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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
15/16

夢追う大地

 キョウヤは全速力で雪原を駆け抜ける。

 背後で呼び掛けてくる声を振り切って、ひたすら遺跡へと前進していく。

 何があったかは解らない。

 ただ加奈の身に何かが起きている。

 そう思うと居ても立ってもいられなくなり、気が付けば飛び出していた。

 遺跡の入口が見えてきた。

 近くで見ると硝子のように透明な結晶で外壁などが形成されている。

 入口らしき扉を開く。

 侵入すると装備に注意が促された。装備限定地域と出て、装備の変更が不可能となる。『甦りの腕輪』対策か。

 中には不思議な空間が広がっていた。

 縦長の空洞で天井には大きな穴が空いている。表面は青く透き通る壁で、その周囲は下り坂となっていて、透明な螺旋の通路が出来ている。

 通路の下には同じ材質の透明な地面があり、そこは中央が円形となっており、外側は崖となっていた。

 遺跡というよりは何かの住家といった感じだ。

 しかもその何かは見えて居た。

 遥か下方の筈なのにはっきりとだ。

 それは竜だった。白い肌と細長い胴体を持つ、長大な蛇のような竜である。身体よりも僅かに幅広い頭部に、胴体から飛び出した長い腕もある。

 今まで出会ったどんな敵よりも巨大で、そして圧倒的な存在感があった。

 その竜の顔がある場所に向いていた。

 視線の先は自身も降り立っている地面だが、よく見ると人がいた。

 五人いる。だが四人は既に力尽きて倒れており、白いコートを着た女性だけが立っていた。

 キョウヤは理解した。あれが加奈だと。

 そこで背後から二人が追い付いてきた。

 チアはキョウヤの顔を見てから、その視線の先を眺めた。

 誰が見ても状況はかなり悪い。

 しかしまだ残った一人は諦めていなかった。


「皆さん、今復活させますから!」


 白いローブの女性の勇んだ声が空洞に響く。

 何か唱えようとしていた。両手で杖を支え、全身を白い光に包みながら。

 だが不意にそれが止まった。

 彼女が自分の意志で止めたのではない。

 竜に妨害されたわけでもない。

 その原因は魔法の対象者たちにあった。

 なんと他の者たちは死亡したときに選択できる、街への転送を行っていた。

 まだ加奈がいるというのに。

 チアとツクヨミから押し殺した声が漏れていた。不快感を得たのだろう。


「そんな……」


 女性は掠れた声を出した後、その場で止まっていた。

 そこに竜が口を開いた。

 口内に白い光を溜め、下方へと放った。

 轟音が唸り、吐き出された白い光は前方に壁のように広がり、地面にいる者に降り注いだ。

 上空まで風が巻き起こり、屋根の穴に反響して竜が咆哮してるような音を出した。

 女性は生きてはいたが、地面に膝をついたまま動かない。見捨てられたのが堪えてる様子だ。


「蓮見くん!」


 キョウヤが再び走り出そうとするが、その腕を掴むものがあった。


「待って! キョーヤ!」


 チアは両手でこちらの左手首をしっかりと握っていた。

 それは縋るような手つきだ。

 彼女の沈痛そうな表情を浮かべ、瞳を重ねる。


「聞いてキョーヤ! あの敵は今までのと違う……行っちゃダメ! 蓮見さんはレベル100だから街に戻っても経験値減少のペナルティはないんだよ! でも助けに行ったら……キョーヤまで……!」


 言うのも苦しいのだろう。

 目に涙が溜まり、今にも溢れ出しそうだった。

 本当は言いたくないんだ。このまま見捨てろなんて。それでも自分を止めるために必死になってくれている。

 キョウヤはゆっくりと身体をチアに向け、握られた手を掴んだ。

 力を抜かせ、逆にその手を握り返し、


「チア」


 落ち着いた優しい声で力強くチアの瞳を見つめた。


「私はやっとここまで来ることができた。彼女のいるところまで。少しだけその背中に届きそうな場所まできた。今ここで行かなければ、もうきっと届かなくなってしまう気がする」


 だから、


「私は行くよ、彼女の元へ」


 握っていた手を放す。

 彼女の手は力無く下がった。

 その状態で彼女から視線を外さずに辛抱強く見つめ続けてから、背中を向ける。

 まだ動かない。

 今ならまだ掴んで止められる。

 ゆっくりと歩き出す。

 止めるなら、まだ間に合う。

 だがチアから反応はなかった。

 キョウヤはそれを彼女からの返事と受け取った。


「ありがとう、チア」


 歩調が変わる。

 加速した。今度こそ走り出す。

 加奈の元へと続く道を全力で走り出した。

 更に自分の身体が爆発的な速力を持った。これは何度も体験した、あの感覚だ。

 肩越しに背後を見ると、ツクヨミがこちらへと投げかける構えをとっていた。

 速度強化の調合薬だ。

 キョウヤは今までにない速度を見せた。それを彼女への礼として。

 疾走する。螺旋の通路を飛ぶように駆け抜けて下っていく。

 地面との距離が見る見る近くなって行く。

 ……もうすぐ、もうすぐだ。

 あと少し下れば飛んで行ける距離になる。

 そこで竜に動きがあった。

 また加奈にブレスを吐くつもりだ。次は耐えられないだろう。全く動けないので回避も不可能だ。

 ……くそっ! もう少しだ!

 しかし無情にもブレスは発射される寸前だった。

 その時だ。ブレスの光とは違う細長い光が空洞を突き抜けて降り注いだ。

 キョウヤは上空を見た。

 撃ったのはチアだった。

 拡散したブラストショットは本来の威力を発揮できなかったが、陽動ならば充分に役割を果たした。

 光を浴びた竜はチアに向いた瞬間ブレスを放射する。

 チアはそこから飛び退いて避けると、眼下のキョウヤへと叫んだ。


「いっけー! キョーヤ!」


「二人とも……感謝する!」


 キョウヤは速度を緩めず壁を走り、両脚を強く踏み込んで蹴った。

 剣を抜き、宙を行く。

 風を裂いて竜の懐へと飛び込んだ。

 竜の頭の側面から斬撃を入れる。

 落下の勢いも加えてそのまま胴体を斬り、両の剣を広げて舞わせる。

 竜を切り裂くと、着地した。

 生じた摩擦で足裏が火花が噴き出している。衝撃が収まり、靴底から煙りが上がる。

 落下ダメージを喰らったが、大したことはなかった。

 キョウヤは二つのアイテムを使用した。

 ツクヨミファンクラブを撃退したときにも使った体力倍増の薬と全ステータス極大アップの薬である。効果は十分だ。

 竜のライフは少しだけ削れていた。

 加奈を見る。無事なようだが、うなだれていて動けそうにはなかった。

 だからキョウヤは注意を引き付けるため、身体に紫のオーラを沸き立たせた。


「オーバードライブ!」


 竜に近付き斬撃の嵐を浴びせる。

 行くのは力と速度と刃とそれを実行する者の気力だ。

 力は切り裂き、速度は連撃を組み立て、刃がそれを伝え、気力が繰り出す発端と支えとなる。

 キョウヤの剣はその全てを備えて竜に攻撃していく。

 止まらない高速の剣は、竜を呼び寄せた。

 振り下ろされた爪を避け、叩き込む。回避しつつも剣は休まない。

 オーバードライブの効果は一分。

 この短い時間で己の全てを剣に乗せる。

 斬る。薙ぐ。突く。

 断つ。裂く。貫く。

 動作の一つ一つを力強く、機敏に、正確に、敵を倒す気迫をぶつける。

 頭上が白く照らされた。

 ブレスが来る。

 だがキョウヤは構わず剣を振り抜いた。

 景色が白一色に包まれ、ライフが減少していく。

 オーバードライブの効果により怯みはしないが、実際にブレスを貰うと凄まじい衝撃だった。

 白の景色が止むと同時にオーバードライブの効力が消えた。

 すると自分以外の人影があった。

 それは赤と青の色を持つ二人で、


『オーバードライブ!』


 二人は同時に互いのオーラを解き放った。

 赤のチアは爆発の矢と閃光の矢で竜を射る。

 青のツクヨミはこちらに回復薬と筋力強化を投げつつ調合爆薬で竜を吹き飛ばす。

 竜の意識はまだキョウヤへ向いていた。

 腕を鞭のようにしならせ薙ぎ払ってくる。

 剣で防御して弾くと、キョウヤは行動に出た。

 それは魔法剣士の基本中の基本。属性による攻撃だ。

 剣を打ち鳴らし、


「フレイムブレード!」


 先頭を切るのは炎の剣。

 灼熱の業火に喰らい灰燼へと帰す炎熱の力。


「フローズンブレード!」


 次を行くのは氷の剣。

 極寒の冷気によって凍てつく棺へと誘う氷結の力。


「ストームブレード!」


 続くのは風の剣。

 激しい大気の刃で切り刻む疾風の力。


「グラウンドブレード!」


 最後を勤めるのは地の剣。

 大いなる導きで破壊を示す怒れる大地の力。

 属性を加えての斬撃だったが、効果がないようだ。

 それどころかダメージが落ちている。

 四属性への耐性持ち。なんて厄介な相手だ。

 迫りくる尻尾を剣で防ぐ。

 キョウヤはもはや属性に頼らず、己の剣を信じて振るい続ける。

 チアとツクヨミのオーバードライブも切れ、通常の戦闘状態に戻っていた。

 竜のライフはまだ半分近くもある。

 そこで爪が来る。

 躱して懐に入り込むと腹部を一閃した。

 今度はブレスを構えていた。

 思いっ切り背後に退くがブレスの広範囲から逃れられず僅かに貰ってしまった。

 ツクヨミの回復薬が投げてくる。

 しかしそれに反応して竜の尻尾がツクヨミを叩き飛ばした。

 彼女はすぐに立て直すが若干辛そうだ。

 チアも小まめにブラストショットを放って応戦し、尻尾攻撃を回避していた。

 キョウヤは地面を蹴った。

 迫ってくる竜の腕を避け、腹部に飛び乗ると剣を突き立てながら走った。

 頭部へと向かって疾走する。

 傾斜のきつい場所を踏み込みを強くして堪え、腕の位置を越え、追ってきた爪を踏んで跳躍すると首元を切り裂いた。

 強烈な一撃だ。

 しかし竜はすぐさま行動した。

 宙に浮いたままのキョウヤへ顔を持っていくと、口を開いた。

 ブレスだ。これは避けられない。


「エイミングショット!」


 放たれようとした瞬間、チアの矢が介入しブレスが停止した。

 だが代わりにチアが尻尾攻撃を背中に受け倒れた。

 着地と同時に視界を取り戻した竜のブレスが迫ってくる。

 急いで飛び退くが間に合わない。

 そこに障壁が差し込んだ。防いだのは時間にして数秒ではあるが、その間にブレスの範囲から逃れることができた。

 守ってくれたツクヨミは尻尾を回避している最中だった。

 あの尻尾は通常攻撃以外に反応してカウンター攻撃を行うものらしい。ツクヨミは行動の殆どがスキルかアイテムのためか狙われやすいようだ。

 チアとツクヨミのお陰でダメージはない。

 キョウヤは守ってくれた二人の想いに応える剣をぶつけていく。

 振り下ろされた竜の腕を剣で受け流し様に身体を斬り付ける。

 ステップを踏み、ブレスにも対応する。完全に避けることは無理だが直撃よりは軽減できる。ステップすらも間に合わない場合は身を固めて凌ぐ。

 攻撃も止めない。

 剣を薙ぐ。脚の捌きでリズムを生み、それを攻撃と防御に乗せて流れを作る。

 斬る。避ける。更に斬る。

 斬って避ける。避けて斬る。斬り避けて斬る。

 解り合うのは、腕の動作と身体のこなしと脚の捌き。

 それに心が共鳴する。

 行け、と。まだ行けと。もっと行けと。

 ブレスを避け切ることはできないのでダメージは蓄積していく。

 だがキョウヤは怯まなかった。

 理由は簡単だ。いま自分の背中を支えてくれる者たちがいるからだ。

 チアがブレスや腕に合わせて援護の矢を飛ばし、ツクヨミが防御と回復を担ってくれている。

 だから行く。

 支えてくれている二人を引っ張るように力強く。

 対する竜はブレスは強力だがパワーとスピードはそこまでない。ただ恐ろしく硬い。耐久力に優れている。

 あとは行動パターンが少ないせいかブレスの頻度が高い。単調ではあるが強く、この竜の性能を最も活かしているだろう。

 しかしそこにさえ留意して押さえて火力で押し切れば勝てる。

 竜のライフが半分を切っている。残り4割程度まで減少するくらいまで削った。

 ……行けるぞ。

 見えてきた勝機にそんな思いを胸襟で浮かべる。

 だが次には竜が見せたことのない行動をとった。

 咆哮した。

 一瞬で空洞を埋め尽くし、音は壁に反響し屋根へと突き抜けていった。

 ただの鳴き声。効果は一切ない。

 ダメージを喰らって弱みを見せたのかと思った。

 その瞬間だった。

 突然、竜の身体が黄金の光に包まれたかと思うと、周囲に広がっていく。それは眩しい輝きを放つと、やがて静かに収まった。

 謎の行動に全員が動きを止めていた。

 ……一体なにが?

 思うと同時に事態に気付いた。


「な……!?」


 自身を見ると八割近かったライフが二割以下まで減っていたのだ。それもこんな一瞬で。

 チアとツクヨミもキョウヤほどではないが、ライフが減っていた。

 近い位置だったからか最もライフを削られたキョウヤは呆然としていた。剣も脚も止まっている。

 そして考えていた。

 今のは竜のライフ減少が条件で一時的に出す技なのか。それともこれから普通に使ってくるのか。どういう性質なのか。連続で使用可能なのか。

 思案は隙を作り、気付けばブレスが迫っていた。咄嗟に防御するが耐え切れず、ライフが消失した。

 その直後に『甦りの腕輪』の効果が発動しライフが全快する。

 ライフ回復の問題は無くなったが、これでもう自動で復活することはできない。

 後方ではツクヨミが立て直すために素早く動いている。

 チアもライフが少ないのを考慮してか、攻撃を緩めて防御に回っていた。

 現在まとも戦えるのは自分しかいない。やらなければならない。

 キョウヤは自らを奮い立たせ、攻撃を再開した。

 すると不思議なことが起こっているのに気付いた。

 剣の威力が先程よりも上がっていたのだ。攻撃の方法も速度も同じなのになぜなのか。

 答えは前方にあった。

 キョウヤの繰り出す二本の剣だ。剣を取り巻くオーラが強くなっている。

 聖剣の効果の一つが発動していた。

 使用者が甦ったときに攻撃力を極大アップさせるもの。

 腕輪の効果と同時に発動していたのか。

 キョウヤは腕を振り上げ斬撃した。

 敵の注意を引くことと、ライフを削ることに全力を注ぐ。

 チアとツクヨミも体勢を立て直し、攻撃に加わっていた。

 チアの弓から光が溢れ、竜の全身を襲うと竜が怯んだ。

 そこにツクヨミも調合爆薬を頭部に放った。大爆発の衝撃で竜の頭が揺れている。

 二人はカウンターの尻尾も上手く躱すと、更に攻撃を続けた。

 キョウヤは二本の剣を竜の胴体に突き刺すと、そのライフを確認する。

 残りはあと二割ほどだ。

 力を振り絞り、連撃を加えていく。勝利への攻勢を強めていく。

 だがそこでキョウヤは聞いた。竜が再び咆哮するのを。

 竜の身体が光を放つ。

 反射的に剣を交差して防御の姿勢をとる。

 光から解放された視界にはライフが激減している自分の姿があった。

 先程と同様の結果だ。

 全快に近いライフが四割にまで減っていた。防御は意味がないように思えた。

 そして竜がブレスを吐き出す動きを見せていた。

 しかも今度は後方のチアへ向けてだ。


「チア! 避けろ!」


 叫びも虚しくチアにブレスが直撃した。

 ツクヨミも範囲に巻き込まれ、ダメージを受けている。

 二人とも無事だったが、どちらもライフが二割を切っていた。

 キョウヤは剣を振る。

 自分のライフも危険だが、これ以上やらせるわけにはいかない。

 竜もあと少しで倒せる。

 こちらの攻撃力も上がってる。しかもそろそろオーバードライブのクールタイムが終わる頃だ。それで決まるかは解らないが、そこまで何とか耐えれば勝てるはず。

 確証はない。

 だが、そう信じる。

 そしてこの戦いには加奈の命運も懸かっているのだ。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 やっと手の届きそうな彼女の背中を。

 彼女と同じ大地に立てた、その喜びを。

 ……ここで潰えさせるものか!

 キョウヤを突き動かすのは、そんな想いだった。

 地面を踏む。その場を揺るがすほどの衝撃を持った一歩だ。

 振りかぶった両の剣を、竜の胴体に全力で振り下ろした。

 そこで異変が起きた。

 キョウヤは急に両手から力が抜けるのを感じた。いや正確には抜けたのではない。剣の重みが消えたのだ。

 何かはすぐに解った。だが信じられなかった。

 遠くから音が聞こえてきた。

 二つの金属が地面を打つ音だ。

 剣の刀身は無くなっていた。根本からだ。

 残された柄だけを握っていた。

 聖剣は折れてしまった。

 折れた剣を見て立ちすくんでいるキョウヤに、竜のブレスが放たれた。

 直撃を受け、持っていた柄の部分も消え去っていった。

 キョウヤは生きてはいたが、吹き飛ばされ地面に片膝をついたまま固まっていた。ライフも殆ど残っていない。

 竜が再びブレスの準備をし始めた。

 ……ここまでか……。

 武器もなくライフも残り僅か。どう考えても絶望的だ。

 キョウヤは上空を仰いだ。

 竜がこちらに向かって白い光を吐き出す寸前だった。

 やられるのを待つだけか。

 諦観する思考の中に、妙な感情が紛れ込んできた。

 それはついさっきチアが言っていた言葉だ。

 無駄に自信満々なキョウヤがいいと。

 自分でも何気なく言ったことがあった。

 私は諦めないものだ、と。

 そして、あの丘の上で言った。

 ……誰よりも君の元へ行くと!

 キョウヤは両腕に力を込め、歩み出す。

 傷付いた身体とは反対に、力の篭った瞳で竜を睨みつけて叫ぶ。


「私は絶対に諦めない!」


 そう。


「君の元へ行くまでは!」


 ブレスが吐き出されようしている。

 だがそこに光が飛び込んできた。それは回復の意志だった。

 キョウヤのライフが全快する。

 ツクヨミの回復ではない。

 それよりも更に強大な癒しの力だ。

 その光の主は加奈だった。オーバードライブからの極大回復魔法である。

 加奈は一瞬だけこちらを見つめたが、すぐに視線を地面に落とした。

 あの加奈が自分を回復してくれた。まだ戦える力をくれた。

 キョウヤの全身に気力が漲っていく。

 しかしそこで動きがあった。

 竜だ。なんとブレスを加奈に向けている。

 回復に反応して狙いを変えたのか。

 キョウヤが走り出すが間に合わない。

 もう発射される。

 加奈に駆け寄るキョウヤは見た。そこに一つの影が飛び込んだのを。

 それはチアだった。



 チアは動いた。

 加奈から一番近い位置にいた自分にしかできなかったことを実行しにいく。

 竜と加奈の間に立ち、両腕を広げた。

 自分のライフも残り少ないのは解ってる。それでもチアは加奈を庇う決意をした。

 なぜならばそれは、

 ……キョーヤが望んでることだから。

 彼の位置からでは間に合わない。だから代わりに自分がやる。

 本音を言うと、やはり少し嫌だけど。

 それでもキョウヤの望むことを。

 キョウヤの大切な人を。

 護ると。

 ブレスが発射されると、そこにツクヨミの障壁が割り込んだが、すぐに破壊された。

 勢いは収まらずチアと加奈へ直撃した。

 ブレスが収まるとチアは背後を見た。

 加奈は無事だった。こちらの背中を見つめる顔は悲しみに歪んでいた。

 どうしてかと思うよりも早く原因を理解した。

 全身から力が抜けていくのを感じたからだ。

 自分のライフが無くなっていた。

 チアは思う。

 ……ああ、これでもう彼の背中を護れないんだ……。

 駆け寄って来るキョウヤを見つめ、最期に何かを呟こうとし、そのまま地面に崩れ落ちた。



 キョウヤの感情が爆発した。

 EROで見たチアの初めての死。それを目の当たりにし、込み上げてくる感情を抑えることなどできなかった。

 駆け寄る方向を、竜へと移し加速する。

 ……許さん! 許さんぞ!

 全身から噴き出す紫のオーラが激しく揺れる。

 同時にキョウヤは竜の胴体に向かって攻撃する。それは剣でも魔法でもない。

 拳だ。両方の腕から繰り出す拳の連打。

 だが魔法剣士では素手の攻撃力はそこまでない。

 しかし今までよりも強く、その拳は竜を穿っていく。

 それはなぜか。答えは聖剣にあった。

 聖剣の二つめの能力が解放されたのだ。

 その能力は聖剣が破壊されたとき剣の攻撃力の全てを、いかなる手段にも加えて攻撃できる。

 今のキョウヤの拳には聖剣の攻撃力がそのまま宿っている状態だ。

 拳を突き出すキョウヤに光がきた。ツクヨミの筋力強化だ。

 その背中に尻尾攻撃が命中し、ツクヨミは地面に倒れた。彼女のライフも残りわずかだ。危険を顧みずに強化してくれたのか。

 キョウヤは拳を放つ。

 ただの拳ではない。

 それは最良の拳。

 仲間たちがこの舞台に到るまでに、自分を引っ張ってくれた。チアが居て、そしてツクヨミが居てくれたからこそこの拳は今ここにある。一人では辿り着けなかった。彼女たちに導かれてこそ届いた拳だ。

 それは最強の拳。

 本来の拳の威力にオーバードライブによる魔力が乗り、聖剣の二つの能力を宿らせ、ツクヨミからの強化と、課金アイテムの極大ステータス強化の全てを加えた拳だ。

 それは最高の拳。

 やっと追い付いた加奈への気持ち、倒れたチアへの溢れる感情、危機に陥ったツクヨミを救いたい。大切な人たちに届かせ、護りたいとの想いで撃ち出す拳だ。

 キョウヤはその全てが詰まった拳で竜を打撃する。

 もはや防御も回避もしない。

 自身の全ても賭けて拳を走らせていく。

 拳の速度に釣られて昂揚していく。


「おおおおお……!」


 吠えた。

 そこに竜からブレスがくる。

 視界が白の圧力に飲まれていく中でもキョウヤは真っすぐに拳を振り抜いていく。


「……おおおおおっ!」


 叫びと拳は止まらない。

 竜の爪を胸部に浴びるが、無視してひたすら拳を突き出す。

 響く打撃音と伝わる衝撃音。

 全身全霊の拳は竜に悲鳴を上げさせる。

 竜のライフはもうあと僅かだ。

 ……届け!

 連続する打の鼓動。

 動作よりも拳が先を行く。

 脚に力を入れ、踏み込んでの強力な打撃を放っていく。

 届け、届けと。

 ブレスがくる。

 ライフが減少していくが構わない。

 その時間すらも打撃に変えて竜を震わせていく。

 光が止むとオーバードライブの効力が消えた。

 竜はまだ倒れない。

 まだ足りない。まだ届かない。

 キョウヤは一つのアイテムを使用した。

 それはツクヨミが依頼の礼としてくれた消耗品のアイテム。一度だけオーバードライブのクールタイムを打ち消すものだ。

 連続のオーバードライブ。

 向かってきた尻尾を拳で殴り返し、再び胴体に衝撃を加える。

 打撃する。全ての想いを込めて。

 やっと追い付いた彼女に、今ここで届かせるための想いを。

 そして自分のせいで倒れてしまったもう一人の彼女へ溢れ出してきた想いを。

 その両方の想いの拳を以って竜を討つ。

 拳の衝撃に対抗する白の衝撃がきた。

 キョウヤのライフも残り僅かだ。

 それでも拳を止めようとは思わない。

 ここで止めたら二度と想いは届かなくなってしまうかも知れないから。

 竜の口に光が集まっている。

 キョウヤは全ての想いを拳に託した。


「私は……!」


 打撃する。

 ずっと遠くにいた、あの人。眺めるだけの憧れの背中。

 初めての気持ちだった。彼女に対してどうして良いのか解らず、途方にも暮れた。

 そんな時にこの世界が、この舞台が歩み寄るチャンスをくれた。

 そして今、同じ場所に立っている。

 想い人と共に、この大地に立っている。


「私は……!」


 打撃する。

 気付けばずっと隣にいた彼女。近くで笑顔をくれた。

 自分などのために絶やさぬ笑みと情熱を与え続けてくれた人。元気で明るくて怖がりなところもある。ときには迷う背中を後押してくれた彼女。

 ずっと一緒にいた。同じ場所で同じことをして同じ感情を分かち合った。

 彼女は今も隣に居てくれている。

 その眩しい笑顔と共に。


「私は誰よりも『君』の元へ行こう!!」


 打撃した。

 それは竜だけではない。

 この世界へ。想いが届く全ての場所へ。

 竜は停止していた。

 数瞬してから全身を光らせ、次には砕けた。

 光の粒子となって天へと昇っていく。

 輝きが消えていく最中、キョウヤは腕を突き出して止まっていた。

 拳についた光も緩やかな風に流されていくと、終わったことを悟った。

 

「キョーヤ!」


 名を呼ばれると視界を埋められた。

 間違いなくチアの声だ。喜びのあまり飛んで抱き着いてきていた。

 どうやら復活させてもらったようだ。

 目には少し涙が残っているが、いつもの明るい笑顔だった。


「ぶい……!」


 ツクヨミも立ち上がり手元で控えめなピースサインを出していた。

 やはり気怠そうな顔だったが、微笑むキョウヤを前に彼女も小さな笑みを作った。

 勝利の喜びを讃え合っていると、そこに加奈が近寄ってきた。

 彼女は一人ずつに深くお辞儀して、


「ありがとうございました……」


 声に生気はない。

 肩を落とし、目を伏せていた。

 それだけいうと加奈はワープでの転送で姿を消した。


「蓮見くん……」


 今やキョウヤのその声だけが空洞を支配していた。

 届かない寂しさだけを深く残して。

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