョウヤに調合した薬を投げつける。


「速度増加……」


 簡潔な説明から正面を見て構える。

 キョウヤは地面を蹴った。自身の速度よりも遥かに爆発的な速さに一瞬驚きつつも、その脚を止めることはなかった。

 ゴーレムも両腕を構えていた。

 右腕が発射される。


「フローズンブレード!」


 剣が急激な冷気を得た。

 手元から氷の膜が形成されていき、剣を包み込んでいく。刀身を覆うのは幾重にも連なった透明の氷塊。切っ先は剣以上に伸びていき鋭い刃と変わる。

 キョウヤは飛んでくる腕を躱し様に斬り付けた。

 剣が腕に走ると瞬くに氷が纏わり付き、凍り付かせてその威力を殺した。

 もう片方も飛んで来ていた。

 すでに眼前までだ。しかし怯まない。

 その理由は背後からやってきた。

 キョウヤの加速と飛ぶ腕よりも速くこの場を駆けるのはチアの矢だ。

 チアの一撃は腕に命中し、爆発と共に地へ墜ちた。

 二本の腕を無力化した。


「ここだ……!」


 ゴーレムの腕は残り二本。この状態こそが奴の最大の弱点だ。

 ゴーレムはあの鈍重な動きを腕の多さでカバーしていた。確かに腕の射撃による破壊力は抜群だが、飛ばした直後は防御力が激減する。

 二本の腕では身体強化もされたキョウヤの剣を受けられる術がない。

 キョウヤは残りの腕で抵抗するゴーレムの懐に難無く潜り込む。高速の剣が岩の身体を打ち鳴らし、その後を冷気が辿っていく。

 そして飛び上がる。

 直後ゴーレムの腕が空を切った。

 飛び上がると同時に真下から身体を斬り付けた。

 装甲を裂いて氷のラインが浮き上がり、上空のキョウヤの手元まで駆け抜ける。飛び出した霜柱は煌びやかに美しさを誇示する反面、取り付くものの全てを凍てつかせた。

 ゴーレムは微動だにできない。

 それでもまだ生きていた。時々動きを見せようとしている。たいした生命力だ。

 チアが弓を構えていた。矢に篭っていくオーラが放たれる。


「バーストショット!」


 もはや動けないゴーレムの身体の中心に突き刺さる。爆発すると凍って脆くなっていた装甲が吹き飛んだ。

 最後はツクヨミ。

 爆薬同士を融合させた。白い光の微弱な閃光が秘めた破壊力を物語る。


「超爆薬……」


 光が飛び出し、ゴーレムに撃ち込まれた。

 内部からの強大な爆発が氷を弾き飛ばすと、粉塵となって空中に輝きを見せた。

 氷の呪縛から解かれたゴーレムは仰向けに倒れ、やっとその機能を完全に停止した。

 着地していたキョウヤは剣をしまいチアとツクヨミの方に向き直った。


「やったね! キョーヤ!」


 チアは笑顔でブイサイン。

 ツクヨミはまた気怠そうな顔になっていた。そんな彼女にキョウヤは笑みを送り、


「どうやら今回は君に助けられたようだね、ツクヨミくん」


「ホントだよー。すごいんだね、ツクヨミちゃん!」


 すぐさま同意するチアに、ツクヨミは少し落ち着きのない困ったような態度だった。こういったことに慣れていないのだろうか。


「べ、べつに……」


 普段よりも声が小さい。

 背中を向けて帽子を被り直す素振りをしつつ続けた。


「たいしたことないし……ないし……」


 どうやら若干照れているようだ。

 チアと顔を見合わせクスッとすると、彼女は何か思い出したような顔になった。


「そういえば出口潰されちゃったけど……どうやって出る?」


 そう言って奥を見たが、出口はもう確認すらしなくても分かるほど崩壊していた。瓦礫を退かして出るのも不可能だろう。

 思案してると倒れていたゴーレムに変化が起こった。仰向けのままだったが、急に異音を立て身体が黄金色に点滅し始めたのだ。

 視線がゴーレムに集まっていたが状況が分からずに沈黙していた。

 しかしそこで上級者のツクヨミが事態を動かした。


「もしかして……」


 ゴーレムを見下ろし呟いた。


「自爆するんじゃ……」


 現場が大混乱に陥った。

 正確には取り乱したのはチアだった。彼女は、ええー、と叫び、


「ど、どうするの!? 逃げ道もないのに!?」


 すると取り立てて焦りのないキョウヤが余裕のある笑みを浮かべた。


「チア、こういう場合まずはゴーレムを起こしてあげるのがいい。人口呼吸で意識を戻すんだ、さあ早くやりたまえ」


「どうやってするんだよっ! ってか自分でやればいいでしょ自分でっ!」


「分かってないね。こういうのは異性にされたほうが嬉しいのだよ」


「一体どこで性別判断してるのっ!」


「間違いなく彼は男だね……腕が四本あったし! それにロケットパンチとは男の浪漫だよ」


「どういう根拠だよーっ!」


 こんな非常時にアホな会話をしていると、背後でツクヨミが壁を指差し、


「こっち……」


 そこはキョウヤがゴーレムの腕を弾き飛ばしたときに壊した壁だ。空洞になっていてずっと奥へと続いていそうな深さだった。


「ふふふ、こんなこともあろうかと逃げ道を作っておいたこの私の才知が自分でも恐ろしいね」


「偶然でしょっ! そんなことより早く逃げるよ!」


 三人は走り出す。

 ツクヨミも意外と脚が速く、かなりの速度で進んだ。だいぶ走って平坦だった道が緩やかな坂になってきた。


「ここまでくれば平気かな……?」


 チアが走りながら言うと、背後で得体の知れない重低音が響いてきた。

 嫌な予感がして振り返る。

 そこには腕を目一杯振って猛然とダッシュで点滅しながら追い掛けてくるゴーレムの姿があった。


「ちょ……なにあれぇ!?」


「どうやら一人で自爆するのが寂しかったようだね」


「冷静に分析してる場合かーっ!」


 するとキョウヤは、いや、と少し考えてから腕をポンッと叩いて、


「なるほど、私の華麗な剣技に惚れてファンになってしまったんだね!」


「んなわけあるかぁーっ!」


 すると横で聞いていたツクヨミが瞳をキラリと光らせた。


「わたしの爆薬に……」


「それもないからっ!」


「ははは、またそんな上手いこと言って『全てはあたしの弓捌きが破滅的に罪作り』などと自分の手柄にするつもりだね? その手には乗らないよ?」


「いいから走れーっ!」


 いきなりゴーレムが俊敏になったのと坂がきつくなってきたことが重なり、距離が詰まっていく。

 このままでは追いつかれる。

 そう思った矢先、前方から光が漏れているのが微かに見えてきた。

 三人は最後の力を振り絞ってその光を目指して走った。

 光は段々勢いを増し、ついには開けた。

 出た先は崖の上だった。眼下には深い森が広がっている。

 チアは走っていた勢いが収まらず、身を投げ出しそうになった。それをキョウヤが腕を掴んで手元へ抱き寄せる。

 洞穴の脇に避けていた。ツクヨミも反対側の脇に退避している。

 そこへゴーレムが飛び出してきた。

 崖の上から飛び出し、そして直後に転落していった。

 落下から数秒後に森で小さな閃光が弾けると、爆音がこちらまで響いてきた。


「ふふ、危なかったね」


 キョウヤが胸元に引き寄せていたチアの顔を覗いた。

 チアは顔を埋めていた。その顔は赤くなっていて固まっている。

 やがて気を取り戻したように慌てて胸元から顔を引き剥がし、


「あ、いや……あ、ありがと……」


 赤みが残ったままで答えた。なぜか目線は伏せ気味になっている。

 キョウヤは普段とは違うチアの様子に疑問を持った。どこか怪我でもしたのかと思い聞いてみる。


「どうかしたのかね?」


「や……なんでもないって」


「妙にしおらしいし……頭でも打ったのかね?」


「ど、どういう意味だぁー!」


「お、戻ったね!」


 いつもの調子が出てきたチアにいつもの得意顔のキョウヤ。ツクヨミはそんな二人の様子を口に手を当てて眇していた。

 それから結局手に入れたお宝はキョウヤたちには必要なかったのでツクヨミにあげることにした。

 その帰り道ツクヨミが少し浮かれていたのが、やたら印象的であった。

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