課金チート野郎
王都とは世界最大の都市である。
広大な敷地を持ち、その中心で高い建造物が競争するように立ち並び、周囲には住宅や露店が溢れ返っている。
プレイヤーの多くが拠点を持ち、人口も他の街の比ではない。そんな人々が生み出す活気と雑踏を飛び交う声が休むことを忘れている街だ。
そんな街の一角。
石造りの道を伝い流れる川沿いにも、多くの店が軒を連ねている。
そこにチアの姿があった。
普段は殆ど狩りに出ているが、それに疲れたため今日は久々にゆっくりと露店廻りなどをしていたのだった。
数え切れないほどの店と品々。
あまりの多さにどこを見回ったのか忘れてしまうこともしばしばである。そこでは武器に防具、素材、アイテムといった幅広い種類の物が売られている。
店も一軒ずつ違っていて、品数豊富なところから安さが自慢の店、たまに他にはないアイテムを売る個性的な店もあるので見ているだけでも楽しめる。
相当数を見て回ったチアは、川を跨ぐ石で造られた橋の上で小休止することにした。
手摺りの上で頬杖を突き、流れる川のせせらぎに目を落とす。
透き通る綺麗な水流には陽光が差し込み、その水面に写し込んだ物に輝きをもたらせているかのようだ。
「平和だねー」
頬杖から顔を付けて突っ伏して言う。
長閑で癒しのある生活。
これだけのためにEROを続けてもよさそうな気分になってくる。休日にはこうしてのんびりと一日を満喫するのだ。
それは一人でもいいが、やはり誰かと一緒だともっといいだろう。
チアはそう思ってキョウヤを誘おうとしたのだが、今日は連絡が付かなかった。EROにはいるようだけどメールやチャットにも反応がない。場所は王都になってるので街の中にはいるみたいだが。
一体何をしているのだろうか?
疑問もあったが、そんなものはやがて目の前の景色に洗われていった。
ああ、平和だなぁ……平和っていいよねぇ。
目を閉じて水の音と風の匂いに身を委ね始めた。
だがそこに平和に不釣り合いの音が紛れ込んできた。
平穏な大地のリズムを乱す足音。それは橋の向こう側からやってきた。
大勢の人がこちらに向かって走って来るのだ。土煙を巻き上げて。
その先頭を行くのは見慣れた背格好の少年だった。
「キョーヤ!?」
そう。間違いなくキョウヤだった。
そして軽快な走りを見せる彼の背後には暴徒と化した大勢の男たちが追い掛けてきていた。
キョウヤはチアに気付くと手を挙げて挨拶してくる。もちろん走りながらだ。
どんどん接近してくるとチアに向かって、
「走りたまえ、チア……死にたくなかったらね」
擦れ違うとチアの腕を引いた。
釣られて走り出すチア。
「なにっ! なにこれぇ!?」
「チア! 今は生き残ることだけを考えたまえ!」
「っていうかあたし関係じゃん! なんで逃げないといけないの!」
「いや君にも関係はあるようなのだが……今の連中にはそんな区別はないだろう。捕まったら最期だね」
そこでチラッと後ろを見ると、男たちは半狂乱状態になっている。確かに捕まったら終わりだ。
「振り向くな! 前だけを見ろ!」
キョウヤの鋭い声が飛ぶ。
先程の長閑な生活が嘘のように一転して地獄絵図だ。
耐え切れずチアが叫んだ。
「あたしの平和を返してぇえええええええーーーーーっ!!」
それから二人は街中を駆け回り、何とかキョウヤの家まで逃げ込んで事なきを得た。
ここはキョウヤ個人の空間のため彼の許可がない者は入って来られない。
チアは床に四つん這いになってうなだれていた。
キョウヤは窓を開け、二階から外を見ている。下では暴徒たちが怒号や罵声を浴びせてきていた。
その集団に向かってツクヨミお手製の爆薬を投下した。
たちまち爆発音と悲鳴がこだまする。
下からは『この卑怯者!』だの『正々堂々と勝負しろ!』だのと好き勝手な野次を飛ばす。
「ははは、どの口が言うのかね」
キョウヤの冷ややかな対応。
確かにあんな集団で襲ってくる連中が言う台詞ではない。かといって安全な場所から爆撃する方も大概なのだが。どっちもどっちである。
やがて飽きたのか窓を閉めた。
「それで……何なの、あれ……?」
乱れた息を整えながらいうチアに、キョウヤは腕を組み半ば釈然としない様子で告げた。
「どうやら……ツクヨミくんのことでらしいね」
「ツクヨミちゃんの?」
ツクヨミとはあの洞窟での一軒以来、頻繁にパーティーを組んでは遊んでいた。フレンド登録はしないという彼女のポリシーもあってフレではないが、なぜかツクヨミの方から何処からとも無く現れてはパーティーに加わるのだ。どうやって位置を特定してるのかは謎だ。
それはともかくとして。
あの暴徒たちはツクヨミのファンクラブを名乗っている連中で、最近仲のいいキョウヤとチアを好ましく思ってないようだ。
特に男のキョウヤと仲がいいなど以っての外というわけで、最近襲われることが多いらしい。
キョウヤが言うには一人一人は弱いので返り討ちにしていたが、今日は集団で決起してきたのだという。
どうしようもない嫉妬と逆恨み。
ありがちなことだが、いざ被害にあってみると堪ったものではない。
チアは溜息をついてベッドに腰掛ける。
「それでどうするの、あれ……」
「とりあえず奴らの名前は全員名簿にしてあるので、今夜から一人ずつ闇討ちしていこう」
「こわっ! もっと穏便に済まそうよー」
そこで、ふむ、と唸って考え込むキョウヤに対しチアは思っていたことを口にする。
「それにさー、あたしツクヨミちゃんとそんな仲良くないっていうか未だに懐かれないっていうか……キョウヤばっかり『キョー』とか愛称で呼ばれてずーるーいー!」
言いつつ不満が溜まったのか拗ね気味になった。
そんなチアにキョウヤは微笑み、
「それは平気だよ。奴らには私よりもチアのがツクヨミくんともぉーっと深ぁーい友情の一線を越えつつある親密な間柄だと説明しておいたからね!」
「なに火に油注いでるんだよーっ!」
「ふふふ、そしたら奴ら『百合でごじゃるか!?』などと動揺していたね」
「変な噂広まったらどーすんの……」
「それにしても白昼堂々『ツクヨミたんに踏まれたいお』などと奴らは変態なのかね? 全く場を弁えない恥知らずな連中だね蓮見くんに耳かきをしてほしい」
「ドサクサ紛れに欲望を出さなくていいからっ!」
そこで今は案もないので、一旦ファンクラブのことは置いておくにした。
窓の外を見るともう暴徒たちは解散したのか姿が見えなかった。
キョウヤもそれを確認すると、
「そろそろ出るかね」
「平気なの?」
「奴らも我々が一旦ログアウトしたと思っているだろう。それにいつまでもここに篭っているわけにもいかないからね」
「まー……そうだけどさー」
キョウヤに促されチアは渋々外へ出ることにした。
念のためにあまり目立たない場所での会話をしようということで、チアたちがやってきたのは王都の外の見張り小屋近くにある広場だった。
木製のテーブルと椅子があり、話すにはちょうどいい場所であった。
辺りは野原で色めく花の上を蝶が舞っている。
優しい風景に感情を預けつつ四方山話をしていると、チアはふと思う。
そういえばさ、と切り出し、
「蓮見さんとはいつ会うの? もうかなりEROにも慣れてきたしそろそろいいんじゃない?」
「ふむ、そのことだがね。私は蓮見くんに追い付こうとしているから、やはりレベルは揃えたいね」
「いやでも蓮見さんレベル100なんだけど……」
「さすがは蓮見くんだね。すばらしい」
顎に手を当て頷いていたが、そこまで言ったところでキョウヤが気付いたのか、チアを見返す。
「なぜ知っているのかね? フレンドでないとわからないはずでは?」
「うん、だからフレなんだよね」
「な……に……?」
珍しく固まるキョウヤ。
チアはキョウヤが転職を決意したときに、加奈とコンタクトを取っていた。学校で加奈本人にEROを始めたのでよかったらフレンドになって欲しいと伝えたら、加奈は喜んで受諾してくれた。
フレンドになってからは殆どキョウヤに付きっきりだったので交流は浅いものの、彼女から時々メールが届いたりすることもある。
内容はチアの頑張りを讃えるような当たり障りのないものだが。
彼女のキャラ名は『ハスカナ』。蓮見加奈から一文字抜いただけのシンプルな名だ。神官でレベルは100。神官とは支援と回復に長けたヒーラーである。
もちろん加奈には鏡也のことは伏せてあるし、こちらのキョウヤと行動してることも明かしてない。その為あの日のキョウヤの告白を聞いていたかは不明だった。
そんな折、回復したキョウヤが冷静にチアを見て、
「それは本当に蓮見くんなのかね?」
「いや本当でしょ……」
「聞き方が悪かったね。本物の蓮見くんかね? もしや影武者では?」
「なんで蓮見さんに影武者いる設定なのっ!」
「本当に本物かね? 人違いとか……いいかね? 『は』は蓮見くんの、はっ! 『す』は蓮見くんの、すぅ! 『み』は蓮見くんの、みぃいいい!」
「どんだけ入念に確認するんだよっ!」
キョウヤのリピートが始まろうとした瞬間、背後から声がした。
「おい、貴様!」
それは野太い声。筋骨隆々の大男だった。銀の重厚な鎧に身を包んでいた。
チアとキョウヤは顔を見合わせ首を傾げる。こんな知り合い二人にはいなかった。
「君は誰だね?」
キョウヤが聞くと男は巨大な剣を掲げ、息を吸って胸を張り、
「我こそはツクヨミたんを守り愛でたいの会! 幻の会員ナンバー1だ!」
恥ずかしげもなく堂々と叫んだ。
うわー関わりたくねー、とチアが思っているとキョウヤが立ち上がる。
ツクヨミのファンクラブならばもう用件は解りきっていたからだ。
キョウヤはいつもの余裕の笑みでいた。
「一人でくるとはいい度胸だね」
「俺は他の奴とは違うからよ」
キョウヤに対抗するように、へへ、と薄ら笑いを浮かべた。それからモニターをキョウヤに飛ばした。当然決闘の誘いだ。
キョウヤは微塵も迷わず受ける。
そして両者は剣を構えた。
チアはキョウヤを心配する反面、こんなふざけた奴なら平気かと思っていると驚きの情報が入ってきた。
決闘で表示された互いのレベル。
キョウヤの67に対し、相手の男は100だった。
こんな奴が100とは。ダテに幻ではないということか。
しかしキョウヤの自信は揺らいでいなかった。笑みのままだ。相手のレベルは見えているはずなのに、あの余裕は一体どこからくるのか。
二人が距離を詰める。
キョウヤが駆けたと同時に剣戟が響き渡った。
男の両手剣の一撃を、キョウヤが両の剣で防いだ音だった。
二本でガードしても押されている。
切り返してキョウヤが攻める。男は慣れた対応で捌いていく。
魔法攻撃を混ぜつつ、隙を狙っての剣。
だが男には通じなかった。キョウヤの剣の腕前は高いが、男も相当戦い慣れている。
そして戦闘が長引くとレベルの地力差がでてきた。
徐々にキョウヤが相手の剛腕から繰り出される剣に押され、そしてついに直撃した。
胸元を切り裂く完璧な一撃。キョウヤのライフが一瞬で消え去った。
「キョーヤ……」
チアが憂色を浮かべていると、男は大笑した。
「わかったか、小僧。これに懲りてツクヨミたんに近寄るんじゃねーぞ?」
剣をしまい意気揚々と引き返そうとする男。
そこでチアは違和感に気付いた。何かがおかしい、と。
その答えは決闘モードにあった。
キョウヤのライフがなくなったのにも関わらず、まだ続いていたのだ。
そして見た。男の背後で悠然と立ち上がっているキョウヤを。次にはライフが全快していた。
「どこへいくのかね? 何か分からせてくれるのだろう?」
男が背後に向き直る。信じられないという様子を全く隠せない。
キョウヤの瞳は力を帯びていた。たった今倒された者がする眼ではない。
男は剣を抜いて斬り掛かった。キョウヤも剣を振る。
戦いは一回目と同様に展開していき、防戦一方になったキョウヤに再び刃が襲い掛かった。
キョウヤはまたしても地面に倒れた。
「どうだ……?」
男が確信のなさそうな声を出した。
そのときチアと男は信じられない物を目にした。
キョウヤの身体が光ると瞬く間に傷が回復し、何事もなかったように立ち上がったのだ。
奇跡? いや、あれは……。
思い出した。あれはアクセサリーの『甦りの腕輪』だ。装備者が死亡したときに一度だけ全快してくれるという課金アイテム。箱からのランダムアイテムなので入手しにくい一品だ。
しかしキョウヤは二度も甦った。
それはもしや……。
男も気付いたのか黙ってキョウヤを見つめている。最初の薄ら笑いなどもう残っていない。
そんなキョウヤは笑みを更に濃くし、男に向かって厳かに言い放った。
「君はこの決闘モードで何の条件も儲けなかった。余程自信があったんだろうね? しかし君がこの条件で私に勝つことは不可能だよ」
「ふ……ふざけるな!」
キョウヤの断言に激昂した男は再び剣を振り回す。
展開はやはり何も変わらないが、焦っているのは男の方だった。
斬撃が決まり、またも倒れたキョウヤ。だがすぐに復活する。
剣戟が速度と激しさを増していく。
キョウヤが倒れては復活する。
倒れる。甦る。
「貴様いったい何度甦るんだ!?」
合計六回目の復活で息を切らせた男が吠えた。
その問いにキョウヤは、
「安心したまえ。あと百回程度だよ?」
「なん…だと…?」
男が落としそうになった剣を慌てて掴んだ。
そして息の乱れを強引に止めて構える。
「何度でも……倒してやる……!」
そのときキョウヤが動いた。
動きは懐から出した二つの薬品を使うことだ。
薬品の効果でキョウヤのライフが二倍に跳ね上がった。
そして絶句する男に向かってこう言った。
「今のはライフ増量と全ステータス極大アップの薬だよ。効果は十分程度だが……そんなにいらなそうだね」
「ふざけるな、この……課金チート野郎!」
ほぼ不死身の状態で更に二倍の耐久力。加えてステータスの強化。すでに男は疲れ果て絶望的な戦いを強いられ精神を折られて満身創痍だ。
そのあとの結果は判りきっていた。
男はキョウヤの剣で徹底的に叩き伏せられ、ついには地面に倒れた。
「私の勝ちだね」
キョウヤは男の首筋に切っ先を向けた。
ボロボロになった男はもう抵抗する気力もなく、俯いた。
「止めを刺せ……」
男の言葉にキョウヤが剣を振り上げる。だが剣は振り下ろされず、キョウヤは剣を腰に戻した。
「どうした……情けをかけたつもりか?」
「はは、まさか」
言うとキョウヤは手元に一千万の大金を出し男の目の前に差し出した。
そして微笑して、
「これで私とチアへの身の保証をしてもらおう。もう手は出すな」
「買収する気か……!」
「拒否権はないよ? もしも拒絶するなら君に止めを刺したあと額に『愚者』と書き、それをスクリーンショットで撮影したのち画像を情報屋に流させる。その姿は情報通のツクヨミくんの目にも届くだろうね?」
「な……」
もはや男には道は残されていなかった。
不名誉な醜態を晒すか、大金を貰って何もなかったことにするかだ。後者を取るしかなかった。
男は金を手に取り、その場で暫く踞っていた。
その様子の一部始終を見ていたチアは「む、むごい……」と呟いた。
それから少しして情報はどこからか漏れたようで、男の印象的な台詞を取りキョウヤは裏で『課金チート野郎』と畏怖されるようになった。
次の日から襲撃は一切無くなり、キョウヤとチアに平和な日常が戻ったのであった。




